第2話 連絡先を消されてました

 冷たい水で顔を洗い、リビングに戻った。

 洗面所に行く前に机の上にスマホを置いて行ったのだが、何故かそのスマホを小春が持っている。

 というか、何か操作している。


 スマホにはパスワードを掛けているはずなんだけど……。


「お兄ちゃん、顔洗ってきた?」

「う、うん」

「少しは落ち着いた?」

「お陰様で」


 俺が戻ってきても小春は少しの動揺も見せずにスマホの操作を続けている。

 別にバレてもいいという感じ。


「よし、これで完璧」


 そう言うと、小春はスマホを返してきた。

 一体、何をしたのだろう。


 恐る恐るスマホのロックを解除して中を確認する。

 パスワードを変えられたり、俺のやり込んでいるソシャゲを消されたりはしていないようだ。


 特に変化はないようだが。

 ただスマホの中を見ていただけとか?

 人のスマホの中が気になったりすることはあるもんなぁ。


「俺のスマホで何をしていたの?」


 結局、何が変わっているのか見つけ出すことが出来ず、直接聞いた。


「そんなの決まってるじゃない。お兄ちゃんに酷いことをしたあの女にお別れのメッセージを送って連絡先を消しておいたの」

「え……」


 俺が連絡を取る際によく使用しているメッセージアプリ――LIMEを開き、中を確認してみる。

 すると、たしかに綾香の連絡先が無くなっていた。


 普段であれば「勝手に何してくれてるの!?」となっていたところだが、今回に限ってはこれでいいのかもしれない。もう綾香とは連絡を取り合う必要がなくなったのだから。


 あんな酷い光景を見た後で普段通りメッセージを送りあうことなんて今の俺にはできない。

 小春には感謝してもいいくらいだ。


「私がいるんだから、あんな酷い女のことは忘れて」

「そうだな。ありがとう小春」

「どういたしましてっ♪」


 まあ、連絡先を消したところで学校で会うことにはなるんだけどね。同じクラスだし……。

 そう考えると少し憂鬱だ。


 もし小春が同じ学年であれば助けてくれたかもしれないけど、残念ながら小春は一学年下なんだよね。こればかりはどうしようもない。


「はぁ」

「どうしたの? まだ辛い?」


 自然とため息を漏らしてしまった。

 小春が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 本当に今までの小春とは別人のようだ。


「辛いのもあるんだけど、明日からまた学校で綾香に会うんだって思うと、少し憂鬱な気持ちになっちゃって」

「もし何か言われたら無視すればいいんだよ」

「クラスまで同じだからそういうわけにはいかないよ」

「んー、じゃあ、あの女が何をしたのか大声で言いふらすとか?」


 綾香が浮気をしていたと言いふらすってことか。

 いいアイデアな気もするけど、現実的には無駄な行為だろうな。


 学校では綾香のほうが人望がある。

 俺が真実を言ったとしても、綾香の言い訳のほうを皆は信じてしまうだろう。そうなってしまえば、俺はクラス中――いや、学校中の敵みたいな立ち位置まで落ちていくだろう。


 流石にそんなことにはなりたくない。


「そんなことをしても意味はないと思うよ。綾香の人望は凄いからね。だからこそ、俺は釣り合うように頑張ってきたはずなんだけど……」

「こらっ! 私以外の女のことで落ち込まないのっ!」

「ふっ……あ、ごめん」


 小春はぷくーっと頬を膨らませて不満顔だ。

 怒っていても顔が良すぎるから怒っているように見えない。その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまった。


 小春の頬は更に膨らんだ。


「とにかく! 話しかけられても極力塩対応にして。ずっとそうしていれば、話しかけなくなるはずだから」

「分かった。頑張るよ」


 俺に出来るかは不安でしかないが、今思いつく一番の対処法がこれくらいしかない。

 もしかしたら、他にもあるのかもしれないが今の俺には思いつかないな。


「私のお兄ちゃんなんだから、大丈夫! 胸を張って生きていこう!」

「お、おう。ありがとう」


 小春の笑顔は俺の気持ちを明るく照らしてくれる。

 今の俺に必要なのは小春のようにポジティブな思考なのかもしれないな。見習わないと。


 俺には小春がいる。

 綾香がいなくても、俺は生きていける。大丈夫だ。


 自分にそう言い聞かせた。


「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「……?」

「はい、これ。あげる♪」

「ショートケーキ?」

「そう、お兄ちゃん好きでしょ?」


 小春は冷蔵庫からショートケーキを取り出し、持ってきた。


「好きだけど、これって小春のじゃないのか?」

「そうだけど、お兄ちゃんに元気出してほしいからあげるよ」

「いいのか?」

「うん、その代わり、元気になってね!」

「ありがとう」


 ショートケーキを一口食べると甘さが口の中いっぱいに広がった。

 半分ほど食べ終えると、小春がニヤリと笑みを浮かべた。


「ねぇ、お兄ちゃん。私にも一口ちょうだい」

「あ、ああ、もちろん。小春が買ってきたものだしな」

「ふふっ、ありがと」

「ちょっと待ってな。今、別のフォーク持ってくるから」

「別にいいよ。洗い物が増えるし。お兄ちゃんが食べさせてよ」

「えっ!?」


 同じフォークを使うのは悪いと思い、キッチンから別のフォークを取ってこようとしたのだが、小春は俺に食べさせろと言う。

 ……良いのだろうか。


「あーん」


 本人が良いって言うのだし、良いか。

 緊張で震えるフォークで一口分、ショートケーキをすくい、小春の口に運び込んだ。


「ど、どう……だ?」

「ん~~~っ♡ おいひい~」

「それは良かったよ」


 結局、残りのショートケーキを全て俺が食べさせた。

 緊張したけど、小春が嬉しそうだし良いか。


「ふふんっ、妹の特権だねっ♪」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ。美味しかった~って言っただけ」


 小春はかなり上機嫌になった。

 俺と同じで甘いものが好きなのだろう。


「そうか。今度は俺が買ってくるよ」

「期待しとくね!」

「程々にな」


 今だけは綾香のことはほとんど考えなくて済む。

 この時間がずっと続いてほしいと心の底から思いながら、使った皿とフォークを洗った。

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