​最凶ダンジョンの最深部は娯楽施設でした。バイトの俺が魔王や女神を神対応していたら、いつの間にか世界を救っていた件

月神世一

第1話

いらっしゃいませ、ラストダンジョンへ

「いらっしゃいませ。ようこそ、『天魔窟(てんまくつ)』へ」

 俺、愛田優助(あいだ ゆうすけ)は、営業用スマイルを完璧に張り付け、深々と頭を下げた。

 場所は地下深く。

 正確には、マンルシア大陸で最も危険とされるダンジョン『天魔窟』の、最深部である第一〇〇階層。

 俺の目の前にいるのは、全身から絶対零度の冷気を垂れ流す、体長五メートルほどの巨大な銀狼だ。

 鋭い牙からは涎(よだれ)が滴り、その咆哮だけで歴戦の冒険者なら心臓麻痺を起こすレベルのプレッシャーを放っている。

「グルルルルッ……! 貴様がここのボスか……? 随分と貧弱な――」

「お客様、当店は土足厳禁ではありませんが、泥を落としていただけますでしょうか」

「あ?」

 俺は銀狼――『狼王フェンリル』の殺気を完全にスルーし、サッと右手を差し出した。

 そこには、ホカホカに温められた純白のおしぼり。

「九九階層までの道のり、大変険しかったことと存じます。さぞお疲れでしょう。まずは、こちらでお顔をお拭きください」

「は……? オ、オシボリ……?」

 狼王が困惑し、殺気が霧散する。

 俺はここが異世界であることを忘れ、前世の日本で培ったホテルマンとしての矜持を胸に、再びニッコリと微笑んだ。

「さあ、まずは旅の汗をお流しになっては? 当店自慢の『マグマ源泉かけ流し・地獄風呂』が、今なら貸し切りでございます」

 これが、俺の新しい職場での、最初の接客だった。

 ◇ ◇ ◇

 事の起こりは数時間前に遡る。

 俺は日本のブラック企業で、クレーム処理と接客指導を任される中間管理職だった。

 胃に穴が空きそうな毎日を送っていたある日、コンビニからの帰りに足元のマンホールが光り出し――気づけば、このダンジョンに立っていた。

 目の前に現れたのは、虹色の羽を持つ手のひらサイズの妖精。

『やっほー! 君、イイ魂してるね! 私がこのダンジョンの管理者、キュルリンだよ!』

 彼女――キュルリンの説明はこうだ。

 暇つぶしに世界最高難易度のダンジョンを作った。

 チャレンジャーたちを絶望させるトラップや魔物は配置した。

 そして最深部には、自分の趣味全開の「ご褒美エリア」を作った。

 しかし、問題が発生した。

『私、おもてなしの心とか全然分かんないんだよねー! せっかく温泉とかゲーセンとか作ったのに、ここまで来た神様とかが「使い方が分からん!」って怒って帰っちゃうの! だからさ、異世界の接客のプロである君を呼んだってわけ!』

 誘拐である。完全に拉致だ。

 だが、提示された条件は破格だった。

 衣食住完備。福利厚生充実。

 そして給料は、歩合制で「白金貨(一枚一〇〇万円相当)」も夢ではないという。

『君にはユニークスキル【絶対接客(パーフェクト・サービス)】をあげたから! この店の敷地内にいる限り、君は無敵だし、どんなお客様も君の言葉には耳を傾けちゃうから! じゃ、よろしくねー!』

 そう言ってキュルリンは、「ちょっと他のダンジョン作ってくる☆」と窓から飛んでいってしまった。

 残されたのは、煌びやかなネオンが輝く巨大アミューズメント施設と、制服(燕尾服)を着た俺一人。

 そして今、最初のお客様がご来店というわけだ。

 ◇ ◇ ◇

「ふざけるなァァァ!!」

 ドォォン!!

 狼王フェンリルの怒号と共に、ロビーの床が凍り付く。

「俺は戦いに来たんだ! なんだここは! ピコピコうるさい箱(ゲーム機)に、妙な匂いの湯……! 俺を愚弄しているのか人間ンンン!!」

 フェンリルが大きく口を開ける。

 喉の奥で、全てを凍てつかせる極大ブレスの輝きが見えた。

 あーあ、あれ撃たれたら内装工事費が馬鹿にならないな。

 俺はため息を一つつくと、スッと右手を上げた。

「お客様」

 キィィィィィン……。

 俺の声が響いた瞬間、フェンリルの口の中で圧縮されていたブレスが、シュン……と音を立てて消滅した。

「な、なに!?」

「当店での暴力行為、並びに他のお客様(今はいないけど)への迷惑行為は、固くお断りしております」

 これが俺のスキル、【絶対接客】の権限の一つ、『店内ルール遵守(コンプライアンス)』。

 店長である俺が「迷惑行為」と認定した攻撃は、物理・魔法を問わず全て無効化される。

 俺は凍り付いた床をスタスタと歩き、呆然としている巨大な狼の鼻先に立った。

「お客様、かなり気が立っていらっしゃるご様子。……肩、凝っていませんか?」

「は? いや、俺は……」

「ここです」

 俺はフェンリルの首筋、剛毛に覆われた筋肉のコリを見抜き、グッと親指を押し込んだ。

「アッ――!」

「九九階層の『デス・スパイダー』との連戦で、足腰に疲労が溜まっておいでですね。特に右前脚、庇っていらっしゃる」

「な、なぜそれを……あぅ、そこ、そこだ人間……!」

 狼王の目がトロンとし始める。

 俺はすかさず、懐から最高級ブラシを取り出した。

「毛並みも乱れております。これほどの素晴らしい銀毛、手入れを怠っては王の品格に関わりますよ」

「う、うむ……そうだな。……頼む」

 一分後。

 そこには、俺にブラッシングされながら、床にお腹を見せて寝転がる巨大な犬っころの姿があった。

「あ~……そこそこ……。やばい、意識が……」

「仕上げに、当店特製『S級魔獣の骨付き肉ジャーキー』をどうぞ。噛めば噛むほど、魔力が回復いたします」

「食う! やる!」

 完全に餌付け完了だ。

 尻尾をブンブン振ってジャーキーにむしゃぶりつくフェンリルを見て、俺は安堵の息を吐く。

 

 チョロい。

 日本のクレーマーおじさんの方がよっぽど対応が難しいぞ。

「うむ! 美味い! 人間、貴様名は?」

「統括マネージャーの優助と申します」

「ユウスケか。気に入った。ここは良い所だ。……おい、次はあの『ボウリング』とやらをやってみたい」

「かしこまりました。ただいまレーンを準備いたします」

 こうして、俺の異世界バイト生活は幕を開けた。

 この時の俺はまだ知らない。

 この狼王が、世界の均衡を司る「調停者」の一柱であり、彼を手懐けたことで、地上のパワーバランスが崩壊しかけていることを。

 カランカラン。

 入り口のドアベルが鳴る。

「あら〜? フェンリルちゃんじゃない。アンタもサボり?」

「ゲッ、テメェら……!」

 次に入ってきたのは、黄金のオーラを纏った美女と、疲れ切った顔のイケオジだった。

 ……また、面倒くさそうなお客様のご来店だ。

「いらっしゃいませ、天魔窟へ!」

 俺は今日も、最強の笑顔で頭を下げるのだった。

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