第2話 はじめての『パーティー』

「ええっ!? もう終わったんですか!? ら、ランク5ですよ!?」

「いやー、自分でもびっくりしましたよー。たまたま投げた石の当たりどころが良かったみたいでー」


 大げさに驚く受付の女性に対し、丁寧に嘘を塗りこみつつあくまでもマグレだということを強調する俺。

 まあ、ギルド内は多くの人で賑わっているからこの会話なんて誰も聞いてはいないと思うけど。一応な。


「これが討伐証明です」

「てっきり今日は偵察までかと……。あ、すみません! 少々お待ちくださいね」


 受付の女性は手袋をはめてポイズンファウントの花弁と触手を丁寧に油紙で包むと、奥に引っ込んでいった。


 手持無沙汰になった俺はカウンターに背を預け、ホールの方に視線を向ける。

 旅の途中で立ち寄った町サンテグラ。

 大きくも小さくもない中規模都市ではあるが、街道沿いなだけあって人と物の往来も活発で、町全体から活気漂う、そんな場所。

 この冒険者ギルドも例に漏れず、大変な活況だった。


 受領したクエストの攻略について熱っぽく語る剣士。メンバー強化の方向性について喧々諤々の論を交わす魔術師とクレリック。初々しく挨拶する新人を暖かく迎えるベテランパーティーの面々。


 そして――退屈そうにこちらをじっと見ている半透明の銀髪女性、ダリアさん。


(…………)


 銀色に輝く長髪、揃った前髪。切れ長の目、その中で輝く赤い瞳。

 組んだ足に肘をつき、手のひらに顎を乗せ、ぶすっとした表情。

 ミステリアスな彼女に良く似合った黒のナイトドレスには両サイドに大胆なスリットが走っており、正直目のやり場に困ってしまう。

 まあ、俺の視線なんて気にならないらしく、ダリア曰く(獣どもに見られて恥ずかしいと思う阿呆なぞおらんじゃろ)とのことだが。


「――ほら、いつまでも休んでると置いていくよ!」

「ちょ、待ってくださいよリーダー!」


 目の前をハンター風の若者がどたどたとブーツを鳴らして通り過ぎていく。彼は進路上にいたダリアを避けようとせず、そして一切気づくことも無く、彼女の体を文字通り"すり抜け"て行ってしまった。


(……何か言いたいことでもあるのかの。儂に『ここでは黙ってろ』などと言うたのはお主じゃぞ)


 俺は肩をすくめ、首を傾けて(なんでもねーよ)と返してやる。

 それを見たダリアはふん、と小さく鼻を鳴らして、元の仏頂面へと戻ってしまった。


 まあ、ほら。

 色々俺って面倒な立場だし。

 こんな人目の多い場所で話しかけられて、うっかり普通に会話などしてしまい、『見えない何かと話している』危ない人――と噂になりでもしたら余計なトラブルが起こりかねない。

 俺しか話し相手のいないダリアにとっては酷かもしれないが、少しは我慢してもらわないとなあ。


「お待たせしました」


 背後からの声に振り返ると、さっきの受付係が戻ってきていた。


「確かに、お納め頂いた花弁と触手は依頼したポイズンファウントのものですね」

「はい」

「ただ、受領の際にもお話ししましたが、公設クエストは討伐確認の必要がありまして……。報酬のお渡しは明日の午後になるかと思います」


 民間のクエストなら、依頼主から完了の証をもらえばその場で報酬が出る。

 けど、国やギルドが出してる『公設クエスト』はそうはいかない。報告した後、第三者が現地まで調査に行く決まりだから、どうしても報酬の支払いには時間がかかってしまう。

 手間の割に報酬も高くないし、日銭を稼ぎたい冒険者にとっては正直ありがたくない仕組みだ。

 案の定、受付横の掲示板に残ってたのは公設クエストばっかりだった。

 ……まあ、そのおかげで俺みたいな臨時雇いでも地元の連中とバッティングせずに仕事が取れるんだけど。


「明日の昼、ですね。わかりました。じゃあ、先にこれは返しておきます」


 俺は素直にうなずくと、懐から四つ折りにした手のひらサイズの紙を取り出し、それをカウンターの上に置いた。


「え? 短期登録証!?」


 取り上げて内容を確認した受付係の顔がみるみるうちに曇っていく。


「ええ、もうそろそろ旅に戻ろうかと」

「で、でもまだ三十日以上期限が残ってますよっ!?」

「な、何か問題でも……」


 これだけ多忙なギルドだけに、冒険者なんて一期一会。流れ者の独り身とあってはなおさらだろう。だから、もっと事務的にサラーっと流されるのかと思っていたのだが……。


「有りますよぅ。大有りですぅ」



(お主は本当に単純じゃのう)

「うるせえ、こんなこったろうと思ったぜ、チキショー」


 翌日。俺は先日の湿地帯とは真逆の方角にある森の中でクモ型――といってもサイズは人間の下半身くらいある魔物、アシッドスピナーの群れ相手にひたすら短剣を振り続けていた。


「えー? ジール君、何か言ったかーい?」

「いえ、なんでも」

「ちきしょー。って言ってた」


 そんな俺の周囲には珍しく、二人の人影があった。

 "公設クエストお掃除大作戦"(命名:受付嬢)発令時にたまたまギルド内で暇そうにフラフラしていたがために巻き込まれてしまった運のない二人である。


「ああ、うん、だよねえ」


 無精ひげを生やし、ボサボサの黒髪を後頭部で結んだ盗賊風の男――自称スカウトのトラックスは曲刀を自在に振るいながら、のんびりとした口調で俺の愚痴に同調する。

 そして、そのラフ……というか正直小汚いビジュアルとは異なり、絶妙な間合いの押し引きと流麗な剣捌きは確かな実力を思わせるものだった。


「公設クエスト。溜まりすぎてた」


 もう一人の被害者、メイジのプリムは白銀のロッドから白色の魔法弾をポンポンと打ち出して次々と魔物を倒していく。

 足首までの野暮ったい深緑のローブと眠たげな垂れ糸目。茶髪を肩まで伸ばした少女らしい髪型や呟くような話し方の割によく通る声。

 全体的にアンバランス――というか掴みどころのない、そんな印象。


「だからって全部俺らに押し付けるなんてひどすぎないですか!?」

「まあほら、そこは持ちつ持たれつ、だから。みんなが美味しいのばかり選んでたらギルドに誰も依頼しなくなっちゃうしさ」

「まあ……そうなんですけど」


 そして、俺。

 厳しすぎる数々の試練を乗り越えて、"中央"の精霊騎士にまで上り詰めたはずの男。

 ……が、今では見ての通り、日銭を求めて『外環』を駆けずり回る、しがない"冒険者"の一人である。


 ――それでも、以前よりも今の方が"生きている"気がする。

 まあ、落ちぶれてしまった俺の、ただの強がりなだけかもしれないけど。


「さーて、もう依頼の分は超えたと思うけど。お二人さん、どう?」

「ああ、何体だっけ」

「百。現在、百九十七」


 依頼分どころか、倍近くじゃないか。

 俺が八十四だから、二人とも五十以上ずつ倒したって計算だ。

 その数を物語るように、周囲は巨大なクモ型魔物の死骸と紫の体液で凄いことになっていた。

 なかなかやるなあ、と思って見てたけど、まさかここまでとは。どうやら俺は、冒険者たちをだいぶ過小評価していたようだ。


「キリが悪いな。放っておいた間にだいぶ増えたみたいだし」

「これ、お掃除大作戦の一環だもんね。せっかくだし、奴らの巣までやっちゃおうか」

「うん、賛成」


 冒険者は必要最低限の仕事しかしないもの、というのも俺の思い込みだった模様。やはり、先入観での決めつけは危険ということか。

 しかし、そう考えると俺のしてきた冒険者ムーブは少し過剰だったかもしれないな。是非、次からの参考にさせてもらうことにしよう。


(ふーむ。こういう戦いも良いものじゃなあ。目まぐるしくてどこを見たらいいのか分からなくなるのが玉に瑕、じゃが)


 今回はさすがに地面を吹っ飛ばしたり指で魔物をバラバラにするわけにもいかないので、あくまで『中級冒険者らしく』を意識して戦っていたのだが――これはこれで、ダリアも満足したようだ。


 そんな彼女の様子を眺めていると、ポイズンファウント討伐の後に交わした、あるやり取りが脳裏をよぎった――



(………………なあ、お主よ)

「なんだよ、やっぱりアレはお前の親戚だったか?」

(違うわ! ……そうではなくてだな――ここしばらくの路銀稼ぎじゃが……これでひと段落なんじゃろ?)

「ああ、まあな。ひとまず銀貨二十枚あればディルベスタまで冒険者稼業はしなくても行けると思うぞ」

(そうか……。その、では、今日くらいは美味いものでも食して滋養を蓄えるというのはどうじゃ?)


 なるほど、そう来たか。こいつは半透明でよく分からん存在ではあるが、目で見て耳で聞き、口で話すことまではできる。しかし、モノに触れることだけはできない。

 つまり、飲み食いもできないということもなるのだが、受容する感覚の一部は俺と共有しているらしく、嗅覚と味覚は俺を通じて感じることができる、そうだ。

 要するに、どうしてダリアがこんなことを言いだしたかというと――


「――何が望みだ」

(甘味! 儂は甘味を希望するっ!)


 ああ、釣り糸を垂らした瞬間に釣れちゃった。

 そう、いかにも俺を気遣ったようなことを話していたダリアだが、要は自分が美味を感じたいだけなのだ。


「却下。色々買い物もしなくちゃならないのに、そんな贅沢してられるかよ」

(お、お、お主ぃ~。そう固いことを言わんでもええじゃろぉ? 何も乳と卵の菓子を食せとは言わん、せめて焼き菓子だけでも)

「だめ。あれ1枚で黒パンがいくつ買えると思ってんだ」

(あんなマズいものと一緒にするでない!)

「マズくても良いんだよ。日持ちするし。旅の食糧にはピッタリだ」


 ここまでの俺とのやり取りで、単純な説得(と、いうよりただのワガママ)は効果がないことがようやく分かってきたらしく、最近では交換条件を持ち出すことも増えてきた。

 で、今回はというと――


(――ま、待て、分かった! も、もし言う通りにしてくれたら……)

「してくれたら?」

(わ、儂が、ひ、膝枕をしてやろう)

「……聞いて損した」


 すり抜けて頭を打つわ。自分の透け具合を見てから言えってんだよ。

 タイプど真ん中の女に触れることができないってことが男にとってどんだけ地獄か分かってんのかコンチキショー。



 ――とまあ、そんなことがあってしばらくは仏頂面だったダリアも、この戦いを見て無事元通りになってくれたみたいだ。

 そう考えると、"お掃除大作戦"も悪いことばかりじゃないのかもな。


「ジール君? どうしたのー? 行かないのー?」

「疲れた? 残る?」


 おっと、つい思い出に入り込み過ぎて足を止めていたようだ。かなり数を減らしたとはいえ、ここはまだ敵地だというのに。なんという怠慢。


「あ、ああ。ごめんごめん。じゃ、行くか」

(ボケーっとしおって。一体何を考えておった)

「な、何でもねーよ」


 そう吐き捨てて、トラックスたちの後に続く。

 いくら低級の魔物とはいえ、攻撃されればそれなりに痛いし、装備品にも傷がつく。戦場でボンヤリしていて良いことなんて一つもないのだ。

 もしかしてダリアは、俺の未熟な精神を鍛えるために神様的な存在が俺に遣わした天使なのではないだろうか。

 ――いや天使、って感じではないな。どっちかって言うと悪魔だろアレは。なんか黒いし。


(む。お主、何か無礼なことを考えておらんじゃろうな)


 いつもの定位置から声が聞こえる。

 だが、これ以上悪魔のささやきには耳を貸さないぞ、と誓った俺は短剣を握りしめ、暗い森の奥の方へと進んでいくのだった――



「それでは、精霊神セリア様のお導きに感謝を――」

「感謝を」

「乾杯!」


 金属製のジョッキ同士がぶつけ合い、そして冷えたエールを喉の奥に流し込む。苦い。酸っぱい。でも美味い。

 普段使っていた酒場とは違う店でも、やっぱり最初の一杯は格別だ。それぞれが一口目を堪能しジョッキをテーブルに置くと、俺の右斜め前に座ったプリムが口を開いた。


「いい店。ここ」

「そうだねえ。なんか女性のお客さんが多いみたいだけど」


 右側に座ったトラックスはそういうと、周りをキョロキョロと見回し始めた。

 確かに、客層がだいぶ違う。聞こえてくるのは「がはははは」という笑いではなく、若い女性たちが楽しげに歓談する声。


「奇麗というかお洒落だよね」

「でしょ」


 溜まりに溜まった公設クエストを押し付けられた俺たち3人は、その日のうちに何と3件もの依頼を達成してみせた。

 依頼はまだまだ残ってはいるものの、とはいえ初日が無事に終わったということもあり、プリムが推すこの酒場へやってきた。

 まあ、成り行きとはいえパーティーを組んだわけだし、今日は3人の"結成記念パーティー"というやつだ。


「ここ。料理もおいしい」


 ほう、とダリアの声。今はいつもの定位置ではなく、四人掛けテーブルの空席となっていた俺の正面で大人しくしている。


「へぇ。じゃ、注文は任せちゃっていいかなあ?」

「うん。任せて」

「へへ、じゃあ」


 すいませーん、と明らかに場違いな山賊風ルックのトラックスが店員を呼ぶと、すぐに給仕係がやってきた。


「ジール君は普段、パーティーには入ってないのー?」

「あー。うん。あんまり長居する気も無かったから」

「そういや、受付の子にもそんなこと言ってたねえ」


 勝手知ったるプリムに注文を任せ、世間話を始める男二人。俺からの視界では向かいに女性が二人もいるのにそれを無視して話しているようで、なんだかちょっとおかしかった。


「どこかに、行くの?」


 注文を終えたらしいプリムが話に加わってきた。

 さて、どうしようか。

 正直、あんまり自分のことは話したくはない。

 ――でも、俺に巻き込まれる形で面倒事に関わらされてしまった二人に嘘をついたり誤魔化すことはもっとしたくない。


「――ディルベスタ」


 結局、俺は本当のことを話した。

 相手が冒険者ならこの一言で十分だろう。


「へえ。ディルベスタに何をしに行く気なの?」

「え?」


 思わず、トラックスの発言を聞き返してしまった。

 普通は"ディルベスタ"="開拓者ギルド"="瘴気の森を切り開く"="人類の世界を拡大する"ことが目的だと解釈して、それ以上は聞いてこないはずだが……。


「最近。王国法が変わった」


 外目から見ても俺の明らかな動揺を見て取れたのだろう。プリムは肩掛けカバンを開けると、何やら本のようなものを取り出し、ぺらぺらとページをめくり、こちらへ向けて差し出してきた。


「そうそう。瘴気の森を越え、さらにその先――」

「――境界線に足を踏み入れようとしたら、反逆罪」


 プリムの持っていた本……というよりプリム本人が書いたと思われる記録帳のようなものには、最近公布された"王国法十七条"について細々とした説明が書いてあった。


 ……。

 言葉が、出てこない。

 俺の知らない間に、まさかそんな法律ができていたとは。

 まるで、俺が"その先"を目指そうとしていること知っていて、それを邪魔しようとしている"誰か"がいるような――


「まあ、行こうと思って行ける場所じゃないけどね」

「瘴気の森。危険な魔物しかいない」

「なんだか"王"とか"女王"とかいうデカいのもゴロゴロいるらしいよ。怖いよねぇ」

「だから。開拓者ギルドまでで良い」

「そ、そうだよ。そんな、境界線だなんて行くわけないって」

「なら、良いけど」


 プリムはそう言うと記録帳を下げ、再びカバンにしまい込んだ。気のせいか、それともこの店特有の照明の加減か、少しだけ表情が和らいだようにも見えた。


「お待たせしましたー」


 ここでタイミングよく注文した料理が到着し、次々にテーブルへと並べられていく。


 まあ、法律ができてしまったものは仕方ない。仮に最悪の事態になったとしても今度は誰も巻き込まなければいい話だ。切り替えて、しっかりと栄養を摂って明日からの――


「――なッ!?」


 配膳された料理に目を向けると……いや、何だこれは。これが"料理"?

 大皿に載っているのは赤色のとろみのある液体に細かく切った色とりどりの野菜と何かの肉らしきものがまぶされた何か。

 他にも、黄金色をした直方体をした棒状のものが折り重なるように山盛りになった何か。

 表面がてかてかに光り、黒いツブツブが掛かっている鳥の足かと思われる何か。

 見た目としてはどう見ても茶色のスープだが、透明度は皆無で皿の底が全く見えない謎の何か。


 そのどれからも立ち上ってくる匂いはそれぞれ特徴的ながらも、いずれも胃袋を刺激する効果に全振りしたとしか思えないような"香り"をしている。


「と、トラックス! こいつらは一体――」


 とりあえずトラックスに丸投げしてみたが、彼も「んーと」と言ったきり黙り込んでしまう。

 少しの時間をおいて、トラックスは口を開く。


「……プリムちゃん。これってなんて食べ物なのかな?」

「あなた達……。普段、何を食べてるの」


 俺はこの日、自分が"食"に対して異常なほど興味がなさすぎる人間だったのだと、初めて自覚することができたのだった。(あと、自分は店選びのセンスが皆無だということも)


======第2話 了

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