ムードメーカーは、お隣の太陽に勝てない。
月宮 翠
第1話 嵐を呼ぶ、境界線の攻防
「よーっし、今日も一日、元気満タンでいくぜぇ!」
朝の通学路。日向陽介(ひなた ようすけ)は、学校の門が見えるやいなや、リュックを背負ったまま片手を高々と突き上げ、大声で叫んだ。
隣を歩いていた星宮ほのか(ほしみや ほのか)は、いつものことだと慣れたようにクスクス笑いながら、彼の後ろ頭を軽く叩く。
「はいはい、陽ちゃんはうるさいなぁ。もう高校生なんだから、もう少しスマートに登校しようよ。ほら、口にパンくずついてるよ」
「うぐっ、お、俺はこれが俺のスタイルなんだ!それに、ほのかだって今朝、食パンかじりながら出てきただろ!」
「私は上品にかじったもん。陽ちゃんみたいに、バタバタと駆け出してきて、口の端にパンくずつけてない」
二人の家は文字通り隣同士。幼い頃から、間に低い植木しか仕切りのない庭で一緒に遊び、家の窓からは互いの部屋が見える、そんな関係だった。高校に入ってからも、朝はほぼ同時に玄関を出て、時にはどちらかの家で朝食を済ませてから登校するのが日課だ。
「そういえば、陽ちゃん!昨日の夜、なんで私の部屋の窓に向かって大根を掲げてたの?」
陽介はギクリとした。
「な、なんのことかな?俺は知らんな。きっと幻覚だよ、ほのか。疲れてるんじゃないか?」
ほのかはピタリと立ち止まり、陽介を真っ直ぐ見つめて、ニコッと満面の笑みを浮かべた。その笑顔は可愛らしいが、陽介には「逃げ場なし」のサインに見えた。
「正直に言うまで動かないよ? お母さんがね、『ほのかちゃん、日向くんが大根を旗みたいに振ってたけど、何かの儀式かしら?』って心配してたよ?」
陽介は観念し、ガシガシと頭をかいた。
「ち、ちげーよ!昨日、家庭科の宿題で『大根の面取り』ってのがあってさ。練習のためにすげーデカい大根買ってきたんだ。それで、上手く丸くできたから、ほのかに見せつけようと…」
「見せつける?大根の面取りを?」
「だって、ほのかは面取り苦手だっただろ!ほら、ほのかの部屋の窓から見えるように、『どうだ!完璧な丸だぜ!』って無言で自慢したかったんだ!」
陽介の渾身の自慢大会の種が、まさかの大根だったことに、ほのかは耐えきれずお腹を抱えて笑い出した。
「ふふ、あはははは!やだ、陽ちゃんったらバカなの?大根の丸さで勝負しようとするなんて!…でも、見たかったな。陽ちゃんが大根を掲げてる姿」
ほのかの明るい笑い声が通学路に響く。陽介は顔を赤くして、恥ずかしさから勢いよく歩き出した。
「うっせぇ!もういいだろ、行くぞ!遅刻する!」
「待ってよ、陽ちゃん!」
ほのかは急いで追いつき、陽介の隣に並んだ。そして、彼の耳元でこっそりと囁く。
「ねぇ、陽ちゃん。面取り勝負、私に教えてよ。私の方が上手くなったら、勝者には何か一つお願いを聞いてもらう、ってのはどう?」
「な、なんだと?お願いか…。いいぜ、望むところだ!お前の負けたら、俺は特製ハンバーグを奢ってもらうからな!」
「オーケー!勝負だよ、ムードメーカー!」
「おう!受けて立つぜ、お隣の太陽!」
二人はハイタッチを交わし、朝日に照らされた校門へと駆け出した。
彼らの間には、大根の面取り勝負という、どうでもいいような、だけど大切な、新しい境界線が引かれたのだった。
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