キャンディ・テイル ─ 本が失われた国 ─

nano

第1話 書物禁止令

「我がアークライト王国は、『本』に関わるものを一切禁止する!」


 その日、ある国で一つの禁止令が出された。

 後に、『書物禁止令』と言われるものである。




 王国全土で、『本』というものが禁止された。

 読むことも、書くことも。

 売ることも、買うことも。

 本に関する何もかもが禁止となった。そして、それを破った者は、身分関係なく牢獄行きという処罰が下った。


「本を出せ!」

「すべて処分する!」


 禁止令が出てから、毎日のように騎士団が国民から本を奪っていた。

 抵抗する者は、遠慮なく処刑。回収作業に入った騎士団に本を隠そうとしても、バレたらその場で処刑。

 街では、当たり前のように血が流れた。

 つい先日まで本を愛し慈しんでいた国民たちが、どんどんと命を落としていった。


「子どもの病気を治すためだけです!」

「お許しを!」


 今日もまた、街では悲鳴が上がっている。

 みすぼらしい服を着た夫婦だった。子どもの病気を治すために、医療に関する本を持っていたのだろう。それを見つけた騎士団が、情もなく夫婦を斬りつけた。


 一人、二人、三人。

 一冊、二冊、三冊……。

 無慈悲に斬られた人と、燃やされていく本。

 楽しまれ、大切にされてきた本たち。それが、今は罪の象徴として灰となる。


 その様子を、フードを目深く被ったミレアは、冷めた目で見つめていた。



 *



「国王も鬼畜なものね」


 王城の敷地内にある塔。空高くそびえ立つ塔は、魔法を研究し記録する魔術機関が入っている。

 その中に入ったミレアは、フードを取って息を吐いた。フードの中にしまっていた、深いローズピンクの長い髪を片手で払う。

 漆黒のローブに、赤いルビーのブローチ。魔術機関の者であるということを示す、いわば身分証のようなものだ。


「よっ、ミレア。街はどうだった?」


 一階の広間から、上層へ上がる螺旋階段がある。

 重厚に作られた手すりに触れたとき、上から誰かが降りてきた。

 ミレアと同じような漆黒のローブ、胸元にはサファイアのブローチ。茶髪で緑色の瞳を持つこの青年は、カイルという同期だった。


「どうもこうも。街は血で溢れていたわよ」

「やっぱりか。国王は気が狂ったんじゃないか?」

「バカね。そんなことを大声で言ったら処刑よ」

「冗談で通じないのが怖いな」


 カイルは、わざとらしく肩をすくめる。

 塔の内部は、石壁に灯るランタンの灯のみで照らされている。ちらちらとした灯りが、軽口を言うカイルを浮かび上がらせた。


「ところで、何か用?」

「あぁ、忘れていた。長官がお呼びだ」

「……本が読みたい。だから、研究室に帰るわ」

「待て待て。もう本はないんだから、がんばって行ってこい!」

「本は、私の命なのに!」

「本好きも、ここまで来たら困ったもんだ」


 くるりと踵を返したミレアのローブを、カイルが引っ張る。

 どうやら、行かなければならないらしい。

 ミレアは、深く溜息を吐いた。


「面倒くさい」

「早く行け、副長官殿」


 早く自室に戻って、研究を進めたいのに。

 あの研究は法に触れる。だから、今は時間がないのだ。

 足取りが重い。

 しかし、お呼びとならばいかなければならない。

 半ばカイルに背中を押されるように、ミレアは最上階へと向かった。



 最上階は、雲と同じくらいの高さだ。

 そこまで螺旋階段は続いているが、すべて登るのは自殺行為に等しい。それくらい長く、そして過酷な階段だった。

 しかし、ここは魔術機関。一流の魔術師たちが集う場所。そのため、魔術師たちは転移魔法で最上階まで上がるのだった。


「失礼します」


 転移魔法で最上階に辿り着いたミレアは、重厚な扉をコンコンと叩く。

 扉の向こうから返事が聞こえてから、ゆっくりとその扉を開いた。


「ミレア・アイリーン、参上いたしました」

「よく来たね、ミレア」


 部屋の中は、やはり薄暗い。埃まみれで、天井にはクモの巣が這っている。

 壁には、一面の本棚。ただし、そこには一冊も本が並んでいない。国の魔術機関とは言え、ここにも禁止令の影響が出ていた。

 そんな部屋の中央奥には、大きな机。そこに、一人の男性が座っていた。


「お呼びですか、グレン長官」

「まぁまぁ、そう固くならないで。ほら、お茶でも」


 そう言って、グレンと呼ばれた男性はソファを指差した。

 グレンは、この魔術機関の長官だ。王国内で一番の魔術師であり、機関をまとめる長でもある。つまり、ミレアの上司に当たる人だった。

 ミレアと同じ黒いローブに、長い黒髪。胸元に光るダイヤモンドのブローチは、魔術師の最高位を意味する。ブローチは、ダイヤモンドの下にルビー、サファイア、エメラルドと、階位ごとに変わってくる。


「お茶……」


 こんな薄汚い場所でお茶をする気にはならない。お茶に埃が浮かんでしまいそうだ。

 ミレアが少し怯むと、くすくすと笑う声が聞こえた。


「おや、グレン殿は嫌われているのですか」

「え?」

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