WE GO!!!!!

これ

第1話 打ち上げ


 この小説をトダヨウエイに捧げる。





「じゃあ、今回のコミバもお疲れ様でした。乾杯!」


 私たちは中ジョッキを突き合わせた。軽い音が店内に響き、すぐに人々の声でかき消される。駅前の安さが売りの中華料理チェーンで、しかも日曜日の夜七時だからしょうがない。


 私はビールに口をつける。こういうときにしか飲まないビールは、苦味が舌を刺すようだ。


「今回も何とか無事に終わりましたね」


 私と同じタイミングでビールに口をつけてから、かかしさんが言う。中ジョッキの中身は、もう半分もない。


「そうですね。設定していた締め切りギリギリの入稿になって、宣伝もあまりできなかったですけど、思っていた以上にお客さんが来てくれて。私も嬉しかったです」


「そうですね。でも、すいません、ミミさん。ネーム渡すの遅くなってしまって。作画期間も押してしまいましたよね?」


「いえいえ、かかしさんも忙しいんでしょうし、全然大丈夫ですよ。いただいたネームを拝見して、ギリギリまで話練ってたんだなって、伝わってきましたから」


 詳しい年齢は知らないけれど、たぶんかかしさんも社会人のはずだ。仕事をしながら、創作をするのは並大抵のことじゃない。それが赤字上等の同人活動ならなおさらだ。だから、私は迷わずかかしさんをフォローした。でも、かかしさんはまだ申し訳なさそうな態度をやめていない。まるで自分に全ての非があるみたいに。


「でも、やっぱりもっと早くネーム上げた方がよかったですよね? そうすれば、もっと早く入稿できて、宣伝だってもっとできたのに」


「確かにそうかもしれないですけど、終わったことをぐちぐち言っても仕方ないじゃないですか。何にせよ、無事に完成させて新刊を頒布できた。それだけで私たちの勝ちですよ」


「でも、出店料や印刷費、その他諸々の経費を合わせたら、今回も赤字なんですよね……」「そんなのみんなそうですよ。同人なんて、黒字のサークルの方がずっと少ないんですから。それに私たちが今回頒布したのは、初めてのオリジナル作品だったんですよ。いくら二次で得た知名度やフォロワーがあっても、キャラも内容も分からない漫画に手を伸ばしたいと思う人が少ないのは、当然のことだと私は思ってますから」


「でも、それならなおのこと宣伝に力を入れるべきだったんじゃ……」


「かかしさん、それは次回の課題として考えればいいじゃないですか。次出るってなったときは、もっと早く作品を完成させて、バンバン宣伝すればいいんですよ」


「それもそうですね」とかかしさんは言ったものの、まだバツが悪く感じているのか、テーブルに運ばれてきた枝豆に手をつけていなかった。だから、私も一人だけ枝豆を食べるわけにはいかない。賑やかな店内の中で、私たちのテーブルの空気だけが澱んでいるかのようだ。


 どうにか空気を変えたいと思った私は、「でも、私は今回のかかしさんの話好きですよ。特にマチルダがロバートに告白するシーンなんて、描きながら泣きそうになりましたし」と、かかしさんを励ました。嘘は一つもないし、そもそも新刊を完成させられない人もいるなかで、今回もきっちりネームを仕上げてきたことを、かかしさんには誇ってほしかった。「そうですね。僕もあのシーンを思いついたときは、この話いける! って思いました」とかかしさんは応じていて、少しでも気持ちを解すことはできたらしい。


 私は枝豆に手を伸ばす。親鳥についていく雛鳥のように、少し遅れてかかしさんが同じ動きをしたのが、どこかおかしかった。


「ところで、かかしさん。次どうしますか? もう出店者申し込み始まってますけど」


 それぞれの料理が運ばれてきて、本格的に食事を始めてから、私はふと尋ねた。私たちは目の前のコミバに集中したくて、まだ次回、年末のコミバの申し込みをしていない。


「どうしますっていうか、ミミさんはどうしたいんですか? 僕はミミさんが出るなら、また次も出ますけど」


 かかしさんは、天津飯を食べながら答えた。もう気に病んではいないらしい。


「そうですね。私は出たいです。また出て新刊を頒布して、来てくださった方々との交流を楽しみたいです。でも、そのためにはかかしさんにまた話を書いてもらわないと。私、話作るの、ちょっと苦手なとこありますから」


「そうですか。じゃあ、帰った後にでも僕の方で申し込んどきます。サークル名とか詳細は今回と同じでいいですね?」


「はい、お願いします。あの、ちなみにかかしさんは次どんな話にしようかって、もう考えてたりするんですか?」


「いえ、まだ何にも。これから頭振り絞って考えたいと思います」


「そうですか。私もかかしさんの次の話、楽しみにしてます」


「ご期待に添えるようがんばります」


 私たちは小さく笑いあう。ビールはお互い二杯目と三杯目に突入していたから、アルコールが回っている分もあったのかもしれない。それでも、私はひとまず今回のコミバを無事に終えられたことに、大いに安堵していた。帰ったら、久しぶりにぐっすりと眠られるだろう。


 それもこれも話を書いてくれるかかしさんがいなければ、なしえないことだった。





 私たちは中華料理チェーンでの軽い打ち上げを終えると、どこにも行かず別れた。今日は日曜日で、当然明日は仕事がある。二日酔いを抱えた頭で会社に行くわけにはいかない。


 だから、私たちは渋谷駅で別れて、それぞれの帰路についた。私は地下鉄に乗って自宅への最寄り駅を目指す。車内は案の定満席で、私は乗っている間、今日購入した本が入ったトートバッグを両手に、立っていなければならなかった。


 最寄り駅で降りた私は一路、自分の部屋があるマンションを目指す。五月の夜は涼しい風が吹いて、イベントで疲れていたとしても歩きやすかった。


 部屋に入ると、私は荷物を床に置いてベッドに倒れこんだ。今朝は緊張して、三時間ほどしか寝られなかった。もうコミバには何回か出ているが、相変わらず前日の夜は売れるか、ブースに人が来てくれるか不安でなかなか眠れない。私は仰向けになると、そのまま目を閉じた。幸い室温は冷房も暖房もつける必要がなく、アルコールが回っていたこともあって、眠るまでにさほど時間はかからなかった。


 目が覚めたときには、スマートフォンの時計は夜の一一時を指そうとしていた。ぱっちり目が覚めてしまった私は、すぐに二度寝もできなくて、とりあえず浴室に向かう。メイクを落として、シャワーを浴びて、部屋着に着替える。もう寝る準備は万端だ。それでも、まだ眠くなかった私はソファに腰を下ろした。まだ深夜アニメが始まるまでは少し時間がある。


 私はトートバッグから、今日買った同人誌を取り出した。多種多様なイラストの表紙が並ぶなかで、私が手に取ったのは初めてコミバに参加したときから親交のある、帰蝶楓きちょうかえでさんの作品だった。表紙には二人の男性キャラがヨーロッパの街並みを歩いている姿が描かれている。マルドゥックとソラリスだ。月刊ブルーアワーに連載されている『五人の英雄』の主要キャラクターである。原作は架空の国々を舞台にしたゴリゴリの戦記ものだが、帰蝶さんはマルドゥックとソラリスがささやかな日々を過ごす漫画を描いていて、その温度感が身に染みる。原作では敵対する国同士に属するキャラクターだから、こういう日常IFは二次創作でなければ描けないだろう。年齢制限もついておらず、絵も柔らかくて読みやすい。そんな中でお互いの距離がほんの少しだけ縮まるシーンも描かれていて、バカみたいな言い方だけれど、私はキュンとしてしまう。


 読み終わってさっそく私はスマートフォンを手に取った。帰蝶さんの本の写真を撮ってから、ツイッターを開く。そして、思うがままに感想を書き連ねた。


ミミ@C99お疲れ様でした@mimimimi3333

C99で購入させていただいた帰蝶楓さん(@butter_fly)の新刊「何でもないような一日に」を読みました。

マルソラの何気なくも微笑ましい日常IFでとても心が暖められました。

特にマルドゥックが寝てしまったソラリスに毛布をかけるシーンが好きです。

敵国同士じゃなかったら二人はこんな感じだったのかな。

#C99


 撮影した本の写真も忘れずに添付して、投稿する。そのままタイムラインを遡っていると、一件の通知が来た。それは帰蝶さんからだった。


帰蝶楓@5/6C99東3a―23@butter_fly

ミミ@C99お疲れ様でした@mimimimi3333さんへの返信

ミミさん、いつも購入していただいて、感想もくださってありがとうございます!

私もそのシーンは描いてて楽しかったシーンなので、気に入っていただけて嬉しいです!

ミミさんたちの新刊も大事に読ませていただきますね!

これからもよろしくお願いします!“


 矢継ぎ早の返信に、私は頬を緩める。いいね! もリツイートもしてくれたから、嬉しさは倍増だ。私も帰蝶さんの返信にいいね! をしてから、簡単な返信をする。そのまま私たちのやりとりは、五往復ぐらい続いた。こうしてコミバ終わりに同人仲間とやり取りをするのは、私にとっては本番以上に楽しい時間帯だ。このために睡眠時間を削って漫画を描いていると言っても過言ではない。私たちはお互いのツイートにいいね! を押し合った。


 帰蝶さんとのやり取りを終えた私はそのままツイッターを見続ける。これは同人活動用のアカウントで、フォローもフォロワーも同人をやっている人しかいない。だから、今回のコミバの話題でタイムラインは持ちきりで、微笑ましい。


 何回かタイムラインを更新するとかかしさんの「C100、出店者申し込みしました!」というツイートが出てくる。ここから抽選に通らなければ、次回のコミバには出店できない。それでも、私はかかしさんの投稿にいいね! をして、さらに「抽選に通れば次回のコミバも出ます! まだ何も決まってませんが、新刊も出したいです!」と引用リツイートもした。すぐにフォロワーからのいいね! が一件つく。その通知に、私は頬を緩めた。コミバの余韻に、私は肩まで浸かっていた。



(続く)

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