やめて、その『少女漫画あるある』は私に効く
秋原タク
01
「私って漫画家目指してるじゃん?」
ノートにペンを走らせながらそう話しかけると、前の席に座る
なにをいまさら、とでも言いたげな顔だった。
夕陽が差し込む放課後。
私とアキラ、ふたりきりの教室での一場面である。
「う、うん。何度も聞いたナッちゃんの夢だし、いままさに描いてるしね」
「これはネーム。漫画を作るための設計図みたいなやつ――とにかく、私こと
「? はい」
「では、ここはなんの学校ですか?」
「なんの、って……えっと、普通の私立の女子校です」
「男がいないですねえッ!!」
ダン! と両拳で机を叩く私。
「少女漫画ってのは、イケメン男とのあれやこれやを描いて、読者の女の子をキュンキュン&赤面させなきゃいけないんですよ! 男との絡み必須! なのにここは女子校! 男皆無! つまり、少女漫画に必要な『キュン体験』ができないんですよッ!!」
「……そこはまあ、妄想で補うしか」
「経験に勝る資料なし!」
「誰の言葉?」
「私の言葉――ってなわけで、アキラ」
ノートとペン、消しゴムを仕舞うと、私は意味ありげに眉をひそめながら、アキラの肩にポンと手を置いた。
「漫画のクオリティを上げるために、ひいては私の夢を実現させるために、イケメンの男役として『少女漫画あるある』のシチュエーションを実践してみてほしい。私がヒロイン役やるから」
「令和史上最大の無茶ぶりが来た……それ、ナッちゃんが男役じゃダメなの?」
「ダメではないけど、作者としてはヒロインの気持ちを理解するのが先よ。読者は女の子なんだから。それに、アキラって名前がすでに男っぽくない?」
「百七十キロの偏見ドストレートだあ……」
まあ。
名前云々は冗談としても、やはり、男役はアキラが適任だ。
百七十センチの高身長に、モデルもかくやといった細身。涼やかなショートヘアーに、中性的な声音と顔立ちは、アキラの性別を迷わせる。
中学校で知り合っていなかったら、高二秋のいまでもそのプリーツスカートに違和感を抱いていたことだろう。
性格や言葉遣いは、誰よりも女の子なんだけどね。
お化粧とか、いまも塗ってるリップとか、私なんかより全然詳しいし。
「でもあたし、ナッちゃんほど少女漫画見てきてないよ?」
「シチュは私が指示するよ。まずは……そうだな、ドジっ娘なヒロインの髪の毛についた芋ケンピをイケメン男子が取ってあげる、ってシチュからやってみようか」
「説明中盤で飛び出てきたアイテムが特殊すぎて困惑しかないよ……大体、いま芋ケンピなんて持ってるの?」
「ないけど? まあ、そこは髪についてる体でいいよ。想像で補って」
「ナッちゃん。ブーメランって言葉知ってる? ――、あ」
不意に。
アキラの視線が私の髪の毛に向けられたかと思うと、「動かないで」と心地いい低音が
覚悟を決めたようだ。
アキラの細長い手がこちらに伸ばされる。
私もその気になって、まぶたをつむってみたりする。
来た来たぁッ! これよこれ!
これで女の子をキュンキュンさせるキュン体験が――
「芋ケンピじゃないけど、髪に消しゴムのカスがついてたよ」
「…………」
「お、おもしれえ女? で合ってる?」
不安そうに首をかしげるアキラを前に、私は思わず両手で顔を覆う。
これではドジっ娘ではなく、ただの小汚い女である。
羞恥心で、私は窓外の夕暮れよりも赤く赤面したのだった。
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