最強は静かに暮らしたい。追ってくるのは努力の天才。

海鳴 雫

第1話 災禍は静かに暮らしたい

魔法は、空気と同じだ。


朝の街路を照らす灯りも、パン屋の石窯の炎も、ゴミを分解する風魔法も、そのほとんどは「生活魔法」と呼ばれる第一〜第三階梯で成り立っている。

人々は便利さを享受しながら、魔法を“道具”として扱ってきた。


けれど、道具と呼ぶにはあまりにも危険な力が、確かに存在している。


――第十二階梯災禍


世界を滅ぼす可能性を持った魔法。

歴史の教科書にしか載らないはずのもの。

そしてそれは、今日、この学園の門をくぐる一人の少年の中に眠っていた。


御影静麻は、制服の襟を直しながら溜め息をこぼした。


「……静かに暮らしたいだけなんだけどな」


春風が頬を撫で、校門の金属をきらりと光らせる。

広大な魔導学園セレスティアル魔導学院

国の将来を支える魔法使いを育成する名門であり、入学難易度は全国屈指だ。


静麻は、周囲を歩く受験生たちを眺めた。

誰もが緊張し、期待し、胸を高鳴らせている。

だが、静麻の胸が高鳴る理由は真逆だった。


知られるのが、怖い。


それだけだ。


入学試験は、学力と実技。

実技――魔法測定。自分の扱える階梯を示すもの。

静麻はすでに決めていた。


第四階梯を放つ。


この世界の基準となる戦闘階梯は第五。

それより少し下なら、目立たないし落ちることもない。

なにより、平凡でいられる。


「四なら……問題ないよな。さすがに」


自分に言い聞かせるような小声だった。


観客席のざわめき。

試験官の鋭い視線。

測定場の中央で、ひとりの少女が深く息を吸った。


白銀の髪を肩で切りそろえ、雷のような瞳を持つ少女――天霧玲花。

静麻の視線は、意図せず彼女に引き寄せられた。

それほどに、彼女の存在は研ぎ澄まされていた。


「――雷迅、収束。第六階梯、解放」


短い詠唱とともに、雷鳴が敷地を震わせた。

爆発ではなく、精密で一点集中した電撃。

その波形は美しく、力強く、何より――努力の形だった。


「六……!?」「受験生で第六……?」「天霧家の娘……!」


歓声と驚きが広がる。

玲花は、その声にも反応せず、ただ静かに一礼し、無表情のまま測定台を降りた。


だが、その無表情の奥には、熱があった。

私は優秀であるべき――

そんな意志が、雷より確かに彼女の背に宿っていた。


その熱に気づきながら、静麻は目を伏せた。


「……すごいな、ほんと」


けれど関わってはいけない、と本能が囁く。

彼女は努力の天才。

そして自分は、災禍の末裔。


違いすぎる。

深く関われば、どちらかが傷つく。


「次、御影静麻」


名前が呼ばれる。

詠唱台へ足を踏み出すたび、胸の奥へ重石が沈んだ。


絶対に目立ってはいけない。

第四階梯、それだけを出す。


試験官が確認する。


「属性は?」


「……無属性です」


その瞬間、ざわめきがひとつ濃くなる。

無属性――希少。

制御が難しく、扱いによっては禁呪に近づく。


静麻は嫌悪を押し殺し、詠唱を始めた。


短い詠唱、簡易構築、出力低下――

抑圧して、抑圧して、第四だけを出す。


「――来い、《礫弾》」


無属性の魔法弾が放たれ、測定石に直撃。

軽い衝撃音。

石上の数値が跳ねる。


試験官の目がわずかに細まった。


「……第四階梯、上位域。十分だ」


……上位?


嫌な予感が背筋を這い上がる。

周囲のざわめきが、また増した。


「第四でこの威力は……」「制御が異常だろ」「詠唱短すぎ」


静麻は内心で悲鳴を上げた。


やっぱり目立ってるじゃないか。

なんでだよ……!


席へ戻ろうとしたその時。

玲花が静麻の横を通り過ぎ、わずかに視線を寄越した。


ほんの一瞬。

けれど、鋭い光だった。


「……ふーん」


その一言は、挑発ではなく――“興味”だった。


静麻は思った。


ああ、平穏な日々はもう終わった……。


そうして、災禍と努力の天才の物語は、静かに幕を開けた。

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