第2話、初めてのクエスト



 五年前、勇者アーサーに救われたあの日から——エドラとサリーはただひたすら前へ進んできた。

 剣を振り、魔導書を読み、倒れてもまた立ち上がる。


 そうして迎えた十五歳の春。


 「ここが……ギルド『スカイホーク』……!」


 巨大な門の前に立った二人は、胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。


 サリーは緊張のあまり肩をすぼめ、指先をもじもじと絡める。

 対照的にエドラは、不安も迷いもそのままに——勢いよく扉に手をかけた。


 「よし、行くぞサリー!」

 「えっ、ちょっと待ってエドラ、心の準備が──」

 ガラァァンッ!


 豪快に扉を開いたエドラを迎えたのは……驚くほどの静寂だった。


 「………………あれ?」

 「し、静かすぎない……?」


 初陣の高揚感が一気に抜ける。

 しかしそのとき、受付の奥からぱたぱたと足音が聞こえ、一人の女性が顔を出した。


 「ごめんなさい、掃除中で気づかなかったの。いらっしゃい、『スカイホーク』へようこそ」


 肩までの髪を軽く揺らしながら微笑むその女性が、受付嬢のエリーだった。


 「入団希望かしら?」

 「はい!今日から強くなるために来ました!」

 エリーはくすっと笑い、書類を取り出した。


 「じゃあまずは入団手続きね。名前と得意分野を書いてちょうだい」


 記入しながら、サリーはそっと尋ねた。


 「あ、あの……団員の方は今どこに?」

 「今いるのは私と団長だけ。他の二人はクエスト中よ。まだ設立したばかりのギルドなの」


 サリーは思わず苦笑いした。

 想像していた活気あるギルドとはずいぶん違う。


 そんな中——エドラの目がいきなり輝いた。


 「団長は!?アーサーはどこに!?」

 「団長室で仕事してるけど──」


 次の瞬間、エドラは風のように走り去った。


 「ちょ、ちょっとエドラ!?待ちなさいよ!!」


 慌てて追うサリー。



 「団長ーーーッ!!」


 ドンッ!


 勢いよく扉が跳ね開き、アーサーは積み上げた書類の山からのそりと顔を上げた。


 「……おお?誰かと思えば」


 だが続くのはエドラではなく——

 エドラを羽交い締めにしたサリーだった。


 「すみません団長!この子が本当にすみません!!」


 アーサーは大笑いしながら立ち上がった。


 「はっはっは!いいじゃねえか。五年ぶりだな、エドラ。面白い男になったじゃねぇか」


 その言葉に、エドラの胸が熱くなる。


 「アーサー!五年前の約束……覚えてますか!」

 「もちろんだ。弟子にするって話だろ?」


 エドラは拳を握りしめた。


 「今日からお願いします!!」


 しかしアーサーは頭をかきながら困った顔をした。


 「悪ぃが……俺、人に教えたことねえんだよな」

 「ですよね……」

 「はぁ……」


 サリーとエリーが同時にため息をつく。


 だがエドラだけはまっすぐだった。


 「じゃあどうすれば強くなれますか!!」

 「んー、そうだな……まぁ実戦だな!クエストこなせば勝手に強くなる!」


 「はい?」

 「団長……それは指導と言わないのでは……」


 エリーとサリーが同時にツッコむが、

 エドラは心の底から信じ切っていた。


 「分かりました!!任せてください!!」


 アーサーは書類の束から一枚を抜き取り、二人に渡す。


 「じゃあ新人向けだ。洞窟に巣食ってるリザードマンの群れ、討伐してこい。油断はすんなよ」




 薄暗い洞窟に足を踏み入れ、エドラは剣を構えた。

 サリーは魔導書を胸に抱え、深く息を吸う。


 「行くぞ、サリー」

 「ええ。無茶だけはやめてよね」


 奥から複数の影がこちらに向かって走り出す。


 ガァッ!!


 爬虫の咆哮を合図に、戦闘が始まった。



 エドラの剣が風を裂き、三匹のリザードマンが一気に倒れる。

 同時にサリーが魔導書を開いた。


 「来て、サラマンダー!」


 炎の精霊が現れ、洞窟内が一瞬で赤く染まる。

 火炎が奔流となって敵を吹き飛ばし、エドラの斬撃がその隙を突く。


 「ふぅ……これで全部──」


 ゴゴゴゴッ……!


 地面が震えた。


 「まだ出るの!?」「……いや、これは──」


 土を割って現れたのは、二人を見上げるほど巨大な影。


 「ボスだ……ッ!」


 巨腕が振るわれ、エドラは空中に掴み上げられた。


 「エドラ!!」


 剣が落ち、視界が揺れる。


 「サリー……逃げ──」

 「逃げるわけないでしょ!!サラマンダー!!」


 炎の翼をはためかせ、サラマンダーが空を駆ける。

 サリーはその背に乗ってエドラへ急接近し、巨腕から彼を引き上げた。


 「エドラ、剣!!」

 「任せろ!!」


 サラマンダーの炎が剣にまとわりつき、刃が赤熱する。


 エドラは背から跳び、灼熱の軌跡を描きながら一直線に落下した。


 「おおおおおおッ!!」


 赤い閃光が走り、巨体の首が地面に落ちた。



 夕暮れのギルドへ戻ると、エリーが受付で待っていた。


 「おかえり。初クエスト、無事に終わったみたいね」


 息を弾ませながら報告書を渡す二人。

 その顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


 五年前、泣きながら守られたあの日とは違う。

 今は、自分の足で戦い、共に生き残れた。


 胸の奥が温かくなる。


 「……ここからだな、サリー」

 「ええ。私たちの冒険、今日から本番だよ」


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