第2章 見えない力

翌朝、学院の中庭で、僕は再び保存食の袋を取り出した。


山を下りて平地に戻ると、袋の膨らみはすっかり元に戻っていた。

やはり、山の高い場所では何か特別なことが起きているらしい。


袋を押すと、内側からわずかな抵抗が返ってきた。

中に閉じ込められた空気が、押し返してくる感覚がある。

普段は意識しないが、こうして袋に詰めることで、確かに「空気が存在している」と実感できた。

けれど袋は密閉されている。空気といえど、中に入り込むことはできない。

――ならば、袋が膨らんだ理由は、中の空気が増えたからではないはずだ。


僕は袋を指でつつきながら、力の加減を変えてみた。

強く押せば潰れ、力を抜けば、ふわりと膨らんで元に戻る。


山頂では、この袋を押す力が弱まっていた――?


何かを掴みかけた気がしたが、考えはまだ形にならない。

目には見えない何かの力。

やはり、これは未知の魔法なのだろうか。



昼休み、レオンに声をかけられた。

「また変な顔してるな。今度は何を考えてる?」

「空気のことだ」

「空気?」

レオンは笑った。

「ああ、風のことか。お前の専門だもんな」

「いや、風じゃなくて空気そのものだ。何もないように見えるけど、何かがある。押したり、押し返されたりするような……力が」

「……空気が押す? よくわからんな」

レオンは首をかしげた。

「空気は、何もないから空気って言うんじゃないのか?」

「そう言われれば、そうなんだけどな」

僕は笑って返したが、心のどこかに、説明のつかない違和感が残っていた。



夜になり、寮の部屋に戻ると、窓の外から庭を流れる小川のせせらぎが聞こえてきた。

その音を耳にしながら、僕は空気のことではなく、水のことを考えていた。


海の深い場所では、水に強く押される――そんな話を聞いたことがある。


その瞬間、何か決定的な閃きが胸をよぎった。

だが、それはすぐに理屈で打ち消された。


山の高い場所で起きること。

海の深い場所で起きること。


この二つの現象には、どこか共通点があるように思えた。


海の深い場所で強い力が働く理由は理解している。

深い場所ほど、上にある水の量が多い。

その重さが、水を押し返す力の源になるのだ。


では――山の上ではどうだろう。

上に乗っている空気の量が少ないのだとしたら、袋を押す力が弱くなる説明がつく。


もしも、空気にも水と同じように重さがあるのだとしたら――。


だが、空気に重さがあるとはどうしても思えない。

僕は両手を広げ、目の前の空気をすくうように動かしてみた。


「……でも、もしも、そうだとすれば――」


水魔法は魔力で水を生み出す。

風魔法は魔力で風を生み出す。


魔力が大きければ、それだけ多くの水や強い風を作り出せる。

それを標的に向かって打ち出す――それが攻撃魔法の基本だと教えられてきた。


けれど、空気に重さがあるなら、空気そのものを標的にぶつけてやればいい。

しかも空気は、魔力で生み出すまでもなく、どこにでも存在する。


魔力で“風”を起こすのではなく、

“そこにある空気”を操る。


その瞬間、僕の中で、風魔法という概念が書き換わっていくのを確かに感じた。

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