第2章 見えない力
翌朝、学院の中庭で、僕は再び保存食の袋を取り出した。
山を下りて平地に戻ると、袋の膨らみはすっかり元に戻っていた。
やはり、山の高い場所では何か特別なことが起きているらしい。
袋を押すと、内側からわずかな抵抗が返ってきた。
中に閉じ込められた空気が、押し返してくる感覚がある。
普段は意識しないが、こうして袋に詰めることで、確かに「空気が存在している」と実感できた。
けれど袋は密閉されている。空気といえど、中に入り込むことはできない。
――ならば、袋が膨らんだ理由は、中の空気が増えたからではないはずだ。
僕は袋を指でつつきながら、力の加減を変えてみた。
強く押せば潰れ、力を抜けば、ふわりと膨らんで元に戻る。
山頂では、この袋を押す力が弱まっていた――?
何かを掴みかけた気がしたが、考えはまだ形にならない。
目には見えない何かの力。
やはり、これは未知の魔法なのだろうか。
◇
昼休み、レオンに声をかけられた。
「また変な顔してるな。今度は何を考えてる?」
「空気のことだ」
「空気?」
レオンは笑った。
「ああ、風のことか。お前の専門だもんな」
「いや、風じゃなくて空気そのものだ。何もないように見えるけど、何かがある。押したり、押し返されたりするような……力が」
「……空気が押す? よくわからんな」
レオンは首をかしげた。
「空気は、何もないから空気って言うんじゃないのか?」
「そう言われれば、そうなんだけどな」
僕は笑って返したが、心のどこかに、説明のつかない違和感が残っていた。
◇
夜になり、寮の部屋に戻ると、窓の外から庭を流れる小川のせせらぎが聞こえてきた。
その音を耳にしながら、僕は空気のことではなく、水のことを考えていた。
海の深い場所では、水に強く押される――そんな話を聞いたことがある。
その瞬間、何か決定的な閃きが胸をよぎった。
だが、それはすぐに理屈で打ち消された。
山の高い場所で起きること。
海の深い場所で起きること。
この二つの現象には、どこか共通点があるように思えた。
海の深い場所で強い力が働く理由は理解している。
深い場所ほど、上にある水の量が多い。
その重さが、水を押し返す力の源になるのだ。
では――山の上ではどうだろう。
上に乗っている空気の量が少ないのだとしたら、袋を押す力が弱くなる説明がつく。
もしも、空気にも水と同じように重さがあるのだとしたら――。
だが、空気に重さがあるとはどうしても思えない。
僕は両手を広げ、目の前の空気をすくうように動かしてみた。
「……でも、もしも、そうだとすれば――」
水魔法は魔力で水を生み出す。
風魔法は魔力で風を生み出す。
魔力が大きければ、それだけ多くの水や強い風を作り出せる。
それを標的に向かって打ち出す――それが攻撃魔法の基本だと教えられてきた。
けれど、空気に重さがあるなら、空気そのものを標的にぶつけてやればいい。
しかも空気は、魔力で生み出すまでもなく、どこにでも存在する。
魔力で“風”を起こすのではなく、
“そこにある空気”を操る。
その瞬間、僕の中で、風魔法という概念が書き換わっていくのを確かに感じた。
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