空を泳ぐ

さくら

第1章 風の魔法使い

今日の授業は魔法実技の訓練だった。

他の生徒には人気の授業だが、僕にとっては少し憂鬱な時間だ。


その様子を察したのか、親友のレオンが声をかけてきた。

「誰にだって苦手なことはあるさ」

レオンは僕を励ますように言った。

「俺はこっちは得意だけど、お前と違って座学のほうはサッパリだしな」

そう言うと、彼は手のひらから炎を出してみせた。――彼が得意とする炎魔法だ。


僕は魔術の教本に書かれていた内容を思い出しながら、集中力を高めた。


僕が扱うのは風魔法だ。

まず魔力で小さな風の渦を作り出し――

そこにさらに魔力を込め、竜巻のように大きく育てていく。

そして標的に向かって放つ――それが風の魔法の基本。


けれど僕の作った小さな竜巻は、力を増す前に形を失い、霧のように消えてしまった。


「……またか」

僕は小さく息を吐いた。

レオンも黙って肩をすくめるだけだった。


かつて「神々の息吹」と呼ばれた風の力は、いまでは火・水・土・風――四大元素を基盤とする理論で説明されている。

この理論を築いた天才たちによって、魔法は一気に進化を遂げたと言われている。


僕はそんな先人たちに憧れて、この魔法学院に進学した。

だが、世界の理を学べば学ぶほど、自分に魔法の才能がないことを痛感するようになった。


それでも僕は、魔法という理(ことわり)を少しでも深く理解したかった。

才能がなくても、理解することだけは誰にも負けたくなかった。



授業が休みの日、僕は実験に使う道具を買い足すため、一人で少し離れた街に出かけた。


山を越える道の途中で、ふと気づいた。

持っていた保存食の袋が、いつの間にかパンパンに膨らんでいた。

少し前までは手に馴染むような柔らかさだったのに。


それは初めてのことではない。

子どものころから、何度も経験している。


幼い頃、父に尋ねたときは、

「山に住む妖精のいたずらさ」

と笑って教えてもらったものだ。


中身が増えたわけでもないのに、袋だけが膨らむ――。


この世界では、たいていの不思議は魔法で説明がつく。

けれど、この現象を説明する魔法は、僕の知識にはなかった。


この世界には、まだ知られていない魔法がある。

そう考えると、胸の奥がわずかに熱くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る