元勇者は暗殺者として金を稼ぐ

田中又雄

第1話 勇者、暗殺者となる

 俺の名前はアイズ=シュタルク。

元の世界では、ただの平凡な高校生だった。


 毎朝同じ時間に起きて、学校に行き、授業を受け、部活もせず家に帰る。


 友達はいるけど、深い付き合いなんてなかった。


 周りからは超合理主義者で、正義感が強いと言われる性格をしていた。

悪いことを見過ごせないけど、感情に流されて無駄な行動はしない。


 効率的に問題を解決するのが俺の信条だった。


 そんな俺が、ある日突然異世界に転生したのは、17歳の誕生日直前だった。


 学校からの帰り道、トラックに轢かれる寸前で視界がブラックアウト。


 次に目覚めたのは、柔らかな草の上。

青い空、遠くに広がる森、そして周囲を囲む小さな村の家々。


 頭の中に響く声が、すべてを説明した。


「勇者よ、魔王を倒せ。この世界を救え」


 神か何か知らないが、俺に与えられたのは人並外れた魔力と、剣術の才能があった。


 村人たちは俺を「勇者様」と崇め、育ててくれた。


 村は平和だったが、それでも年々魔王の影が忍び寄っていた。

更に魔物の襲撃が増え、村の外では惨状が広がっている。


 俺は15歳になるまで、村で訓練を積んだ。

魔力を制御し、剣を振るう。

それが俺の使命だと思った。


 15歳の誕生日、村を離れた。

村人たちは涙ながらに見送ってくれた。

普段は涙など流さない俺もこの時には涙が流れた。


 そうして、森を抜け、最初の街に着いた。


 そこで出会ったのが、最初の仲間、エルンだった。


 男、20歳の戦士。

魔王の軍勢に村を焼かれ、家族を失ったらしく、魔王討伐のために旅をしていた。


 筋肉質の体躯で、斧を振るう姿は頼もしかった。

少し話しただけでもすぐに意気投合し、「俺と一緒に魔王を倒そう!」とそう言われた。


 俺は頷いた。

仲間はいるに越したことはない。


 それから半年ほど旅をしていると、森の奥で出会ったのは女エルフのリリアだった。


 年齢は18歳の魔法使いであった。

魔王の呪いで両親を失い、復讐を誓っていた。金色の髪をなびかせ、炎の魔法を操る。


 エルフの中でもトップクラスの魔力をもっていた彼女だったが、俺の魔力に驚き、即座に同行を申し出た。


「私も戦うわ。一緒に。いえ、戦わせて」


 さらに、荒野の村で加わったのが、ガロン。男、22歳の盗賊。


 とある小さな村で魔王の配下に捕らえられ、奴隷として働かされていたところを助けた。

盗賊としては一流であり、「お前らと一緒に戦わせてほしい」と言われた。


 最後に、湖畔の町で出会ったアリア。

女、19歳の僧侶。


 魔王の軍に寺院を壊され、教会を失い、必死に立て直しを行なっていた。

癒しの魔法が得意で、ヒーラーとしては超一流であるため、こちらから頭を下げて、パーティーに入ってもらった。


 こうして、5人で旅を始めた。

俺たちは魔王の城を目指し、道中を進んだ。


 最初は順調だった。

魔物を倒し、経験を積む。

夜のキャンプファイヤーで、仲間たちは過去を語った。

その頃には勇者一行なんて呼ばれており、それなりの知名度も上がっていた。


 エルンは家族の思い出を、リリアは両親の優しさを、ガロンは自由だった頃を、アリアは神の教えを。


 そんな話を俺は黙って聞いていた。

簡単に自己紹介はしたが、もちろん元の世界のことは話さなかった。


 しかし、旅が進むにつれ、亀裂が入り始めた。

最初のきっかけは、魔物が支配する国境の村だった。


 そこでは獣人たちが強制労働させられ、鞭打たれていた。


 獣人の子供が、飢えで倒れているのを見たリリアが叫んだ。


「助けましょう! こんなの放っておけないわ!」


 それにエルンも同意した。


「勇者、時間を作ろう。この子達を解放すれば、俺たちの味方になってくれるはず」


 そんな意見に俺は反対した。


「今は魔王を倒すのが優先だ。ここで時間を費やせば、被害が拡大する。合理的に考えて、一部を救うより、全体を救うために急ぐのが正解だ。目についたものを助けていては間に合わない」


 しかしそんな言葉に仲間たちは顔をしかめた。


 アリアが言った。


「でも、目の前の人を救えない勇者が、世界を救えるの?」


 ガロンがため息をついた。


「冷たいな、アイズ」


 それでも、俺は譲らなかった。

結局、仲間たちは渋々従ったが、不満の種は残った。


 次に、魔王の影響で困窮した村。

作物が枯れ、住民が飢えていた。


 エルンが提案した。


「食料を分けよう。俺たちの備えで十分だ」


 俺はまた反対した。


「備えは旅のために必要だ。ギリギリの状態でアクシデントが起きたらどうする?魔王を倒せば、この村も救われるんだ。今助けても、根本的には解決にはならない」


 こうして、議論は激しくなり、リリアが涙目で言った。


「あなたはそれでも勇者なの?人の心がないの?」

「俺は勇者と呼ばれてるだけで、勇者だと名乗ったことはない」


 そんなやり取りが繰り返された。

魔物の巣窟、呪われた森、荒廃した街。


 毎回、仲間たちは足を止め、助けようとした。

俺はいつも反対した。


 合理主義の俺にとって、それは正論だった。一部ではなく、全体を優先する。

当たり前のことだったが、仲間たちは理解しなかった。


 次第に、会話が減った。

キャンプの火が揺れる中、俺は離れた場所で一人で剣を磨いた。


 心の中で思う。

俺の考えは間違っていないはずだ。

なぜ理解されないのか。


 魔王の城に近づく頃、ついに爆発した。

山道で、魔王の配下に襲われた村人たちを助けるか否かで大喧嘩になった。


 エルンが叫んだ。


「もうお前の独裁は耐えられない! 俺たちは降りるぞ!」


 リリアが頷き、アリアが悲しげに言った。「アイズ様、ごめんなさい」


 ガロンが肩をすくめた。


「じゃあな」


 こうして、一人になった。

城の麓で、俺は空を見上げた。


 冷たい風が頰を撫でる。

そうして、単独で城に潜入し、戦った。


 魔力の奔流を放ち、剣を振るう。

魔王の咆哮が響き、黒い闇が渦巻く。


 激闘の1ヶ月間の末、俺は魔王の心臓を刺した。

血が噴き出し、城が崩れ始める。


 俺は脱出して、外で倒れた。

これで世界が平和になる…はずだった。

少なくてもそう信じていた。


 しかし、現実は違った。

魔王の死後、数ヶ月。


 俺は王都で表彰されたが、すぐに異変を感じた。


 各国が領土争いを始め、戦争の火種が広がった。


 魔王という共通の敵がいなくなったせいか、人類同士の争いが激化したのだ。


 魔王に向けられていた敵意は敵国に向けられていた。


 剣を交え、魔法が飛び交う。

街は焼かれ、民は泣く。


 何も…何も変わらなかった。


 俺は王宮のバルコニーから、それを見下ろした。

絶望が胸を締めつけた。


 自分がやってきたことは、何だったのか?

仲間を失い、一人で戦って、魔王を倒した。

それが使命だった。

それでも、この世界は救われなかった。


 俺の努力は無駄だったのか?


 それから、自らが戦争の道具にされるのを恐れ、俺は姿を消した。


 変装し、誰も知らない廃村での生活を始めた。


 そこは魔王の軍に壊された村で、荒れ果てていた。

崩れた家屋、雑草だらけの道。

魔法で結界を張っていたこともあり、他人から見られることはなかった。


 俺は一軒の小屋を修復し、生活を始めた。

狩りをして食料を確保し、水を汲む。


 だが、戦い以外に何もできない俺にとって、それは苦痛だった。


 剣を握っていない手が、震える。

夜、星空の下で思う。

生きる意味って何だ?


 まともに植物は育たず、生き物も少なかったので、廃村の生活は、すぐに耐えられなくなった。


 それから仕方なく、大国エスタリアへ向かった。


 賑やかな街、商人たちの叫び声、馬車の音。俺はフードを被り、正体を隠した。


 …仕事を探そう。

鍛冶屋、商人、農夫。

こういうのは向いていない。


 生まれてこの方、戦いのスキルしか学んでいないのだ。

だから、俺には普通の仕事は無理だ。


 そんな中、路地裏の掲示板に目が止まった。暗い酒場の壁に貼られた紙。


「高額報酬。標的の排除。詳細はこちらまで」


 それは暗殺の仕事だった。

一瞬、躊躇した。


 仮にも勇者と呼ばれていた俺が、金のために人を殺す?


 それでもすぐに空腹がその思考を止めた。

この世界の戦争を見た今、何が正義か分からなくなっていたのだ。


 俺は酒場に入り、依頼主に連絡を取った。


 そして、その依頼主は最近何かと話題の影の組織であることを知った。


 そして男が、俺を品定めした。


「腕は立つか?」


 俺は頷き、試しの仕事を受けた。

最初の標的は、貴族の裏切り者。


 夜の屋敷に潜入し、魔力で影に溶け込む。

寝室で、剣を喉に突き立てた。


 血の臭い、絶命の音。

魔物とは違う。

あっさりと、たわいもなく死んでしまった。


 そのことに心がざわついたが、報酬の金貨を手にして思う。

これで生きていける。


 元勇者は、こうして暗殺者になったのであった。

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