自律型戦闘人形《オートボーグドール》は悪魔を殺す
一式鍵
テラリアとルナリア、その行き着く先にあるもの
気の遠くなるほど遠い過去。
人類は月に居住領域を拡大した。
しかしそれでも、
ルキフェルの重質量弾砲撃により、地球はわずか一年と経たず、三割が焦土と化した。
その頃合いを見計らい、彼ら
それがほんの半年前だ。地球の
代わりに降ってきたのは、人間のような姿をした機械兵士――
「
僕らは揃ってため息を吐く。
「
自動ドアの向こうから、助手のミキ――通称
ミキは僕の前で手を振った。それに呼応するかのように空中にディスプレイが展開され、中にエカテリナの様子が映し出されていた。数時間前まで人間がかろうじて人間らしい営みをしていたとは思えないほど、大都市エカテリナは崩壊していた。
僕はコーヒーを一口飲む。コーヒーと言っても原産地はとうになく、
「エカテリナが陥落したということは、次はいよいよここだろう」
地球に残された唯一のメガロポリス――カナアン。人類に約束された安住の土地。
しかし、地球人にとって最後の地獄となる
「役人たちはすでに移動を開始したようです」
「避難勧告も出さずにか」
僕は呆れる。だが、そんなことはとっくに予想済みだった。
「君はどうする」
「我々の開発した
「僕の研究と心中するなんて、芸のない」
「いいえ、そのつもりはありませんよ、
「僕の
「私たちの、です、
まぁ、そうか。
僕はふと笑って、ミキを
向かった先は研究施設だ。そこには何百という数の円筒が並んでいる。中にいるのは僕たち
彼女らは皆一様に目を閉じ、起動の時を待っている。
研究者たちは僕たちに気付いたが、誰も手を止めようとしない。彼らはわかっている。ここに眠る人形たちに賭けるしかないということを。
「
ミキが僕に耳打ちする。
「上空に
「早いな」
「先行の制圧部隊だと思われますが」
「軍の対空砲に期待するしかないね」
僕は肩を
「危機感がありませんね、昔から」
「そりゃそうだよ。月下人との
「結果として私たちは滅びに瀕しています」
「彼女たちを信じよう」
人類最後の希望――
彼女たちは眠ってはいるが、情報は常にアップデートされている。今。
ほどなくして研究室に重たい振動が伝わってきた。地下五百メートルにあるこの施設にも伝わってくる振動。間違いない、ルキフェルからの重質量弾砲撃だ。これを食らえば地球の対空火器はイチコロだ。カナアン市の街並みももうすっかり様変わりしたことだろう。
「政治屋が仕事をしないから、こんなことになる」
僕は思わず愚痴った。
「
ミキがまた空中にディスプレイを展開する。雲を割って出現した巨大な宇宙
「えげつない数ですね」
「
「そうはいきませんが」
ミキは僕に頷きかけた。僕も「うん」と返す。
「諸君――」
僕は研究者たちに向かって呼びかけた。彼らは自分の作業の手を止めない。彼らは自分がなすべきことを理解しているのだ。マシンのように。
「時は来た。今こそ
彼らの動きが揃って一瞬止まる。そして
「
『
「うん。さっそくだけど、状況は理解しているね」
僕が言うと、
「もう軍も政府も機能していない。僕たち……いや、君たちが最後の砦だ。地上に降下した敵
『
少女――もとい
彼らの多くもまた、純粋な人間ではなかった。随所を機械化しており、いわばサイボーグだ。眠らずに活動したり、あるいは自動行動プログラムを組んだりして、ほとんど年中無休で活動している。彼らはそのためだけに自らの肉体を半ば捨てたのだ。
――それは僕やミキも同じだ。
そしてここでは、僕以外、誰も無駄口を叩かない。ただひたすらに
「戦闘が開始されました」
ミキが言う。彼女の示すディスプレイ内で、激しい戦闘が繰り広げられていた。敵はS-200タイプ。
「
「遠隔で支援してくれ。
「わかりました、
ミキの言葉と同時に、ディスプレイに映る
そして残念なことに、その被害は
「諸刃の剣なのはわかっていたけれど」
「後味の良いものではありませんね」
僕らは僕の研究室に戻った。そこにはもう一体の
まるで透き通った
「……
「どうしたの」
「新型がいます」
「なんだって」
「データベースに情報なし。S-500を上回る性能を有していると考えられます」
「それは、想定外だ」
S-500までなら、WLT二個小隊で相手にできるはずだ――
「損耗率が15パーセントを超えました」
「こいつにやられてるのか」
「はい」
それは映像からも明らかだった。巨人と言っても差し支えない
「損耗率が20パーセント……25パーセントを超えました。S-200も勢いを盛り返しつつあります」
「まずいな」
「
「でも、起動試験すら成功したことがない」
僕が日夜挑戦しても、彼女は頑として目を覚まさなかった。
「起動に失敗すれば、それはその時。成功しても、彼女が奴に勝てなければその時。やるなら今しかありません、
「そう、だね」
僕はここにきて
「損耗率が30パーセントを超えました、
「……ああ」
僕はその透明な棺桶に備え付けられた端末で、起動コマンドを送り込む。しかし、想定された
「敵新型、本施設を嗅ぎつけた模様です」
ミキが淡々と言う。
新型は
「ワルト、目を覚ましてくれ」
僕は祈るように呟いた。ミキは僕の隣に立って、ただ外の様子をモニタしていた。こういう時、彼女の冷静さには助けられる。
「だてに百年生きていませんから」
「それは僕も、なんだけどな」
これだけ一緒にいれば、以心伝心も叶うというもの。
ミキはクスっと笑う。彼女にしては珍しい。
「いっそ、結婚でもしましょうか、
「悪くない」
僕は冗談めかしてそう言い、再び、起動コマンドを送り込んだ。
「損耗率、70パーセントを超えました」
「抑えきれないか」
「
僕は眉間に手をやって首を振った。ミキは「チッ」と小さく舌打ちした。
「施設内
「さすがにタイムリミットか」
「
「違わない」
僕はしぶとく起動コマンドを入力し、やはり反応がないことを確認してから、棺桶の蓋を強制パージするコマンドを送り込んだ。さすがにミキが目を見開く。
「今までやったことのない手って、これだけだったからさ」
「あなたという人は」
僕は姿を空気中に晒した
「目覚めてくれ、お姫様」
「……損耗率90パーセント。事実上、全滅です」
「ワルト。君の出番だよ。僕たちを守ってくれ」
「S-200、研究施設を制圧しつつあり。三体がここに接近中」
「ワルト。僕たちを守って欲しい」
自動ドアが開く。
南無三、ここまでか――。
僕は覚悟を決めた。
そして右手でミキの左手を握った。しばらくぶりのスキンシップだった。
S-200の手にした重マシンガンが火を噴いた。
轟音が室内を跳ね回り、火花が所狭しと散っていく。
「……?」
だが、僕が受けた損害は、右の頬の小さな切り傷だけだ。ミキも無事だ。
もうもうと立ち込める煙が晴れると、そこには少女の背中があった。全身をナノマシンの装甲で覆った、銀髪の少女だ。
少女は振り返る。赤く輝く瞳が、僕たちを見た。表情はなかった。
ミキが呆然と呟いた。
「まさか、
『本施設内に侵入した敵性勢力の
ワルトが明快に――しかし無感情に――宣言した。
ワルトは設計者である僕の知る性能を大きく
「
「そんな設計してなかったんだけど」
「自律生成でしょう。ルキフェルと同様に、自分自身を
「まさか」
僕は一笑に付そうとしたが、ミキの真剣なまなざしを受けてそれを飲み込んだ。
「そもそも設計やコーディングにミスがないにも関わらず、ヘルスチェックコマンドにすら正常な
「僕自身がその目撃者になろうとはね」
「長生きはするものです」
ミキはまた小さく笑った。僕もつられて笑う。室内に迫っていた三体のS-200は物の二分半で撃滅され、増援もその三分後には撃破されていた。恐るべき威力だった。
『私はすべての
ワルトは室内に戻ってきて、僕たちに手を差し出した。僕たちはそれぞれに助け起こされる。
『これより、本都市内のすべての敵性勢力の殲滅を行います。あなたたちはここにいて――』
「
「そうですね」
僕とミキ言うと、ワルトはすなおに頷いた。
『わかりました。されど無事は保証致しかねます』
「僕の理想が叶えられるなら、それだけでいい」
「
「人類の平和さ」
僕はそう言うと、部屋から出て行くワルトを追った。右手にミキを捕まえて。
地上までの数度の戦闘を経て、僕たちはどうにかして太陽の下に出た。腕の時計を見ると、時刻は午後二時。晩秋の昼下がりだ。しばらくぶりに触れる外気に、僕とミキは小さく震えた。
すぐそこに、あの巨人はいた。ワルトの三倍はあるだろう。周囲には彼女の姉妹たちの無残な
『
「なんだって?」
月面居住地で酸素を失うということは……。
「それは本当なのか」
『ルキフェルがそうしたと言っている。世界に人類は必要ない――ルキフェルがそう言ったと』
どうやらワルトは巨人と対話しているようだった。ミキが鋭い視線を巨人に向けながら、呟いた。
「確かに、神のごとくなる者にとって、人類は不要、かもしれませんね」
「ルキフェルは
「
「であるなら、ぜひとも地球側に勝っていただきたいね」
僕はワルトの背中を見る。
「ワルト、ルキフェルを撃破するんだ」
『了解。主目的、ルキフェルの破壊。これを全てにおいて優先します。そのための障害となるものは、全て破壊します』
ワルトの両手首から長大な剣が生えてくる。
『破壊目標を
「仰せのままに、お姫様」
僕はミキの手を引いて、瓦礫の山の向こうに避難した。どれほど意味があるかはわからなかったけれど。
「次のルキフェルの攻撃は早くても一時間以上後か」
奴は衛星軌道上にいる都合で、同じ場所に居続けることができない。高度を変えることがあるのが厄介だが、それでも最短でも再攻撃までに九十分はかかる。
「砲撃が来る前に片付けてくれなければどっちみち終わりだね」
「ワルトを信じましょう、
「ああ、それしか
僕たちはワルトの視覚を通し、あるいは倒されたがまだ機能している
ワルトはベルフェゴールというらしい
しかし、遅れて襲ってきた大爆発によって、僕らはすっかり
「ミキ! 大丈夫かい!?」
「どうにか」
げほげほとせき込みながら、ミキは
「ワルト! 終わったかい!?」
『肯定です、
「じゃぁ、次は――」
『いえ。人々の避難をさせるより、我々がここを離れる方が建設的です』
ワルトは無情に言った。僕はその意図をすぐに
「ルキフェルは君を狙う」
『肯定です、
「まさか」
僕は首を振る。
「君は
「そうですね、
「いや違うよ、ミキ」
僕はまた首を振る。
「僕たちがいれば、だ」
ミキの言葉を正しく直す。
ワルトはぎこちなく頷くと、僕たちにその赤く輝く目を向けた。銀髪が風に靡いている。ナノマシンで作られた装甲が淡く青く発光している。
『主目的、ルキフェルの破壊。これより、作戦行動を再開します』
宇宙に君臨する自律思考型機動要塞ルキフェル。
――その目的地は、今の僕らにはあまりにも遠い。
だが、僕らにはワルトという希望があった。
自律型戦闘人形《オートボーグドール》は悪魔を殺す 一式鍵 @ken1shiki
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