チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい

日月 間

チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい

 王城地下の召喚室。床一面に描かれた魔法陣が、蒼白い光をぼうっと放っている。王国唯一の召喚士にして、しがない三等魔導士である俺――レオンは、額の汗を袖で拭った。


(魔王軍の侵攻まで残り三ヶ月。ここでやらかしたら、普通に死刑なんだよな……主に俺が)


 背後では、王様とその取り巻きが固唾を飲んで見守っている。いや、王様はもうワイン飲んでるな。緊張してるの、どう考えても俺だけだ。


「レオンよ。地球とやらの世界から、必ずや最強の勇者を召喚するのだぞ」

「……努力はします、陛下」

「努力で済む話ではないがな。万一失敗したら――」

「首、ですよね」

「わかっておるではないか」


 だから軽く笑うな、その顔で。


 俺はごくりと喉を鳴らし、召喚陣の中心に立った。古い羊皮紙に記された、異世界召喚の詠唱を息継ぎも忘れて唱えていく。


 地球。魔力の薄い遠い世界。そこから、魔王に対抗できるだけの「魂」を引き寄せ、こちらの世界に「勇者」として定着させる――それが今回の仕事だ。


(大丈夫、大丈夫。教材通りにやれば……一人くらいは、まともな勇者が……)


 最後の節を唱え終えた瞬間、魔法陣が白く爆ぜた。


 光。風。耳鳴り。


 そして――


「……え、なにこれマジ? ガチ異世界召喚ってやつ?」


 軽い女の声が響いた。


 視界が戻ると、そこには三つの人影が倒れていた。


 一人目。金髪に見えるが、よく見ると全体を明るい茶色に染めた髪。やたら長いまつげ。スカート丈が短すぎる女の子。俺と目が合うなり、ぱちぱちと瞬きをした。


「ねぇ、あんた。これドッキリ? カメラどこ?」

「…………」


 俺は思わず視線を斜め後ろの王様に向けた。王様は眉をひそめている。少なくとも、王国のドッキリ番組ではなさそうだ。


 二人目は、ジャージ姿の青年。黒縁眼鏡をずり上げながら、起き上がるなり周囲を見回す。


「うわ、すげぇ。完全3D……いやVRじゃないよな、これ。匂いするし」

「あなた方は、地球から召喚された――」

「ちょっと待って。ステータス画面どこ? メニュー、メニュー」


 俺の説明は、見事にスルーされた。


 三人目は、スーツ姿の男だった。ネクタイは緩く、ワイシャツにはコーヒーと思しきシミ。目の下のクマがえぐい。彼はしばし天井を見つめた後、ぽつりと呟いた。


「……あ、これ死んだやつですかね、俺」

「いえ、生きてます」

「マジすか。じゃあ、会社戻らないと……」


 ふらふらと立ち上がろうとして、転ぶ。ヒールの高い女の子が慌てて支えた。


「だいじょぶ? なんか顔色、やばくない?」

「いやぁ、残業続きで……夢ならこのまま起きたくないんですけどね……」


 ――こうして、勇者候補三人は、実に頼りない第一印象を残してくれた。



 場所を王の謁見の間に移し、俺は三人を王様の前に跪かせ……ようとしたが、誰ひとりとしてまともに跪かない。


「ひざまずけって、ガチで? 膝出したくないんだけどー。タイツ伝線したらどうすんの」

「土下座は日本文化ですけど、これはちょっと」

「わたし別に、あなたの臣下じゃないし」


 王様の額に、ぴきぴきと血管が浮かんでいるのが見える。やめてくれ、マジで俺の首が飛ぶから。


「三人とも。陛下は、この国の王だ。礼儀ってものが――」

「王? キング? あ〜、トップかな? 社長?」

「そういうことだ」

 スーツ男がぼそりと呟いた。

「じゃあ、この世界でも社畜コースなんですね、俺……」


 王様は咳払いを一つして、無理やり威厳を取り戻した。


「地球の勇者たちよ。汝らは異界より召喚された、選ばれし存在である。この世界は今、魔王とやらに脅かされておる。どうか我が国と、人々を救ってはくれぬか」


 教科書に載っていそうなスピーチ。俺が何度もリハーサルに付き合わされたやつだ。


 しかし、三人の反応は――


「魔王? やば。テンプレじゃん」

 ジャージ男が目を輝かせる。

「ラスボス、ちゃんと第二形態あります? BGMとか」

「B……?」

 王様が小さく首を傾げた。


「ねぇねぇ、それってうちらが世界救ったら、もしかして、お姫さまとかお城とか、もらえちゃう感じ?」

 金髪の彼女が、身を乗り出す。

「インスタ映えする城がいいんだけど〜」


「……残業代、出ます?」

 スーツ男が、真顔で尋ねた。

「え?」

「いや、その。魔王討伐って、どう考えても残業じゃないですか。就業時間外の。だから、残業代と休暇のことを先に確認しておきたいなって」


 謁見の間に、妙な沈黙が落ちた。


 王様はこほんと咳払いをし、視線を俺に滑らせてくる。


 ――おい。説明しろ。


 言葉にせずとも伝わる無茶振り。


俺は一度深呼吸をした。


「まずは自己紹介からにしましょう。あなた方の名前を教えてください」


 ジャージの青年が手を挙げる。


「俺、相沢ユウ。二十歳。大学は……一応通ってる」

「わたし、藤崎ミナ。二十一。アパレルの店員してたけど、今はほぼインフルエンサーって感じ?」

「斎藤真――あ、いや。名字で呼ばれるのは、ちょっとアレなんで。『マコト』でお願いします」

 三十代半ばくらいだろうか。マコトさんは、やたらと丁寧に頭を下げた。


「俺はレオン。この国の召喚士だ。あなたたちを、地球からこちらの世界に呼び出した張本人でもある」


 三人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。


「え、じゃあさ。責任取ってよね?」

「そうだぞ。これ、元の世界に戻れない系ですか? 戻れる系ですか?」

「労災、下ります?」


 質問の方向性すらバラバラだ。


 とりあえず、俺は一番重要な点から説明することにした。


「あなた方は、女神の加護を受けている。特殊な異能――いわゆるチートスキルを一つずつ授かっているはずだ。試しに、意識を内側に向けてみてくれ。『ステータス』と念じれば、見える」


「ほほう」

 ユウがにやりと笑い、空中をタップするような仕草をした。

「おぉ……出た。うわ、マジでRPGじゃん。『ユウ Lv.1 勇者』……え? スキル、『ゲームマスター』?」


 ゲームマスター。召喚前の説明書きによれば、この世界を「ゲーム」として認識し、経験値の配分や成長速度を操作できる反則級スキルだ。ただし、ゲームとしてしか見なくなる危険もあると。


「わたしのは〜、『カリスマブースト』って書いてある。かわいい」

 ミナが自分のステータスを見て、満足げに頷いた。

「周囲の人間の感情と行動を、自分に有利な方向へ傾ける力……ってことか」

「やだ、チートじゃん。これでフォロワー一億人も余裕じゃない?」

「フォロワーではなく、臣民かもしれませんが……」


 最後に、マコトさんが弱々しく手を挙げた。


「あの、俺のスキル、多分バグってるんですけど」

「バグ?」

「『過労無双』って書いてありますよ。なんですかこれ」


 俺は思わず吹き出しそうになったが、真面目に説明する。


「限界を超えるまで働けば働くほど、身体能力と魔力が指数関数的に上がっていくスキルだ。……ただし、過労死ラインを超えると、本当に死ぬ。復活もできない」

「それ、ただのブラック企業の再現ですけど?」

「でも強いですから」

「心と身体が壊れたら意味ないじゃないですか……」


 そう言いながらも、マコトさんの目の奥には、妙な諦観と慣れがあった。彼は多分、元の世界でも似たような働き方をしていたのだろう。


「というわけで、あなた方三人は、魔王討伐の勇者として、この世界に召喚された」

「だよねー」

 ユウが指を鳴らす。

「じゃ、チュートリアル行こうぜ。とりあえずスライムあたり狩っとく感じで」

「ちょっと、その前に装備とコスメ揃えたいんだけど」

「俺は就業規則を確認したいです」


 全員が全然違う方向を向いている。


 王様が、堪え切れないといった様子で立ち上がった。


「……よし。レオン」

「あ」

「はい」

「そなたを、この三人の勇者の……そうだな、『世話係兼監督官』に任命する」

「……はい?」

「今日から勇者たちと寝食を共にし、鍛え、ときに諭し、ときに叱り、魔王討伐まで導くのだ」

「いや、それは職務範囲を――」

「拒否権はない」


 俺は、王様のにこやかな笑顔を見て悟った。


 ――あ、これ、全部俺に押し付けるつもりだ。



 それからの数日は、勇者たちの「世話」であっという間に過ぎていった。


 その合間に、ユウから「RPG」とやらの基礎をかみ砕いて教わったが、正直いまだによく分かっていない。少なくとも、この世界が「セーブもロードもできないゲーム」だという感覚だけは、いやというほど理解した。


 まず、住居問題。


「え〜、三人とあんたで、ひとつの宿舎ってマジ? 男女別々じゃないの?」

 ミナが、両手を腰に当てて抗議する。


「部屋は別だ。安心しろ」

「バスルームは?」

「男女共用だな」

「はぁ? 絶対いやなんだけど」

「なら交代制にするしかないな。俺の入浴時間は短いから、後回しでいい」

「あんたの風呂事情聞いてないし!」


 次に、食事。


「うわっ、なにこれ。固っ。味薄っ」

 ミナが、王都で一般的な黒パンをつついて顔をしかめる。

「カロリー足りなくないすか? タンパク質が……」

 マコトさんは栄養バランスが気になるらしい。

「ステータス的には、もっと効率のいいアイテム欲しいんだけどなぁ。ポーションとか」

 ユウはゲーム思考全開だ。


 俺は一つ一つ説明しながら、妥協点を探っていく。王都一の食堂に交渉して、勇者専用メニューを作ってもらい、ミナに試食させ、SNS――じゃない、この世界にはない――彼女の「カリスマブースト」で看板娘化してもらう。結果、店は大繁盛し、勇者たちにはそこそこの食事が安く提供されることになった。


 ……ここまで全部、召喚士の仕事じゃない。


 そして、最も大変だったのが、訓練だ。


「なんで俺が素振りなんてしなきゃいけないわけ?」

 訓練場の端で、ユウが木剣をぶんぶんと適当に振り回す。

「スキルがあれば、それで十分じゃん。レベル上げは、もっと効率よく――」

「スキルは身体あってのものだ。基礎体力と技術がなければ、ただの自殺スイッチになる」

「でもさ、ゲームでは……」

「ここはゲームじゃない」


 俺は、彼に木剣を構え直させた。


「お前の『ゲームマスター』は、この世界をゲームとして見るスキルだ。確かに便利だが、ゲームと違って『一回やられたら終わり』なんだ。セーブもロードも、できない」

「……できないの?」

 ユウが少しだけ顔を曇らせた。

「説明書きには、そう書いてあった」

「説明書きあるのかよ」


 逆に、マコトさんは、こちらが止めなければ永遠に訓練し続けるタイプだった。


「マコトさん、もう日が暮れます。休みましょう」

「いえ、まだいけます。ここで止めたら、生産性が――」

「生産性より命を優先してください! あなたのスキルは、オーバーワークすればするほど強くなるが、その分リスクも増えるんです」

「大丈夫ですよ。慣れてますから」

「慣れの問題じゃない!」


 ミナはミナで、訓練場に現れる兵士たちを次々に「ファン」に変えていく。


「ミナ様〜!」

「今日もお美しい!」

「きゃー、ありがと〜。ちゃんと明日も訓練来てね? サボったら承知しないからぁ」

「はいッ!」


 結果として兵士たちの士気は爆上がりしているので、王国的にはありがたいのかもしれないが、肝心の本人は全然戦闘訓練をしない。


「あなた自身も戦わないと」

「え〜? わたしが前に出る必要なくない? かわいいは正義っていうじゃん」

「言わない」

「てかさ、あんたわたしのこと『ミナ様』って呼んでなくない?」

「呼ぶ必要がない」

「は? なにそれ。じゃあ、今からあんたにだけ、『忠誠』ってデバフかけるから」

「待て。デバフって何だ」

「ほら、『レオンはミナ様に逆らえない』って心の底から思え〜、思え〜」


 ――実際、彼女のスキルは洒落にならない。


 最初のうち、冗談だと思って聞き流していたが、気づけば俺は「ミナに対してだけ、なんとなく強く出づらくなる」状態に陥っていた。危険を感じて、対策の結界を張る羽目になる。


(勇者三人。全員、扱いづらすぎる……)


 それでも、日々の小さな衝突や事故を繰り返す中で、少しずつ、彼らのことが見えてきた。


 ユウは、口こそ悪いが、仲間を傷つけるのは本気で嫌うタイプだ。兵士との訓練で、相手が怪我をした途端、慌てて回復アイテムを探し回ったりする。


 ミナは、自分の可愛さと影響力を自覚していて、それを武器にすることに躊躇がない。でも、年少の孤児たちには、自分のコスメや服を惜しげもなくあげていた。


 マコトさんは、とにかく責任感が強い。任された仕事は必ずやり遂げようとする。それが過労という形で自分を蝕んでいるだけだ。


 そんな彼らを見ていると、放っておけなくなってくる。


(世話係ってのは、悪くないのかもしれないな)


 そう思い始めた矢先、事件は起こった。



 魔王軍の尖兵が、王都近郊の村を襲撃した。


 朝の訓練が終わるか終わらないかというタイミングで、王城に緊急の使者が飛び込んできたのだ。


「レオン! 勇者たちを連れて、すぐに村へ向かえ!」

 王様の声が、大広間に響く。

「こ、こんな急にですか」

「魔王軍の様子見だろうが、村を見捨てるわけにはいかぬ。兵も送り出すが、間に合わぬやもしれん。勇者たちの力を見せる好機でもある」

「好機って言いました?」


 俺は内心でツッコミながらも、すぐさま勇者たちを呼び集めた。


「村が襲われている。行くぞ」

「マジか。ようやく実戦か」

 ユウの目が輝く。

「写真とか撮ってもいい? 炎とか、めっちゃ映えそうじゃない?」

 ミナは場違いなことを言いながらも、靴紐を結び直す。

「……わかりました」

 マコトさんは、短く返事をして、自分のスーツの上から支給された鎧をぎこちなく装備した。


 俺たちは四人で馬に跨がり、全速力で村へ向かった。


 途中、俺は彼らに最終確認をする。


「ユウ。状況の『解析』は任せる。敵の数、強さ、村人の位置。ゲーム画面みたいなやつで見えるんだろ?」

「まぁな。ミニマップは完備してる」

「ただし、敵をナメるな。お前のスキルでは、敵の本当の『意図』まではわからない」

「了解、了解」


「ミナ。お前の『カリスマブースト』は、味方の士気を上げるのにも使える。村人たちを落ち着かせ、兵士を鼓舞しろ。ただし、敵にまで好かれるなよ」

「敵にモテても困るんだけど」


「マコトさん。あなたは、くれぐれも自分の限界を見誤らないでください。『過労無双』は最後の切り札だ。今回は、体験程度に力を引き出すに留めてください」

「はい。……でも、もし誰かが死にそうになったら、遠慮はしません」

「それは、そのとき考えましょう」


 自分の鼓動が速くなるのを感じながら、俺は馬の腹を蹴った。



 村に着いたとき、そこはすでに地獄の一歩手前だった。


 黒い鎧をまとった魔物たち――魔王軍の雑兵たちが、民家を炎上させ、逃げ惑う村人を追い立てている。炎と煙。悲鳴と怒号。


「うわ……」

 ミナが思わず顔をしかめる。

「想像してたより、リアルだな」

 ユウも、さすがに興奮だけではいられない様子だ。


「レオン。敵は――」

 ユウが目を閉じると、瞳の奥に薄い光が宿った。


「敵性反応、三十七。うち中ボス級が一体、村の中心付近。味方は……まだ生きてる村人が四十弱。兵士は、今こっちに向かってるけど、間に合わないかも」

「よし。俺たちで時間を稼ぐ」


 俺は馬から飛び降り、簡易の結界を展開した。


「まずは、村人の避難誘導だ。ミナ」

「わかってるって」


 ミナは大きく息を吸い込み、村全体に響き渡るような声で叫んだ。


「みんなー! 落ち着いて、あたしの声聞いて! 今から言う方向に走って! 絶対に助けるから、信じてついてきて!」


 その声に、不思議な力が乗る。


 パニック状態だった村人たちの顔から、徐々に恐怖の色が薄れていく。涙を拭い、ミナの指差す方向――俺が結界で守った安全地帯――へと走り出した。


「いいぞ、ミナ!」

「ふふん、かわいいは信用されるのだ」


 ユウは既に前線へと走り出し、『ゲームマスター』の力で敵の配置を読み解いている。


「雑魚は俺が引き受ける。中ボスは――」

「俺がやります」

 マコトさんが、静かに一歩前に出た。

「お前のスキルじゃ、まだ――」

「大丈夫です。多少徹夜が続いたくらいの疲労感なら慣れてますから」


 彼の身体から、じわじわと黒い光が立ち上った。『過労無双』の発動だ。


「待て! まだ魔力に身体が慣れていない――!」

 俺は慌てて彼に制限の結界を張ろうとしたが、その瞬間、村の中心付近で何かが爆ぜた。


 ドォン、と鈍い音。土煙。倒壊する家。


「くそっ、中ボスが動き出したか!」


 黒い獣のような影が、炎の中から姿を現した。全身を黒い鎧に覆った、大型の魔族だ。目だけが赤く光っている。


「ほう。人間風情が、我らの舞台に踏み込むか」

 低くくぐもった声。


 ユウが小声で呟いた。


「ネームドモンスター発見。『魔将バルグ』。レベル……え、高っ。推奨レベル、三十って書いてあるんだけど」

「俺たち、まだ一桁ですよね?」

 マコトさんが乾いた笑いを漏らす。


 俺は迷わず叫んだ。


「撤退だ! 奴の注意を引くだけ引いて、時間を稼ぐ! 倒そうとするな!」


 しかし、ユウの目は違うものを見ていた。


「でもさ。ここで逃げたら、村、壊滅だぞ」

「それでもだ! 死んだら終わり――」


 言い終える前に、バルグが腕を振り上げた。


 黒い弾丸のような魔力の塊が、こちらに向かって飛んでくる。


「ミナ!」

「わかってる!」


 ミナが両手を広げた。


「ねぇ、みんな。ぜったいに負けないって、信じて?」


 彼女の声と共に、俺たちの身体を温かい光が包み込んだ。恐怖が少し薄れ、脚に力が戻る。


「バフ完了。テンション上げてこー!」


 ユウが横に飛び出し、魔弾をギリギリでかわす。地面に着弾した魔弾が、土を抉り、煙を上げた。


「やっぱヤバいな、これ。……でも、ゲームなら、こういう無理ゲーには抜け道があるんだよ」


 彼の目が、きらりと光る。


「レオン。お前、召喚士だろ?」

「そうだが」

「俺たちと契約結んで、一時的に『召喚獣』扱いにできねぇか?」


 思わぬ言葉に、俺は一瞬動きを止めた。


「召喚獣は本来、この世界の存在に限られる。異世界人との契約なんて――」

「でも、本質的には一緒だろ? 呼び出して、繋いで、力を引き出す。『ゲームマスター』で見てる感じだと、お前のジョブ、『上級召喚士』じゃなくて、隠しジョブだぞ」

「隠しジョブ?」

「『絆召喚士(ボンドサモナー)』。仲間との繋がりに応じて、戦力が跳ね上がるタイプ」


 そんなジョブ、聞いたことがない。


 だが――思い当たる節はあった。


 俺は、昔から一人では大した魔法が使えなかった。いつも誰かと一緒にいるときだけ、不思議と力がうまく回ったのだ。召喚魔法も、仲間の補助があって初めて成功した。


(まさか、それがジョブの特性だったってのか)


 バルグが再び腕を振り上げる。


「ちんたら話してる場合か!」

 ミナが叫ぶ。

「やるなら早くして! あたしのメンタルもたない!」


 ――決断するしかない。


「よし。ユウ、ミナ、マコトさん。俺の言う言葉を復唱してくれ」


 俺は杖を構え、三人の前に立つ。


「我が呼びかけに応えし異界の勇者たちよ――」

「――我が呼びかけに応えし異界の勇者たちよ」

 三人が同時に声を重ねる。


「この絆をもって、契約の証とする」

「この絆をもって、契約の証とする」


 光の輪が、三人と俺を繋いだ。


 胸の奥から、暖かい何かが溢れ出し、それが三人の元へ流れ込んでいく感覚。逆に、三人からも、それぞれ違った色の感情が俺に流れ込んできた。


 期待、不安、恐怖。わずかな高揚。そして――


(なんだ、これ……)


 俺の視界に、見慣れない文字が浮かび上がる。


『パーティ契約 成立』

『ジョブ「絆召喚士(ボンドサモナー)」解放』

『勇者ユウ・ミナ・マコトを、一時的に召喚対象として扱うことが可能になりました』


 ゲームっぽいインターフェイスが、まるでユウのステータス画面みたいに表示されている。彼のスキルが俺にも一部リンクしたのだろうか。


「おもしれぇ……」

 ユウが笑う。

「じゃ、レオン。俺たちを『召喚』してくれよ」


 バルグが、最後の攻撃を放つ。巨大な黒い槍が、空を裂いて降り注いできた。


 俺は杖を地面に叩きつけ、叫ぶ。


「来い――絆の勇者たち!」


 光が爆ぜた。


 次の瞬間、三人の勇者の姿が掻き消え、代わりに俺の前に三つの巨大な魔方陣が浮かび上がる。


 左の陣から飛び出したユウの剣には、ゲーム的なエフェクトがまとわりつき、その一撃は黒い槍を真っ向から叩き割った。


「はぁっ!」


 中央から飛び出したミナの声が、戦場全体に響く。


「みんな、絶対勝てるって信じて! わたしたち、最強だから!」


 その瞬間、村人たちの隠れ場で震えていた子どもたちの瞳に、希望の光が宿った。遠くから駆けつける兵士たちの足取りが、わずかに速くなる。


 右の陣からは、マコトさんが飛び出す。さっきまでと違い、その身体は淡い光を帯びていた。


「残業……ですけど」

 彼は呟き、不器用に拳を構えた。

「この世界の人たちのためなら、ちょっとくらいなら、頑張れそうです」


 一歩踏み出すたびに、彼の身体能力が跳ね上がっていく。ただの一歩が、地面を陥没させる跳躍に変わる。


(俺の魔力が、スキルの暴走を抑えてる……?)


 契約によって繋がれた絆が、マコトさんの「過労無双」に安全装置を付けている。一定以上の負荷がかかると、俺のほうに負荷が分散される仕組みになっていた。おかげで、俺は内臓がひっくり返りそうな吐き気を感じている。


「げほっ……でも、まだいける」


 バルグが咆哮した。


「人間風情が――っ!」


 だが、その声には、さっきまでの余裕はなかった。


 ユウの『ゲームマスター』が、バルグの行動パターンを解析し、その情報が俺を通じて全員に共有される。ミナの『カリスマブースト』が、俺たち自身にも強く作用している。マコトさんの『過労無双』は、ギリギリのラインで維持され、一撃一撃が重くなっていく。


「レオン! 次、奴は右からフェイントかけて、左から本命来る!」

「了解! マコトさん、右だ!」

「はい!」


 俺の号令に合わせて、マコトさんが右側に大きく踏み込む。バルグのフェイントを真正面から叩き潰し、その隙にユウが左側から本命の攻撃を先に叩き込む。


「ゲームの裏かきってやつだよ!」


 剣が黒い鎧を割り、闇の血が飛び散った。


 バルグがよろめく。


「ば、馬鹿な……低レベルの人間が、ここまで――」


 俺は杖を構え直し、最後の魔力を振り絞った。


「ユウ! ミナ! マコトさん! とどめだ!」


 三人の身体から、まばゆい光が立ち上る。それぞれの光が一つに重なり、巨大な魔法陣を描き出した。


「「「――行けぇぇぇぇッ!」」」


 三人の叫びと共に、光の刃がバルグを飲み込んだ。


 轟音。衝撃波。炎が、一瞬だけ押しのけられ、真っ白な世界が広がる。


 やがて、光が収まったとき。


 そこに、魔将バルグの姿はなかった。


 残っていたのは、黒い角だけだ。



 戦いが終わったあと、俺たちは村人たちに頭を下げられまくった。


「勇者様方、本当に……!」

「助けていただいて、ありがとうございます!」


 村人たちの視線は、三人の勇者に向けられている。ユウは照れくさそうに頭をかき、ミナはポーズを取り、マコトさんは戸惑ったように笑った。


「いやぁ……こんなに感謝される仕事、初めてかもしれません」

「会社では?」

「『これが仕事だから』の一言で片付けられちゃうんで」


 そんなやりとりを眺めながら、俺はこっそりと腰を下ろした。全身が痛い。契約で負荷を肩代わりしたせいで、筋肉痛と魔力酔いがダブルで来ている。


「レオン」

 ユウが近づいてきた。

「さっきのやつさ。『召喚』っていうより、『パーティシステム』だよな」

「ゲーム用語はよくわからんが……まぁ、そんなところだろう」

「お前がいたから、勝てたわ。マジで」


 素直な言葉に、少しだけ胸が熱くなる。


「そうだよ。レオンいなかったら、あたしたち、絶対バラバラに突っ込んでたし」

 ミナが腕を組んで頷く。

「ねぇ、あんた。これからも、ずっと面倒見てよね」

「……世話係だからな」

 苦笑しながら答えると、マコトさんも加わってきた。


「本当に、ありがとうございます」

「何がです?」

「俺、たぶん一人だったら、あそこで死んでました。限界を超えすぎて」

「それは……俺のほうこそ、あなたの力を利用したんですから」


 マコトさんは首を横に振る。


「違いますよ。『無理はするな』って、ちゃんと止めてくれる人が、いるってことが……こんなに安心するとは思いませんでした」


 言葉が詰まる。


 こうして、勇者三人と召喚士一人のパーティは、ようやくスタートラインに立ったのだと実感した。



 王城に戻ると、王様は満面の笑みで俺たちを迎えた。


「よくぞやった! 勇者たちよ! レオン!」


 大広間には、既に戦勝報告を聞きつけた貴族たちが集まっている。彼らの視線は、期待と好奇心と打算でぎらぎらしていた。


「魔将バルグを退けたこと、王国史に刻まれることになろう。褒美を取らせねばなるまい」

「やった。お城?」

 ミナの声が跳ねる。

「まだ早い」


 王様は笑い、咳払いをした。


「まずは、勇者三人に、それぞれ爵位と屋敷を――」

「あの、陛下」

 俺は思わず口を挟んでいた。

「なんだ、レオン」

「褒美の件ですが……一つ、お願いがございます」


 王様が片眉を上げる。


「ほう。召喚士風情が、欲を出したか」

「欲というか、条件です」


 大広間がざわつく。貴族たちの視線が、冷たくなるのがわかる。


 だが、ここで引くつもりはなかった。


「この勇者三人の『世話係』――いえ、『パーティリーダー』として、彼らの行動方針や出撃の決定に、俺にも発言権をください。報酬も、彼らと同じパーティとして分配を」

「なんと……」


 王様の表情が固くなる。


「レオン。そなたは、これまで通り命令に従っていればよいのだ。余の決定に口を出す必要はない」

「いいえ、あります」


 俺は、一歩前に出た。


「この三人は、強いですが、まだ未熟です。陛下の思惑だけで動かせば、どこかで無理が出て、最悪、勇者全員を失うことになります。それは、この国にとっても損失でしょう」

「……」


「俺は、彼らをただの『戦力』としてではなく、『仲間』として見ています。だからこそ、無茶な命令には反対しますし、必要とあらば立ち止まらせます。そういう人間が、パーティの中に一人は必要です」


 沈黙。


 貴族の一人が、鼻で笑った。


「一介の召喚士が、身の程を知れ」

「そうだ。勇者に取り入って、地位を上げようという魂胆だろう」

「魔王戦争の最中に、私利私欲とはな」


 がやがやと、非難の声が上がる。


 そのとき。


「ねぇ。あんたたち、うるさ」

 ミナが一歩前に出て、きっぱりと言った。

「レオンの悪口、勝手に言わないでくれる?」


 大広間が、凍りつく。


「わたしたち勇者三人、全員レオンに命預けてるんで。リーダーはレオン。それでよろしく」

「お、おい……」

「だよね?」

 ミナが振り向いて、ユウとマコトさんを見る。


「まぁ、そうだな」

 ユウが肩をすくめる。

「正直、王様の命令だけで動くのは、ゲーム的にもバッドエンドフラグなんで」


「俺も、レオンさんの決定なら、納得して命かけられます」

 マコトさんが穏やかに笑った。

「上司は、自分で選びたいんですよ」


 三人の言葉に、貴族たちの顔色が変わる。


 王様はしばし黙っていたが、やがて大きくため息をついた。


「……やれやれ。勇者たちの信頼を勝ち取ったようだな、レオン」

「恐れ入ります」


「よかろう。レオンを『勇者統括召喚士』に任命する。勇者パーティのリーダーとしての権限と責任を与える。同時に、報酬の分配もパーティ単位で行うものとする」

「陛下!」


 貴族たちが一斉に抗議の声を上げるが、王様は手を振って黙らせた。


「代わりに、魔王討伐までの責任は、すべてその肩にかかる。覚悟はよいな?」

「はい」


 俺は深く頭を垂れた。


 責任、か。


 もともと、魔王戦争に巻き込まれた時点で、どう転んでも楽な道などない。だったらせめて、自分で選んだ道を歩きたい。


 三人のほうを振り返ると、それぞれがそれぞれの表情で頷いてくれた。


「よーし、レオン隊長。これからもよろしくな」

「仕切りよろしくね、レオン」

「お世話になります、レオンさん」


 勇者三人。チート級の力を持ちながら、性格に難あり。


 そして、その世話を押し付けられた、異世界の召喚士。


 魔王討伐への道のりは、きっと困難だろう。喧嘩もするだろうし、死にかけることも、一度や二度では済まないだろう。


 それでも――


(悪くないパーティだ)


 俺は、そう思った。


 大広間の窓の外。遠くの空に、黒い雲が渦を巻いている。魔王の城がある方角だ。


 その向こう側で、きっと俺たちを嘲笑っている存在がいる。


 だが、構わない。


「行くぞ、お前たち」

「おー」

「はいはい」

「了解です」


 勇者三人と召喚士一人の、ちぐはぐな背中が、同じ方向へと向き始める。


 ――これは、そんな俺たちの、最初の一ページに過ぎない。


 だけどきっと、この日のことは、一生忘れないだろう。


 勇者三人、世話係一人。


 世界を救うための、ちょっと間違えて、でもしっくりくる、俺たちなりのチームの始まりだった。

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チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい 日月 間 @Hazama_Tachimori

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