チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい
日月 間
チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい
王城地下の召喚室。床一面に描かれた魔法陣が、蒼白い光をぼうっと放っている。王国唯一の召喚士にして、しがない三等魔導士である俺――レオンは、額の汗を袖で拭った。
(魔王軍の侵攻まで残り三ヶ月。ここでやらかしたら、普通に死刑なんだよな……主に俺が)
背後では、王様とその取り巻きが固唾を飲んで見守っている。いや、王様はもうワイン飲んでるな。緊張してるの、どう考えても俺だけだ。
「レオンよ。地球とやらの世界から、必ずや最強の勇者を召喚するのだぞ」
「……努力はします、陛下」
「努力で済む話ではないがな。万一失敗したら――」
「首、ですよね」
「わかっておるではないか」
だから軽く笑うな、その顔で。
俺はごくりと喉を鳴らし、召喚陣の中心に立った。古い羊皮紙に記された、異世界召喚の詠唱を息継ぎも忘れて唱えていく。
地球。魔力の薄い遠い世界。そこから、魔王に対抗できるだけの「魂」を引き寄せ、こちらの世界に「勇者」として定着させる――それが今回の仕事だ。
(大丈夫、大丈夫。教材通りにやれば……一人くらいは、まともな勇者が……)
最後の節を唱え終えた瞬間、魔法陣が白く爆ぜた。
光。風。耳鳴り。
そして――
「……え、なにこれマジ? ガチ異世界召喚ってやつ?」
軽い女の声が響いた。
視界が戻ると、そこには三つの人影が倒れていた。
一人目。金髪に見えるが、よく見ると全体を明るい茶色に染めた髪。やたら長いまつげ。スカート丈が短すぎる女の子。俺と目が合うなり、ぱちぱちと瞬きをした。
「ねぇ、あんた。これドッキリ? カメラどこ?」
「…………」
俺は思わず視線を斜め後ろの王様に向けた。王様は眉をひそめている。少なくとも、王国のドッキリ番組ではなさそうだ。
二人目は、ジャージ姿の青年。黒縁眼鏡をずり上げながら、起き上がるなり周囲を見回す。
「うわ、すげぇ。完全3D……いやVRじゃないよな、これ。匂いするし」
「あなた方は、地球から召喚された――」
「ちょっと待って。ステータス画面どこ? メニュー、メニュー」
俺の説明は、見事にスルーされた。
三人目は、スーツ姿の男だった。ネクタイは緩く、ワイシャツにはコーヒーと思しきシミ。目の下のクマがえぐい。彼はしばし天井を見つめた後、ぽつりと呟いた。
「……あ、これ死んだやつですかね、俺」
「いえ、生きてます」
「マジすか。じゃあ、会社戻らないと……」
ふらふらと立ち上がろうとして、転ぶ。ヒールの高い女の子が慌てて支えた。
「だいじょぶ? なんか顔色、やばくない?」
「いやぁ、残業続きで……夢ならこのまま起きたくないんですけどね……」
――こうして、勇者候補三人は、実に頼りない第一印象を残してくれた。
◇
場所を王の謁見の間に移し、俺は三人を王様の前に跪かせ……ようとしたが、誰ひとりとしてまともに跪かない。
「ひざまずけって、ガチで? 膝出したくないんだけどー。タイツ伝線したらどうすんの」
「土下座は日本文化ですけど、これはちょっと」
「わたし別に、あなたの臣下じゃないし」
王様の額に、ぴきぴきと血管が浮かんでいるのが見える。やめてくれ、マジで俺の首が飛ぶから。
「三人とも。陛下は、この国の王だ。礼儀ってものが――」
「王? キング? あ〜、トップかな? 社長?」
「そういうことだ」
スーツ男がぼそりと呟いた。
「じゃあ、この世界でも社畜コースなんですね、俺……」
王様は咳払いを一つして、無理やり威厳を取り戻した。
「地球の勇者たちよ。汝らは異界より召喚された、選ばれし存在である。この世界は今、魔王とやらに脅かされておる。どうか我が国と、人々を救ってはくれぬか」
教科書に載っていそうなスピーチ。俺が何度もリハーサルに付き合わされたやつだ。
しかし、三人の反応は――
「魔王? やば。テンプレじゃん」
ジャージ男が目を輝かせる。
「ラスボス、ちゃんと第二形態あります? BGMとか」
「B……?」
王様が小さく首を傾げた。
「ねぇねぇ、それってうちらが世界救ったら、もしかして、お姫さまとかお城とか、もらえちゃう感じ?」
金髪の彼女が、身を乗り出す。
「インスタ映えする城がいいんだけど〜」
「……残業代、出ます?」
スーツ男が、真顔で尋ねた。
「え?」
「いや、その。魔王討伐って、どう考えても残業じゃないですか。就業時間外の。だから、残業代と休暇のことを先に確認しておきたいなって」
謁見の間に、妙な沈黙が落ちた。
王様はこほんと咳払いをし、視線を俺に滑らせてくる。
――おい。説明しろ。
言葉にせずとも伝わる無茶振り。
俺は一度深呼吸をした。
「まずは自己紹介からにしましょう。あなた方の名前を教えてください」
ジャージの青年が手を挙げる。
「俺、相沢ユウ。二十歳。大学は……一応通ってる」
「わたし、藤崎ミナ。二十一。アパレルの店員してたけど、今はほぼインフルエンサーって感じ?」
「斎藤真――あ、いや。名字で呼ばれるのは、ちょっとアレなんで。『マコト』でお願いします」
三十代半ばくらいだろうか。マコトさんは、やたらと丁寧に頭を下げた。
「俺はレオン。この国の召喚士だ。あなたたちを、地球からこちらの世界に呼び出した張本人でもある」
三人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。
「え、じゃあさ。責任取ってよね?」
「そうだぞ。これ、元の世界に戻れない系ですか? 戻れる系ですか?」
「労災、下ります?」
質問の方向性すらバラバラだ。
とりあえず、俺は一番重要な点から説明することにした。
「あなた方は、女神の加護を受けている。特殊な異能――いわゆるチートスキルを一つずつ授かっているはずだ。試しに、意識を内側に向けてみてくれ。『ステータス』と念じれば、見える」
「ほほう」
ユウがにやりと笑い、空中をタップするような仕草をした。
「おぉ……出た。うわ、マジでRPGじゃん。『ユウ Lv.1 勇者』……え? スキル、『ゲームマスター』?」
ゲームマスター。召喚前の説明書きによれば、この世界を「ゲーム」として認識し、経験値の配分や成長速度を操作できる反則級スキルだ。ただし、ゲームとしてしか見なくなる危険もあると。
「わたしのは〜、『カリスマブースト』って書いてある。かわいい」
ミナが自分のステータスを見て、満足げに頷いた。
「周囲の人間の感情と行動を、自分に有利な方向へ傾ける力……ってことか」
「やだ、チートじゃん。これでフォロワー一億人も余裕じゃない?」
「フォロワーではなく、臣民かもしれませんが……」
最後に、マコトさんが弱々しく手を挙げた。
「あの、俺のスキル、多分バグってるんですけど」
「バグ?」
「『過労無双』って書いてありますよ。なんですかこれ」
俺は思わず吹き出しそうになったが、真面目に説明する。
「限界を超えるまで働けば働くほど、身体能力と魔力が指数関数的に上がっていくスキルだ。……ただし、過労死ラインを超えると、本当に死ぬ。復活もできない」
「それ、ただのブラック企業の再現ですけど?」
「でも強いですから」
「心と身体が壊れたら意味ないじゃないですか……」
そう言いながらも、マコトさんの目の奥には、妙な諦観と慣れがあった。彼は多分、元の世界でも似たような働き方をしていたのだろう。
「というわけで、あなた方三人は、魔王討伐の勇者として、この世界に召喚された」
「だよねー」
ユウが指を鳴らす。
「じゃ、チュートリアル行こうぜ。とりあえずスライムあたり狩っとく感じで」
「ちょっと、その前に装備とコスメ揃えたいんだけど」
「俺は就業規則を確認したいです」
全員が全然違う方向を向いている。
王様が、堪え切れないといった様子で立ち上がった。
「……よし。レオン」
「あ」
「はい」
「そなたを、この三人の勇者の……そうだな、『世話係兼監督官』に任命する」
「……はい?」
「今日から勇者たちと寝食を共にし、鍛え、ときに諭し、ときに叱り、魔王討伐まで導くのだ」
「いや、それは職務範囲を――」
「拒否権はない」
俺は、王様のにこやかな笑顔を見て悟った。
――あ、これ、全部俺に押し付けるつもりだ。
◇
それからの数日は、勇者たちの「世話」であっという間に過ぎていった。
その合間に、ユウから「RPG」とやらの基礎をかみ砕いて教わったが、正直いまだによく分かっていない。少なくとも、この世界が「セーブもロードもできないゲーム」だという感覚だけは、いやというほど理解した。
まず、住居問題。
「え〜、三人とあんたで、ひとつの宿舎ってマジ? 男女別々じゃないの?」
ミナが、両手を腰に当てて抗議する。
「部屋は別だ。安心しろ」
「バスルームは?」
「男女共用だな」
「はぁ? 絶対いやなんだけど」
「なら交代制にするしかないな。俺の入浴時間は短いから、後回しでいい」
「あんたの風呂事情聞いてないし!」
次に、食事。
「うわっ、なにこれ。固っ。味薄っ」
ミナが、王都で一般的な黒パンをつついて顔をしかめる。
「カロリー足りなくないすか? タンパク質が……」
マコトさんは栄養バランスが気になるらしい。
「ステータス的には、もっと効率のいいアイテム欲しいんだけどなぁ。ポーションとか」
ユウはゲーム思考全開だ。
俺は一つ一つ説明しながら、妥協点を探っていく。王都一の食堂に交渉して、勇者専用メニューを作ってもらい、ミナに試食させ、SNS――じゃない、この世界にはない――彼女の「カリスマブースト」で看板娘化してもらう。結果、店は大繁盛し、勇者たちにはそこそこの食事が安く提供されることになった。
……ここまで全部、召喚士の仕事じゃない。
そして、最も大変だったのが、訓練だ。
「なんで俺が素振りなんてしなきゃいけないわけ?」
訓練場の端で、ユウが木剣をぶんぶんと適当に振り回す。
「スキルがあれば、それで十分じゃん。レベル上げは、もっと効率よく――」
「スキルは身体あってのものだ。基礎体力と技術がなければ、ただの自殺スイッチになる」
「でもさ、ゲームでは……」
「ここはゲームじゃない」
俺は、彼に木剣を構え直させた。
「お前の『ゲームマスター』は、この世界をゲームとして見るスキルだ。確かに便利だが、ゲームと違って『一回やられたら終わり』なんだ。セーブもロードも、できない」
「……できないの?」
ユウが少しだけ顔を曇らせた。
「説明書きには、そう書いてあった」
「説明書きあるのかよ」
逆に、マコトさんは、こちらが止めなければ永遠に訓練し続けるタイプだった。
「マコトさん、もう日が暮れます。休みましょう」
「いえ、まだいけます。ここで止めたら、生産性が――」
「生産性より命を優先してください! あなたのスキルは、オーバーワークすればするほど強くなるが、その分リスクも増えるんです」
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
「慣れの問題じゃない!」
ミナはミナで、訓練場に現れる兵士たちを次々に「ファン」に変えていく。
「ミナ様〜!」
「今日もお美しい!」
「きゃー、ありがと〜。ちゃんと明日も訓練来てね? サボったら承知しないからぁ」
「はいッ!」
結果として兵士たちの士気は爆上がりしているので、王国的にはありがたいのかもしれないが、肝心の本人は全然戦闘訓練をしない。
「あなた自身も戦わないと」
「え〜? わたしが前に出る必要なくない? かわいいは正義っていうじゃん」
「言わない」
「てかさ、あんたわたしのこと『ミナ様』って呼んでなくない?」
「呼ぶ必要がない」
「は? なにそれ。じゃあ、今からあんたにだけ、『忠誠』ってデバフかけるから」
「待て。デバフって何だ」
「ほら、『レオンはミナ様に逆らえない』って心の底から思え〜、思え〜」
――実際、彼女のスキルは洒落にならない。
最初のうち、冗談だと思って聞き流していたが、気づけば俺は「ミナに対してだけ、なんとなく強く出づらくなる」状態に陥っていた。危険を感じて、対策の結界を張る羽目になる。
(勇者三人。全員、扱いづらすぎる……)
それでも、日々の小さな衝突や事故を繰り返す中で、少しずつ、彼らのことが見えてきた。
ユウは、口こそ悪いが、仲間を傷つけるのは本気で嫌うタイプだ。兵士との訓練で、相手が怪我をした途端、慌てて回復アイテムを探し回ったりする。
ミナは、自分の可愛さと影響力を自覚していて、それを武器にすることに躊躇がない。でも、年少の孤児たちには、自分のコスメや服を惜しげもなくあげていた。
マコトさんは、とにかく責任感が強い。任された仕事は必ずやり遂げようとする。それが過労という形で自分を蝕んでいるだけだ。
そんな彼らを見ていると、放っておけなくなってくる。
(世話係ってのは、悪くないのかもしれないな)
そう思い始めた矢先、事件は起こった。
◇
魔王軍の尖兵が、王都近郊の村を襲撃した。
朝の訓練が終わるか終わらないかというタイミングで、王城に緊急の使者が飛び込んできたのだ。
「レオン! 勇者たちを連れて、すぐに村へ向かえ!」
王様の声が、大広間に響く。
「こ、こんな急にですか」
「魔王軍の様子見だろうが、村を見捨てるわけにはいかぬ。兵も送り出すが、間に合わぬやもしれん。勇者たちの力を見せる好機でもある」
「好機って言いました?」
俺は内心でツッコミながらも、すぐさま勇者たちを呼び集めた。
「村が襲われている。行くぞ」
「マジか。ようやく実戦か」
ユウの目が輝く。
「写真とか撮ってもいい? 炎とか、めっちゃ映えそうじゃない?」
ミナは場違いなことを言いながらも、靴紐を結び直す。
「……わかりました」
マコトさんは、短く返事をして、自分のスーツの上から支給された鎧をぎこちなく装備した。
俺たちは四人で馬に跨がり、全速力で村へ向かった。
途中、俺は彼らに最終確認をする。
「ユウ。状況の『解析』は任せる。敵の数、強さ、村人の位置。ゲーム画面みたいなやつで見えるんだろ?」
「まぁな。ミニマップは完備してる」
「ただし、敵をナメるな。お前のスキルでは、敵の本当の『意図』まではわからない」
「了解、了解」
「ミナ。お前の『カリスマブースト』は、味方の士気を上げるのにも使える。村人たちを落ち着かせ、兵士を鼓舞しろ。ただし、敵にまで好かれるなよ」
「敵にモテても困るんだけど」
「マコトさん。あなたは、くれぐれも自分の限界を見誤らないでください。『過労無双』は最後の切り札だ。今回は、体験程度に力を引き出すに留めてください」
「はい。……でも、もし誰かが死にそうになったら、遠慮はしません」
「それは、そのとき考えましょう」
自分の鼓動が速くなるのを感じながら、俺は馬の腹を蹴った。
◇
村に着いたとき、そこはすでに地獄の一歩手前だった。
黒い鎧をまとった魔物たち――魔王軍の雑兵たちが、民家を炎上させ、逃げ惑う村人を追い立てている。炎と煙。悲鳴と怒号。
「うわ……」
ミナが思わず顔をしかめる。
「想像してたより、リアルだな」
ユウも、さすがに興奮だけではいられない様子だ。
「レオン。敵は――」
ユウが目を閉じると、瞳の奥に薄い光が宿った。
「敵性反応、三十七。うち中ボス級が一体、村の中心付近。味方は……まだ生きてる村人が四十弱。兵士は、今こっちに向かってるけど、間に合わないかも」
「よし。俺たちで時間を稼ぐ」
俺は馬から飛び降り、簡易の結界を展開した。
「まずは、村人の避難誘導だ。ミナ」
「わかってるって」
ミナは大きく息を吸い込み、村全体に響き渡るような声で叫んだ。
「みんなー! 落ち着いて、あたしの声聞いて! 今から言う方向に走って! 絶対に助けるから、信じてついてきて!」
その声に、不思議な力が乗る。
パニック状態だった村人たちの顔から、徐々に恐怖の色が薄れていく。涙を拭い、ミナの指差す方向――俺が結界で守った安全地帯――へと走り出した。
「いいぞ、ミナ!」
「ふふん、かわいいは信用されるのだ」
ユウは既に前線へと走り出し、『ゲームマスター』の力で敵の配置を読み解いている。
「雑魚は俺が引き受ける。中ボスは――」
「俺がやります」
マコトさんが、静かに一歩前に出た。
「お前のスキルじゃ、まだ――」
「大丈夫です。多少徹夜が続いたくらいの疲労感なら慣れてますから」
彼の身体から、じわじわと黒い光が立ち上った。『過労無双』の発動だ。
「待て! まだ魔力に身体が慣れていない――!」
俺は慌てて彼に制限の結界を張ろうとしたが、その瞬間、村の中心付近で何かが爆ぜた。
ドォン、と鈍い音。土煙。倒壊する家。
「くそっ、中ボスが動き出したか!」
黒い獣のような影が、炎の中から姿を現した。全身を黒い鎧に覆った、大型の魔族だ。目だけが赤く光っている。
「ほう。人間風情が、我らの舞台に踏み込むか」
低くくぐもった声。
ユウが小声で呟いた。
「ネームドモンスター発見。『魔将バルグ』。レベル……え、高っ。推奨レベル、三十って書いてあるんだけど」
「俺たち、まだ一桁ですよね?」
マコトさんが乾いた笑いを漏らす。
俺は迷わず叫んだ。
「撤退だ! 奴の注意を引くだけ引いて、時間を稼ぐ! 倒そうとするな!」
しかし、ユウの目は違うものを見ていた。
「でもさ。ここで逃げたら、村、壊滅だぞ」
「それでもだ! 死んだら終わり――」
言い終える前に、バルグが腕を振り上げた。
黒い弾丸のような魔力の塊が、こちらに向かって飛んでくる。
「ミナ!」
「わかってる!」
ミナが両手を広げた。
「ねぇ、みんな。ぜったいに負けないって、信じて?」
彼女の声と共に、俺たちの身体を温かい光が包み込んだ。恐怖が少し薄れ、脚に力が戻る。
「バフ完了。テンション上げてこー!」
ユウが横に飛び出し、魔弾をギリギリでかわす。地面に着弾した魔弾が、土を抉り、煙を上げた。
「やっぱヤバいな、これ。……でも、ゲームなら、こういう無理ゲーには抜け道があるんだよ」
彼の目が、きらりと光る。
「レオン。お前、召喚士だろ?」
「そうだが」
「俺たちと契約結んで、一時的に『召喚獣』扱いにできねぇか?」
思わぬ言葉に、俺は一瞬動きを止めた。
「召喚獣は本来、この世界の存在に限られる。異世界人との契約なんて――」
「でも、本質的には一緒だろ? 呼び出して、繋いで、力を引き出す。『ゲームマスター』で見てる感じだと、お前のジョブ、『上級召喚士』じゃなくて、隠しジョブだぞ」
「隠しジョブ?」
「『絆召喚士(ボンドサモナー)』。仲間との繋がりに応じて、戦力が跳ね上がるタイプ」
そんなジョブ、聞いたことがない。
だが――思い当たる節はあった。
俺は、昔から一人では大した魔法が使えなかった。いつも誰かと一緒にいるときだけ、不思議と力がうまく回ったのだ。召喚魔法も、仲間の補助があって初めて成功した。
(まさか、それがジョブの特性だったってのか)
バルグが再び腕を振り上げる。
「ちんたら話してる場合か!」
ミナが叫ぶ。
「やるなら早くして! あたしのメンタルもたない!」
――決断するしかない。
「よし。ユウ、ミナ、マコトさん。俺の言う言葉を復唱してくれ」
俺は杖を構え、三人の前に立つ。
「我が呼びかけに応えし異界の勇者たちよ――」
「――我が呼びかけに応えし異界の勇者たちよ」
三人が同時に声を重ねる。
「この絆をもって、契約の証とする」
「この絆をもって、契約の証とする」
光の輪が、三人と俺を繋いだ。
胸の奥から、暖かい何かが溢れ出し、それが三人の元へ流れ込んでいく感覚。逆に、三人からも、それぞれ違った色の感情が俺に流れ込んできた。
期待、不安、恐怖。わずかな高揚。そして――
(なんだ、これ……)
俺の視界に、見慣れない文字が浮かび上がる。
『パーティ契約 成立』
『ジョブ「絆召喚士(ボンドサモナー)」解放』
『勇者ユウ・ミナ・マコトを、一時的に召喚対象として扱うことが可能になりました』
ゲームっぽいインターフェイスが、まるでユウのステータス画面みたいに表示されている。彼のスキルが俺にも一部リンクしたのだろうか。
「おもしれぇ……」
ユウが笑う。
「じゃ、レオン。俺たちを『召喚』してくれよ」
バルグが、最後の攻撃を放つ。巨大な黒い槍が、空を裂いて降り注いできた。
俺は杖を地面に叩きつけ、叫ぶ。
「来い――絆の勇者たち!」
光が爆ぜた。
次の瞬間、三人の勇者の姿が掻き消え、代わりに俺の前に三つの巨大な魔方陣が浮かび上がる。
左の陣から飛び出したユウの剣には、ゲーム的なエフェクトがまとわりつき、その一撃は黒い槍を真っ向から叩き割った。
「はぁっ!」
中央から飛び出したミナの声が、戦場全体に響く。
「みんな、絶対勝てるって信じて! わたしたち、最強だから!」
その瞬間、村人たちの隠れ場で震えていた子どもたちの瞳に、希望の光が宿った。遠くから駆けつける兵士たちの足取りが、わずかに速くなる。
右の陣からは、マコトさんが飛び出す。さっきまでと違い、その身体は淡い光を帯びていた。
「残業……ですけど」
彼は呟き、不器用に拳を構えた。
「この世界の人たちのためなら、ちょっとくらいなら、頑張れそうです」
一歩踏み出すたびに、彼の身体能力が跳ね上がっていく。ただの一歩が、地面を陥没させる跳躍に変わる。
(俺の魔力が、スキルの暴走を抑えてる……?)
契約によって繋がれた絆が、マコトさんの「過労無双」に安全装置を付けている。一定以上の負荷がかかると、俺のほうに負荷が分散される仕組みになっていた。おかげで、俺は内臓がひっくり返りそうな吐き気を感じている。
「げほっ……でも、まだいける」
バルグが咆哮した。
「人間風情が――っ!」
だが、その声には、さっきまでの余裕はなかった。
ユウの『ゲームマスター』が、バルグの行動パターンを解析し、その情報が俺を通じて全員に共有される。ミナの『カリスマブースト』が、俺たち自身にも強く作用している。マコトさんの『過労無双』は、ギリギリのラインで維持され、一撃一撃が重くなっていく。
「レオン! 次、奴は右からフェイントかけて、左から本命来る!」
「了解! マコトさん、右だ!」
「はい!」
俺の号令に合わせて、マコトさんが右側に大きく踏み込む。バルグのフェイントを真正面から叩き潰し、その隙にユウが左側から本命の攻撃を先に叩き込む。
「ゲームの裏かきってやつだよ!」
剣が黒い鎧を割り、闇の血が飛び散った。
バルグがよろめく。
「ば、馬鹿な……低レベルの人間が、ここまで――」
俺は杖を構え直し、最後の魔力を振り絞った。
「ユウ! ミナ! マコトさん! とどめだ!」
三人の身体から、まばゆい光が立ち上る。それぞれの光が一つに重なり、巨大な魔法陣を描き出した。
「「「――行けぇぇぇぇッ!」」」
三人の叫びと共に、光の刃がバルグを飲み込んだ。
轟音。衝撃波。炎が、一瞬だけ押しのけられ、真っ白な世界が広がる。
やがて、光が収まったとき。
そこに、魔将バルグの姿はなかった。
残っていたのは、黒い角だけだ。
◇
戦いが終わったあと、俺たちは村人たちに頭を下げられまくった。
「勇者様方、本当に……!」
「助けていただいて、ありがとうございます!」
村人たちの視線は、三人の勇者に向けられている。ユウは照れくさそうに頭をかき、ミナはポーズを取り、マコトさんは戸惑ったように笑った。
「いやぁ……こんなに感謝される仕事、初めてかもしれません」
「会社では?」
「『これが仕事だから』の一言で片付けられちゃうんで」
そんなやりとりを眺めながら、俺はこっそりと腰を下ろした。全身が痛い。契約で負荷を肩代わりしたせいで、筋肉痛と魔力酔いがダブルで来ている。
「レオン」
ユウが近づいてきた。
「さっきのやつさ。『召喚』っていうより、『パーティシステム』だよな」
「ゲーム用語はよくわからんが……まぁ、そんなところだろう」
「お前がいたから、勝てたわ。マジで」
素直な言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
「そうだよ。レオンいなかったら、あたしたち、絶対バラバラに突っ込んでたし」
ミナが腕を組んで頷く。
「ねぇ、あんた。これからも、ずっと面倒見てよね」
「……世話係だからな」
苦笑しながら答えると、マコトさんも加わってきた。
「本当に、ありがとうございます」
「何がです?」
「俺、たぶん一人だったら、あそこで死んでました。限界を超えすぎて」
「それは……俺のほうこそ、あなたの力を利用したんですから」
マコトさんは首を横に振る。
「違いますよ。『無理はするな』って、ちゃんと止めてくれる人が、いるってことが……こんなに安心するとは思いませんでした」
言葉が詰まる。
こうして、勇者三人と召喚士一人のパーティは、ようやくスタートラインに立ったのだと実感した。
◇
王城に戻ると、王様は満面の笑みで俺たちを迎えた。
「よくぞやった! 勇者たちよ! レオン!」
大広間には、既に戦勝報告を聞きつけた貴族たちが集まっている。彼らの視線は、期待と好奇心と打算でぎらぎらしていた。
「魔将バルグを退けたこと、王国史に刻まれることになろう。褒美を取らせねばなるまい」
「やった。お城?」
ミナの声が跳ねる。
「まだ早い」
王様は笑い、咳払いをした。
「まずは、勇者三人に、それぞれ爵位と屋敷を――」
「あの、陛下」
俺は思わず口を挟んでいた。
「なんだ、レオン」
「褒美の件ですが……一つ、お願いがございます」
王様が片眉を上げる。
「ほう。召喚士風情が、欲を出したか」
「欲というか、条件です」
大広間がざわつく。貴族たちの視線が、冷たくなるのがわかる。
だが、ここで引くつもりはなかった。
「この勇者三人の『世話係』――いえ、『パーティリーダー』として、彼らの行動方針や出撃の決定に、俺にも発言権をください。報酬も、彼らと同じパーティとして分配を」
「なんと……」
王様の表情が固くなる。
「レオン。そなたは、これまで通り命令に従っていればよいのだ。余の決定に口を出す必要はない」
「いいえ、あります」
俺は、一歩前に出た。
「この三人は、強いですが、まだ未熟です。陛下の思惑だけで動かせば、どこかで無理が出て、最悪、勇者全員を失うことになります。それは、この国にとっても損失でしょう」
「……」
「俺は、彼らをただの『戦力』としてではなく、『仲間』として見ています。だからこそ、無茶な命令には反対しますし、必要とあらば立ち止まらせます。そういう人間が、パーティの中に一人は必要です」
沈黙。
貴族の一人が、鼻で笑った。
「一介の召喚士が、身の程を知れ」
「そうだ。勇者に取り入って、地位を上げようという魂胆だろう」
「魔王戦争の最中に、私利私欲とはな」
がやがやと、非難の声が上がる。
そのとき。
「ねぇ。あんたたち、うるさ」
ミナが一歩前に出て、きっぱりと言った。
「レオンの悪口、勝手に言わないでくれる?」
大広間が、凍りつく。
「わたしたち勇者三人、全員レオンに命預けてるんで。リーダーはレオン。それでよろしく」
「お、おい……」
「だよね?」
ミナが振り向いて、ユウとマコトさんを見る。
「まぁ、そうだな」
ユウが肩をすくめる。
「正直、王様の命令だけで動くのは、ゲーム的にもバッドエンドフラグなんで」
「俺も、レオンさんの決定なら、納得して命かけられます」
マコトさんが穏やかに笑った。
「上司は、自分で選びたいんですよ」
三人の言葉に、貴族たちの顔色が変わる。
王様はしばし黙っていたが、やがて大きくため息をついた。
「……やれやれ。勇者たちの信頼を勝ち取ったようだな、レオン」
「恐れ入ります」
「よかろう。レオンを『勇者統括召喚士』に任命する。勇者パーティのリーダーとしての権限と責任を与える。同時に、報酬の分配もパーティ単位で行うものとする」
「陛下!」
貴族たちが一斉に抗議の声を上げるが、王様は手を振って黙らせた。
「代わりに、魔王討伐までの責任は、すべてその肩にかかる。覚悟はよいな?」
「はい」
俺は深く頭を垂れた。
責任、か。
もともと、魔王戦争に巻き込まれた時点で、どう転んでも楽な道などない。だったらせめて、自分で選んだ道を歩きたい。
三人のほうを振り返ると、それぞれがそれぞれの表情で頷いてくれた。
「よーし、レオン隊長。これからもよろしくな」
「仕切りよろしくね、レオン」
「お世話になります、レオンさん」
勇者三人。チート級の力を持ちながら、性格に難あり。
そして、その世話を押し付けられた、異世界の召喚士。
魔王討伐への道のりは、きっと困難だろう。喧嘩もするだろうし、死にかけることも、一度や二度では済まないだろう。
それでも――
(悪くないパーティだ)
俺は、そう思った。
大広間の窓の外。遠くの空に、黒い雲が渦を巻いている。魔王の城がある方角だ。
その向こう側で、きっと俺たちを嘲笑っている存在がいる。
だが、構わない。
「行くぞ、お前たち」
「おー」
「はいはい」
「了解です」
勇者三人と召喚士一人の、ちぐはぐな背中が、同じ方向へと向き始める。
――これは、そんな俺たちの、最初の一ページに過ぎない。
だけどきっと、この日のことは、一生忘れないだろう。
勇者三人、世話係一人。
世界を救うための、ちょっと間違えて、でもしっくりくる、俺たちなりのチームの始まりだった。
チート勇者三人の保護者になりましたが、首の皮一枚で世界を救うらしい 日月 間 @Hazama_Tachimori
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