4 妖魔の恐怖

一人の女子生徒が厳重な鉄製らしきドアに手をかけ、中に入室した。

 

「では、三つ数えたら餓鬼を開放する、武器を構えろ。 3、2、1、始め!」


ガラス越しに奥のシャッターがガラッと開くのが見え、そこには一匹の妖魔がいた。


薄灰色の皮膚に禿げた頭と、首についた頑丈そうな首輪。腹はでっぷりと飛び出ており、誰もが嫌悪感を催す見た目をしている餓鬼そいつは、女子生徒を一目見るなり舌なめずりをして吐き気のするような笑みを浮かべていた。


この餓鬼という妖魔は、知能も子供並みしか持っておらず、攻撃も手に持った武器を雑に振るだけ。そんな、一般人でも倒せる強さしか持っていない妖魔だ。


しかも、今回の妖魔は手に何も持っていない。だが、そのあまりの容姿に気圧された女子生徒は、怯えたように後ずさってしまった。


「ゲゲッ!」


『妖魔を相手にして恐怖することはすなわち死を意味する』という金言がある。


これは妖魔との戦いを目指す全員が初めに心に刻むべき言葉であり、これに習って妖魔の討滅を志す者は、初めに恐怖を殺す術を学ぶのだ。


その理由は、妖魔の殺気には妖魔の持つ”瘴気”という力が含まれているから、その瘴気には人の負の感情を増幅させるという性質があり、少しの怯えが死を招いてしまう。


本来なら、瘴気には人の力である”霊力”と対を成す力なので、精神が安定していれば餓鬼程度の発する瘴気など本来は何の影響もない物でしかない。


しかし、恐怖を抱いてしまった女子生徒は、それが呼び水となって恐怖に呑まれてしまった。膝から崩れ落ちて、目には涙を浮かべ、手に持った剣も手放してしまっている。


その隙に妖魔はすばやい動きで剣を拾い、彼女に向かって振り下ろした。


「測定を終了する」


刃が脳天に食い込む直前。その先生の一言と同時に、妖魔がシャッターに向かって吹き飛んでいく。


どうやら、首輪に繋がった鎖が巻き取られたようだ。妖魔がシャッターに吸い込まれて見えなくなると、女子生徒は安堵したようにへたり込んだ。しかし、先生は無情にも測定結果を伝える。


「測定結果、Fランクとする」


さらに先生はこう付け加えた。


「はぁ、だからトイレに入っておけと言ったのに、ともかく自分の後始末は自分でしておけよ、毎年恒例なので雑巾はトイレに常備してある」


何が起こったかは彼女の名誉のためにも言わないでおく。


だが、今まで本物の殺気を感じたこともなく、更に瘴気に精神を揺さぶられてしまえばこうなるのも仕方がないだろう。かく言う俺も、初めて妖魔を目にしたときはこれよりもっと酷かった気がする。


そして10分くらい経つと測定が再開された。


俺より前に測定した人は、半分が恐怖に飲まれ、もう半分は何とか餓鬼を討滅できていた。もちろん恐怖を感じなければ素人でも撲殺できる相手なので、戦って負けたという人はいない。


あと、神楽木は余裕を持って妖魔を討滅でいていたものの、初めての肉を断ち切り命を奪う感覚にはくるものがあったのだろう。大半のクラスメイトと同じように、足を震わせてトイレに駆け込んでいた。


「32番、入室しろ」


よし、俺の番だ。


椅子に立てかけていた刀を手に取り戦闘ルームに入室すると、先生の声の後にシャッターが開かれた。さっきまでと同じ、何の変哲もない餓鬼。特に恐怖も感じない。


腰の刀に手をかけて一秒、それを見た餓鬼がこちらに突進してきた。しかし、その足はあまりにも鈍く、冷静に腰を落として構えを取り鯉口を切る。そして餓鬼が間合いに入った瞬間に




《 居合 》

 



刀の納められた鞘が鈍く光ると同時に一閃、餓鬼の首が飛ぶ。鉄製の首輪も含めて、刀は一切の抵抗なく振り抜かれた。


「測定結果、Cランク、刀剱式四段とする」


刀に付いたどす黒い血は、納刀する前に灰となって霧散していく。あと、切ってしまった首輪はシャッターの奥に吸い込まれていった。


その一刀に、ガラス越しにうっすらと称賛の声が聞こえてきた。それ自体はいい。しかし今、俺は焦っていた。


納刀のあと、何事もなかったかのように振舞ってはいるものの、内心では「器物破損しちゃった?」と切った後に物凄く後悔していたのだ。


しかし、なにか罵声が飛んでくることもなかったので、特にお咎めは無さそうだ。と思ったのもつかの間に、戦闘ルームから出ると先生から声を掛けられる。


「誰に教わった?」


さっきから気分の上げ下げが激しすぎる。今も餓鬼を相手にするのとは比べ物にならない程はヒヤッとした。


正直、今すぐトイレにでも駆け込みたかったが、一応なんてことない内容で言葉を返しておく。


「小さいころに姉に少し師事してたんです」


「成程... 次! 33番、入室しろ」


先生はそれだけ聞いてすぐに測定を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る