閉鎖病棟に沈む
水鳴諒(猫宮乾)
2025年12月3日 ── 初雪
第1話 クリスマスより早い僕の葬儀
明日は日本海側沿いにかけて、初雪が降るでしょうと、テレビで気象予報士の佐江田さんが言った。
その翌日、つまり今日、僕はショッピングセンターにありそうな巨大なカートにへと、父の車のトランクから運び出した荷物を載せて、青松綜合病院心の医療センター一階の第七診察室前に立った。心の医療センターとは、いわゆる精神科のことである。
僕は先程、主治医の保科先生の診察室に入った。実を言えば、一ヶ月前の受診時に切り出すか迷っていて、二ヶ月前の十月の受診の時にはもうチラチラ考えていたのだが、僕は色々と限界だった。
十二月二十六日まで待てば、前回の入院から指定期間が空くから、入院保険が降りるので、入院費を気にせず入院できる。そう考えながら、僕は毎日カレンダーを見ていた。
でも初雪が降った今日は、残念なことに十二月三日だ。この頃になると両親も僕がおかしいと正確に判断していたようで、僕に二十六日までのカウントダウンを迫る人は誰もいなくなっていた。それもそうか。十二月二十六日はおろかクリスマスよりも、僕の葬儀のほうがはやくやってきそうだったのだから。
診察室に入った際には、保科先生が僕を見た。事前に母が一人で診察室に入り僕の家での状況を説明するターンがあった。
母から今回『入院希望』と聞いただろうに、先生はゆったり構えて僕を見ていた。きっと病棟が空いてるんだろうなと思った。冬は入院患者が多く、冬季うつや寒さによる悪化があると聞いたことがあったので意外だった。メタ的な部分ではそう考えつつ、思考がうまく回らないので、タブレット端末にメモしておいた通りに、入院したくなった経緯について語った。
簡単に言えば、死にたくなったからである。
まず、首を吊りたくなり、次に首を切りたくなり、その後一酸化炭素中毒や火災を検討して周囲に迷惑をかけると考え、それでは大量服薬して浴槽に入って溺死しようかなと、そういう思考に陥ったため、過去の経験からこれは危険だと判断し、家族──年老いた両親に相談した。
僕は車の免許がないので、入院の荷物を運ぶために車を出してもらわなければならない。入院期間中のスマホなどの請求書の手続きも頼んでおかなければならない。黙って入院はできない仕様だ。入院時の保証人や、退院時の受け入れ先の問題、飼っている猫の面倒だって見てもらう必要がある。
さてそんな僕であるがここ十年くらいは、年に一二度精神科に入院している。そのため入院セットなる、入院時にそのまま持っていけばいいカバンや用意が常にしてある。毎回持ち物は一緒で、違うのは季節に合わせた衣類と、長期入院が多いので、必要な娯楽物──書籍や、この心の医療センターで持ち込みOKの開放病棟ならパソコンやタブレット端末となる。
さて、ベッドが満床で断られるか、そうでなければ僕はいつも見た目から何故なのか軽症扱いをされるので、そういう患者が紹介される北西病院に行けと言われる可能性を考えていた。
だがこの日、保科先生は真顔だった。僕は死にたいエピソードの他、明らかに躁転していた浪費エピソードやアルコールエピソードも語った。その結果、珍しく入院を渋るでもなく、「今日入院するかい?」と。勿論青松綜合病院心の医療センターは自宅から見ると遠方なので、最初から断られても粘る気で来ていたしありがたい。だが僕にも仕事の都合があるので、パソコンが使える病棟に入院させてほしいと頼んだが、空いてないとバッサリ言われる。なお入院に際して知ったが嘘で、僕がパソコンのコードでやりかねないという判断だったそうだ。
「医療保護入院でいい? 急に退院したい気分になったら困るし」
僕は自ら入院したいと述べているから任意入院でもいいのだろうが、過去のやらかしから信用がなく、今回も家族同意の医療保護入院となった。僕個人の意思では退院できない感じである。
その後荷物を取りに行き、の、第七診察室だ。中に入って書類を書いたり、書いてもらったり、事務手続きをしてもらったり。
入院計画書を見る。そこにはもう見慣れた病名が。
双極性感情障害Ⅰ型。
入院予定期間は一応三ヶ月て、心の医療センター四階にある急性期閉鎖病棟に入院可能な最長期間である。それを過ぎると三階の開放病棟に移動が多い。なお僕はⅡ型からⅠ型に二年前くらいに診断が変わった。
「今回はだいぶ持ったんじゃい?」
外来の看護師さんに優しい顔をされ、四階に入院するのは一年二ヶ月ぶりだなと考える。エレベーターが四階へと向かう。
以後は、ドアが開いた先の物語と、過去の懐かしい記憶を綴る。本作は、誰かに状況や気持ちをわかってもらいたくて書いているのではなく、どう転んでも全方向に迷惑をかけるので、謝罪する際のメモのようなものである。
閉鎖病棟に沈む 水鳴諒(猫宮乾) @mizunariryou
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