空白駅(からのえき)調査報告

@zeppelin006

空白駅調査報告


『空白駅(からのえき)調査報告』

※本稿は、同人サークル「都市民俗フィールドノーツ」が制作中のZINE『都市伝説アーカイブ Vol.2 – 乗り物と境界』に収録予定だった原稿と、それに付随する取材メモ・チャットログ・録音書き起こしを再構成したものです。個人が特定されうる箇所は一部改変しています。



0. 企画のきっかけ

【サークルチャットログ抜粋(2024/10/03)】


ゆう:

乗換アプリにしか出てこない駅、って知ってる?


ひかる:

はいはい、“存在しない駅シリーズ”ね。そういうバグ割とあるよ


ゆう:

いや、バグにしては変でさ。

うちのICカードの乗車履歴に、その駅名が残ってるんだよね


ひかる:

……は?


ゆう:

私、そこに降りた記憶がないんだけど

乗車駅:A駅/降車駅:□駅(←聞いたことない)/残高:…って普通に出てる


ひかる:

それ、次号のネタにしよう

“地図にない駅”シリーズ


代表・篠崎:

やるなら真面目にやるぞ。

①鉄道路線と時刻表の確認

②運営会社への問い合わせ

③現地踏査(あれば)

④ICカードの履歴証拠


ついでに「都市民俗」として、“降りた覚えのない駅”の体験談も集めたい


こうして、「空白駅」調査が始まった。



1. 『空白駅』の基本情報

1-1. 路線と駅名


問題の駅が表示されたのは、私鉄○○線の乗換アプリ上である。

・路線図上:

 A駅 —(約4分)— □駅 —(約3分)— B駅

・公式サイトの路線図:

 A駅 —(約7分)— B駅(□駅なし)


駅名は四角い記号ではなく、

「空白」

という漢字二字で表示されていた。


読みは「からの」とルビが振ってある。


1-2. 乗車履歴

ゆうが提示したICカードの履歴(2024/09/28):

・ 19:06 入場 A駅

・ 19:13 出場 空白駅

・ 19:24 入場 空白駅

・ 19:31 出場 B駅


ゆう本人の証言では:


「A駅からB駅まで普通に乗って、B駅で降りた記憶しかない。

途中で降りていないし、乗り換えもしてない」


にもかかわらず、履歴上は「空白駅」で一度降りて、また乗っていることになっている。



2. 鉄道会社への問い合わせ

【メール送信(サークル名義)】


件名:路線図およびICカード履歴に関する問い合わせ

内容:

 御社○○線の「空白駅」について、公式路線図上では当該駅が見当たりませんが、一部乗換案内アプリ及びICカード履歴に「空白駅」という名称が表示される事例を確認しました。当該駅の存在有無および、履歴表示の仕様について教えて頂ければ幸いです。


【鉄道会社・コールセンターからの回答(要約)】

・当社路線に「空白」という名称の駅は存在しない。

・ICカード履歴上の駅名は、運営会社との連携データベースに基づき表示される。

 ・駅名テーブルに「空白駅」は登録されていない。

 ・当該履歴の詳細については、個人情報保護の観点から回答できない。


最後に、「お客様のカード自体の読み取りエラーや、アプリ側の表示不具合の可能性もございます」と、無難な文言で締めくくられていた。



3. 現地踏査

3-1. A駅〜B駅の乗車

2024/10/12(土)、サークルメンバー3名で実際にA駅からB駅まで乗ってみることにした。


参加者:

篠崎(代表)

ゆう(発案者)

ひかる(記録係)


【フィールドノート(ひかる/当日手書き)】


14:32 A駅発

車内は土曜の昼過ぎでそこそこ混雑

ドア上の路線図には、やはりA駅の次はB駅とだけ表示。

□駅の表示なし。


14:35 車窓:トンネル→高架→住宅地。特に異常なし。

途中で減速するポイントはあるが、停車せず通過。

車内アナウンスも「次はB駅です」のみ。


14:39、予定通りB駅着。


ホームに降りてICカードの履歴をその場で確認した。

・ 14:32 入場 A駅

・ 14:39 出場 B駅


このときは、「空白駅」の文字はどこにもなかった。



4. 「空白駅」を知る人々

「存在しない駅」の噂は、意外と根強くあった。


募集をかけると、何件か似たような体験談が寄せられた。


4-1. 体験談A(20代・女性/メール)


○○線ユーザーです。

4年くらい前、終電一本前くらいの時間だったと思います。

A駅からB駅まで乗るつもりが、途中で一瞬だけ、

車内アナウンスのLEDに「次は 空白駅」と出たことがあります。


アナウンス音声は「次はB駅です」のまま。

すぐに表示が戻って、見間違いだと思おうとしたんですけど、

その1週間後、ICカード履歴に「空白駅」の記録が残っていました。


4-2. 体験談B(30代・男性/対面インタビュー)

昔、あの辺に“仮駅”ができるって話は聞いたことあるよ。

でも結局、具体化しなかった。工事も途中で止まったって聞いたな


(Q. 仮駅の名前は?)

名前なんて決まる前に消えたよ。でも、“とりあえず空白で”って、役所の書類には書いてあったらしい


「空白」とは、本来“仮の名称”“未定”という意味だったのかもしれない。

だが、それがなぜ、今になってICカード履歴やアプリに顔を出すのか。



5. 民俗学的仮説:「途中駅(とちゅうえき)」の概念

調査の途中、篠崎が古い民俗学の資料から、興味深い概念を見つけてきた。


【引用:昭和初期の民俗誌『村境考』より】

「昔より、“途中駅”という考えあり。それは実際の駅舎にあらず、人の行き来の“途中”にのみ現る所なり。そこにて人は“忘れ物”を降ろし、または“余計なもの”を乗せるという。鉄道以前の旅籠(はたご)の形を、後世にて言い表したるものかもしれぬ」


「途中駅」は、物理的な場所ではなく、移動の中間で、一時的に現れては消える“概念上の停車場” として扱われている。


篠崎は言った。


「“空白駅”って、そういう“途中駅”が、たまたま今のICカードシステムに、誤って記録されちゃってる状態なのかもね」


つまり──

・現実の線路上には駅はない。

・しかし「人の移動」と「想定された未来の駅計画」が結びついた結果、システム上だけに“途中駅”の痕跡が残っている。


もちろん、これはあくまでサークル内の仮説だ。



6. 二度目の「空白駅」

調査を続けるうちに、決定的な出来事が起きた。


【サークルチャットログ(2024/10/28)】


ゆう:

また、空白駅、出ました


ひかる:

は??


ゆう:

昨日、○○線の終電乗ってたんだけど、

アナウンス表示に一瞬「次は 空白駅」って


代表:

スクショは?


ゆう:

撮った(添付画像)


添付された写真には、確かにドア上のLEDに


次は 空白駅


と表示されていた。

背景には見慣れた車内広告と、夜の闇が映っている。


代表:

その電車、何時発?


ゆう:

A駅23:58発の最終直前のやつ


代表:

ICカード履歴は?


ゆう:

さっき見た

A駅→空白駅→B駅

になってた


ひかる:

お前絶対どっかで降りてるだろ


ゆう:

降りてない

降りた覚えがない

そもそも、その間の記憶が変なんだよね



7. 記憶の「空白」


ゆうに、当時のことを詳しく聞いた。


【録音書き起こし(インタビュー/抜粋)】


ひかる「そのときのこと、できるだけ詳細に話してもらっていい?」


ゆう「うん。A駅で乗って、座れたの。終電間際だけど、そこまで混んでなかったから。“次はB駅です”ってアナウンスがあって、スマホで漫画読んでた」


ひかる「空白駅の表示に気づいたのは?」


ゆう「ふと顔を上げたとき。LEDが『次は 空白駅』になってて、“あ、まただ”って思って、写真撮った」


ひかる「撮ったあと?」


ゆう「……それが、よく覚えてないんだよね」


ひかる「よく、というと?」


ゆう「LEDを撮って、“みんなに送ろ”と思ってLINEを開いて……そこから、急に、B駅のホームに立ってる記憶に飛んでる」


僕「飛んでる?」


ゆう「うん。普通だったら、“電車が止まって、ドアが開いて、ホームに降りる”って流れがあるじゃん。その“ドアが開く前後”の記憶が、すっぽり無いの。一駅分の時間も、感覚としては無い」


僕「“寝てた”可能性は?」


ゆう「寝てたら、カックンってなるでしょ。それもなくて、本当に、カットされたみたいに次の場面に切り替わっている感じ」


僕「空白駅で降りた映像とか、ない?」


ゆう「頭の中の? ない。でも……変な話、ICカード履歴を見ると、“降りたはずの自分”がそこにいたことになってるわけで」


ゆうはそこで、少し黙った後、ぽつりと言った。


「もしかして、そっちの“私”が何か降ろして、こっちに戻ってきたのかなって、ちょっと思った」


僕「何か、って?」


ゆう「わかんない。忘れたいものとか、思い出さなくていいものとか。そういうのを降ろす駅が、“空白駅”なんじゃないかって」



8. 編集段階で気づいたこと

映像編集を進めていく中で、奇妙なことに気づいた。

・ゆうが撮影した「空白駅」表示の写真を拡大すると、

LEDの反射に「ホームらしき影」が写り込んでいる。

・そのホームには、駅名標のようなものがあるが、文字が白く飛んで読めない。

  ・天井の構造や柱の形が、A駅ともB駅とも一致しない。


また、ゆうのスマホの歩数計アプリを確認したところ:

・当日、A駅からB駅までの移動に、なぜか「30歩分」の増減が記録されている(ホームを歩いたとしか思えない数値)


しかし、その時間帯のGPSログには異常がない。

終始、○○線の軌道上に沿って移動している。


「歩いているのに、位置は動いていない」


この矛盾を、どう解釈すべきか。



9. 仮説:「忘れ物専用の駅」

ここまでの調査を踏まえて、サークルとしてまとめた仮説は、次のようなものだ。


・○○線のA駅〜B駅間には、かつて「仮駅(計画上の駅)」が構想された。

・その計画は中止されたが、“駅があるはずだった場所”という情報だけが、システムや人々の間に残り続けた。

・現代のICカード/乗換アプリなどの情報システムは、その“空白の駅”のデータを拾ってしまうことがある。

・一方、民俗的には、古来から「途中駅」「忘れ物の停車場」といった概念があり、人々は旅の途中で“余計なもの”をそこへ置いていくと考えてきた。

・「空白駅」は、これらが重なり合った結果、情報の上でも、記憶の上でも、一時的にだけ現れる“忘れ物専用の駅”として機能しているのではないか。


もちろん、これはあくまでオカルト寄りの解釈にすぎない。

鉄道工学的には、単なるシステムエラーと片づけられるだろう。


しかし──



10. 終章:その後の話

ZINEの入稿直前、ゆうから一通のメッセージが届いた。


【ゆうからのDM(2024/11/02)】


今日さ、部室のロッカー整理してて気づいたんだけど、

前は絶対に持ってたはずのものが、いくつかないんだよね。


・中学時代の部活ノート

・高3のときの受験スケジュール手帳

・大学一年のときに書いてた日記アプリのバックアップ


紙のノートも、データも、丸ごと無い。

捨てた記憶も、消した記憶も、ない。


いや、別に、無くなって困るものじゃないんだけどさ。

「あったはず」のものが綺麗さっぱり無いのって、ちょっと気味悪いじゃん。


でね。


そのどれもが、「あんまり思い出したくない時期」のものでもあるんだよね。

部活で病んでた時期とか、受験でしんどかった時期とか。


これってもしかしてさ──

私、空白駅で“ちゃんと何か降ろした”のかもしれない。


最後に、こう書き添えられていた。


もし、空白駅が本当に「忘れ物を置いてくる駅」だとしたらさ。

それって、良いことなんだろうか。悪いことなんだろうか。


私は今、ちょっとだけ身軽になった気がするけど、

同時に、「何を置いてきたのか」がだんだん思い出せなくなってる。


そのうち、“置いてきたこと自体”も忘れるのかな。

そうなったら──

空白駅の存在を覚えているのは、誰になるんだろうね。



結び:あなたの乗車履歴は?

この記事をまとめている今、○○線の公式路線図には、依然として「空白駅」の名前はない。

ICカード履歴上からも、ゆうのカードの「空白駅」記録はいつの間にか消えていた。


鉄道会社に再び問い合わせたが、

「履歴の自動整理」「表示仕様のアップデート」といった説明だけが返ってきた。


それでも、時々考えてしまう。

・終電間際に、意味もなく一駅分、記憶が抜けている夜はなかったか。

・乗車履歴を見返したら、見覚えのない駅名が紛れ込んでいなかったか。

・ふと、昔のことを思い出そうとして、「そこだけ真っ白な期間」が空いてはいないか。


もし、あなたの乗車履歴に、聞いたことのない駅名がひとつだけ紛れ込んでいたら──。


それはもしかしたら、

あなたが一度、“何かを置いてきた駅”

なのかもしれない。


その駅は、地図にも、公式路線図にも、写真にも残らない。

けれど、ICカードの片隅と、

ほんのわずかな「記憶の抜け」の中でだけ、確かにそこにある。


名前は、たぶん、こう書く。


「空白駅」


(了)

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