「クリスマス・イブ」
ナカメグミ
「クリスマス・イブ」
11月。勝負は1カ月前の予約から。スマホを手に取る。美容室。まゆげサロン。まつ毛パーマ。予約がとれ次第、カレンダー機能に入力する。バイトは通常通り。家庭教師にコンビニ店員。地方出身。お金は常にぎりぎりだ。
初めての勝負は、お金で決まる。
20歳。高校卒業後に、地方から中堅都市の大学に入学して2年目。昨年の冬は、実家を離れて1人の生活に慣れるだけで精一杯だった。授業とサークル、バイトの3拍子。
そのリズムに慣れた今年の冬、サークル内で彼氏ができた。同じ地方出身者。同じサークル。話があった。
初めて2人で過ごすクリスマス・イブ。入念な下調べを始めた。勉強と同じように。
* * *
地方の進学校から、中堅都市の大学に合格した。仕送りは最低限。親に負担はかけられない。授業の次に、バイトが最優先だった。
ファーストフードの店員。長期休みには、引っ越しバイトを入れるだけ入れる。アパートの家賃、水道、光熱費、食費。生活するだけで、お金はおもしろいように飛んでいく。
サークルは、ミステリー研究会。子どものころから、ミステリーやホラー小説を読むのが好きだった。学生生活の合間に書いたものを、互いに読み合う。忙しすぎない。そこで、話が合う子が見つかった。夏に告白した。付き合うことになった。
初めての彼女がいるクリスマス・イブ。何が正解か。友達から情報収集。その夜に向けて、準備が始まった。
* * *
こんなに難しいとは、思っていなかった。まず服。学生生活は、Tシャツにトレーナーを重ね着して、下はジーンズ。安いショート丈の黒のダウンを羽織れば十分。
でも交際相手から出された当日のプラン。イタリアン・レストランで食事をした後、イルミネーション、クリスマス市を見て、ホットワインを飲むという。
ふさわしい服が必要だ。
土曜日のコンビニバイトの帰り道。若者向けのショッピングモールの店頭をまわる。今年の流行りに沿ったものを。
テディベアの毛のような、ふわふわした白いニット。下は黒いミニスカート。首元が開く。動いた時に、肩から見えても違和感がないキャミソール。小さなネックレスも。昨冬着た、ベージュの保温肌着は封印だ。
その後の展開に備えて、勝負下着。1番高かった。濃いピンクの上下ペアのセット。1万円。サイズ測定までしてもらっては、断れない。リュックは、レストランには不向き。黄色い小ぶりのミニバッグも買った。
夜のイルミネーションやクリスマス市に、黒のダウンは野暮ったい。オーバーサイズの白いコートも買う。ミニスカートの足元は、黒のショートブーツ。ヒールあり。凍った路上を歩けるか。瞬く間に貯めた5万円は消えた。
予約通りにこなす美容室、まゆげ、まつパサロン。ここはただ行けば、プロの腕に任せられる。楽だ。
そして当日。体の仕上げ。待ち合わせは夕方5時。昼ごろに風呂に入る。髪を洗う。トリートメント。そして体毛の処理。腕。脚。すべすべの仕上がりになるというシェーバーで肌を撫でる。わき。買ったばかりの鋭い刃。切れた。血が出た。
なんで女ばっかり。こんなこと。浴室の壁に、シェーバーを投げつけた。
* * *
必死にバイトで貯めた金。長期休みの定番だった引っ越しバイトを、土日も入れた。効率よく稼ぐ。1カ月前には、レストランを予約した。彼女がパスタが好きだと言ったから。その合間に服の準備。制服の高校で、勉強三昧、部活三昧だった。
ファッションなんて、知らない。
有名なファストファッションの店頭に行く。メンズのマネキンそのままのコピーを、試みる。白い長袖インナーに、黒いジャケットを羽織る。それに黒いパンツ。イメージはIT社長風。だってそれしか、思いつかない。
* * *
こんなことのために、準備してきた1カ月だったのか。徒労感。
2人で向き合うイタリアン・レストラン。社会人などの最上級ラインの1つ下。リーズナブルな価格帯だ。
目の前の彼。いつもとちがう。ぎこちない。2人で不釣り合いな場所にいる違和感。弾まない会話。口のまわりにソースがついていないか。口紅の落ち具合は。相手の視線を気にして、慎重に料理を口に運ぶ。
料理はコース。前菜の次に出されたパスタ。彼の食べ方に興ざめした。フォークで刺して、麺を持ち上げる。ズズズズー。頭を上に持ち上げて、吸い上げる。響く音。
恥ずかしい。
* * *
こんなことのために、準備してきた1カ月だったのか。徒労感。
2人で向き合うイタリアン・レストラン。雜誌を調べて予約した。学生カップル向けの店。この日はコースのみ。前菜、パスタ。店員が料理を運んでくるたびに、ぎこちない会話が中断される。不自然さが増す。場違いなところにいる、という不快感。
居酒屋でビールとつまみ数品を頼んで、ミステリー談義でもしていた方が、どれだけ楽しいか。
周りのカップルの楽しげな会話、笑い声が耳に入る。目の前の彼女。まったく楽しそうに見えない。うれしそうに見えない。膨張するいら立ち。1度トイレに立つ。
* * *
彼が男性トイレに立った。ほっとする。スマホをチェックした。2人とも自宅通いの友人カップルが、インスタにイタリアンの写真を上げていた。明らかに格上の料理。ため息をつく。
ゴン。ガシャン。バシャ。ドン。 ガタッ。ゴン。ガシャン。バシャ。ドン。
* * *
10年、本場で修行して。帰国して、有名店で働いて。念願だった自分の店を持ちました。料理で人を喜ばせたい。そんな気持ちが、毎年そがれる。折れる。この時期。クリスマス・イブの近辺です。
価格帯的に、来るのは学生などの若いカップルです。最初は、店が予約でいっぱいになるのが、うれしかった。でもすぐ、気がつきました。この時期の客は、どこの料理でもいいんだって。別にうちの、僕の料理でなくても。
雪のイメージなのか、白い服の女性が多い。赤いトマトソースが飛ぶと汚れる。他の味も選択できるようにしたり。リラックスしてもらえるように、工夫はしました。でも全然、味わっていないのが、わかる。楽しそうじゃないのが、わかる。
相手の表情やメイクばかり気にして、澄まして食べる女。このあとの展開に、気もそぞろな男。奴らに料理を出すのは、虚しいなって。
前菜やデザートは、事前に準備できる。でもパスタって、茹で時間の絶妙さが勝負。それを当日、アルデンテもわからないような奴らのために、必死になる。
特に今日のあのカップルは、ひどかった。
男は不機嫌まるだし。あのすする音で、店全体の雰囲気も台無し。あの食べ方は、ラーメンですよ。ラーメンを馬鹿にするわけじゃないけど、うち、イタリアンですから。
女は、男がトイレに立った途端、スマホ見ながら、厨房まで聞こえるような大きなため息、ついてた。こっちは喜んでもらおうと、必死で汗かいてるのに。
まあ、キレちゃったんですよ。ずっと、たまってたものが。
ここは俺のテリトリー。そこに場違いなオスとメスが迷い込んできたから、駆除したってことです。だって熊だって、テリトリー、超えて食事しに来て。今、散々、あちこちで駆除されてるじゃないですか。
どうせやることしか考えてないなら、コンビニでパスタとワインでも買って、ラブホテルにでもしけこめって感じですよ。人間も熊も、一皮むけば同じなんですから。
あのカップルを、ワインボトルで殴り殺したのは、僕です。
2人殺したら、僕、死刑ですかね。
(了)
「クリスマス・イブ」 ナカメグミ @megu1113
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