エンディングペッティング〜ハンプティダンプティみたいに言うな〜
ハクション中西
エンディングペッティング〜ハンプティダンプティみたいに言うな〜
【トゥルーラブ】
これは、真実の愛のものがたりである。
むかし、むかし、あるところにピン芸人の男がおりました。
男は芸歴5年目の若手でした。
今日は待ちに待った、単独ライブの日です。お客さんの数は一名だけで、女性がひとり、客席のまん前に座っていました。
そのピン芸人の彼女です。
この数分前、受付をピン芸人が自らしているところに彼女が現れたので、ピン芸人はこう言いました。
「もう、お金はいいよ」
すると彼女はこう言いました。
「何を言ってるの?わたしは、彼女だから、観にきたんじゃないよ!あなたのファンとして、お客さんとして観にきたのよ!!お金は、当然払うわ!」
「み、みゆき…」
「し、しんご…」
そして二人は見つめ合い、受付で熱いキスをしました。
「ダメ!これ以上キスしたら、スイッチ入っちゃう!」
彼女はピン芸人を引き離しました。
「そうだね。みゆきは今日はお客さんだもんね。ホントにお金はいいの?」
「もう!いいったら!わたしは、今は彼女じゃありません!!あなたのファン1号よ!!」
そう言うと、彼女はピン芸人の耳をペロっと舐めてから囁きました。
「あとでね」
ピン芸人は、股間が膨らんでしまいました。
テントを張ったまんま、単独ライブを始めるわけにはいかないので、お客さんが一人しかいないのにも関わらず、収まるまで待ち、5分押しで始まりました。
ピン芸人の単独ライブ、1本目のネタが始まりました。
彼女は、途中で叫びました。
「自虐ネタとかはやめて!自信を持って!!」
ピン芸人は、途中で話しかけられたので、ネタが飛びました。
「えっと、えっと、いや、もちろん、自信を持って、やってはいくけども、えっと、その、…」
ネタが飛んでるのが彼女にも分かりました。
「頑張って!!しんご!」
彼女は叫びました。
ピン芸人は、しばらくかたまったまんま、口をパクパクさせていましたが、消えそうな声で「ありがとうございました」と言いました。
こうして、1本目のネタが無事終わりました。
さて、2本目のネタが始まりました。
「さて、楽しい時間は早いもので、いよいよ最後のネタになりました」
すると客席から彼女が叫びました。
「少ないよ!もっとやってよ!!少ないったら!!!まだラブホの予約した時間まで、めっちゃあるよ!!」
ピン芸人は、しどろもどろになりました。
「えっと、うんと、その、これは、そういう、ほんとの意味じゃなくて、…」
言ってるうちに、またピン芸人はネタが飛び、「ありがとうございました」と叫んで、無事、2本目のネタが終わりました。
よくある、そんな早く終わるはずがないのに「いよいよ最後になりました」というボケのつもりだったんですが、彼女は本気にとってしまったようです。
そして、中途半端なことに、このピン芸人の単独ライブでやるネタの数は、全部で3本です。
そもそも本当にすぐ終わるライブなのです。
いよいよ3本目のネタが始まりました。
「えーと、これが最後のネタになります」
客席の彼女が泣き出しました。
「ほ、本当に、終わってしまうのね。楽しかったわ!!」
ピン芸人も舞台上で顔をくしゃくしゃにして泣き始めました。
「も、もう、な、泣かれたら、ネタができないよう〜!!!」
彼女はステージの上に花束を持って上がってきました。
「ま、まだネタの途中だよ」と遮ろうとするピン芸人に彼女はキスをしました。
「ねえ、ここでエッチしちゃわない?」
「そ、そんな!ダメだよ。まだ3本目のネタが、と、途中だよ?」
片手に持っていた花束をステージの上に落とし、彼女はピン芸人の股間を触りました。
「い、今は、お、俺は、単独ライブをやっているプロの芸人なんだよ!君とは、、立っているステージが違うんだ!」
ピン芸人は、同じステージに立っている彼女にそう言いました。
彼女は「でも、もうネタ3本とも終わったし、もういいでしょ!!しましょう!!ほら、身体はこんなに反応しちゃってるわよ!!」
「ち、違う!こ、これは!!!ああ!だ、ダメだあ!!」
こうして二人はお互いを熱く求め合い、硬いステージの上で果てました。
彼女は言いました。
「最高の単独ライブだったわ。今度はいつやるの?」
ピン芸人は彼女に腕まくらをしながら答えました。
「うーん、やっぱり準備とか、色々あるから、半年は空けたい、かな」
彼女は目をウルウルさせながら「そうね。すごい単独ライブだったもんね」と言いました。
二人はそのあと、予約していたラブホに行きました。
激しく求め合ったあと、本日二回目のピロートークが始まりました。
「ねえ、ホントに楽しかったわ。単独ライブ、またやってね」
「いや、でも、やっぱりクオリティを維持しようと思うと、そんなにすぐにはできないよ」
「なんか、お笑いのことを語ってる時のしんじ、なんか、かっこいい」
「よせよ」
と照れくさそうに笑うピン芸人。
「今日の単独ライブの感じなら、二ヶ月に一回ぐらいはできる?」
「うーん、やっぱりお客さんに最低限楽しんでもらうクオリティにしようと思ったら、半年に一回かな?」
「そこをなんとか、毎月できない?」
「毎月!?今日の単独ライブを!???きょ、今日のだぜ?」
ピン芸人は心底驚きました。
「そう。だって、あなた、天才だもん。バカリズムより面白いわ!」
「い、いやいや、そんなことないよ。バカリズムさんには、まだ勝てないよ」
ピン芸人は謙虚に否定しました。
「そんなこと言わずに、お願い!!」
それから一ヶ月後のことです。
今日はピン芸人の単独ライブの日です。
会場は前回と同じ、セシオン杉並第一集会室です。
今日はたくさんお客さんが来るといいなあ、という読者のみなさんの期待に応えるかのように、50人分ぐらいの愛を持ったお客さんが一人やってきました。
そうです。
ピン芸人の彼女です。
自ら受付をやっていたピン芸人は、「お金は、もういいよ」と言いました。
すると彼女は、毅然とした態度で言いました。
「わたしは!お客さんです!いつまで勘違いしてるの!?わたしは、あなたのお笑いの世界観が好きなんです!!!
だから、こうしてお客さんとしてやってきたの!!
もし、あなたとこの先、別れたとしても、わたしはあなたの単独ライブを観にくるわ!!
彼女としてではなく、お客さんとして!!
それぐらい、あなたのお笑いに、ハマってしまっているの!!!」
「み、みゆき…」
「し、しんご…」
二人は熱いキスをしました。
舌を竜巻のようにからませ、ボクサーぐらい口の中を切りまくりながら、5分間の激しいキスをしました。
「ら、らめえっ!!」
彼女はピン芸人を突き飛ばしました。
「これ以上やったら、スイッチ入っちゃう!!」
「そ、そうだね。今日は単独ライブ、最後まで楽しんで帰ってよ!」
股間にテントが張ってしまったピン芸人は、それが収まるまで待ちました。
そのせいで、ライブは30分押しでスタートしました。
ピン芸人がステージに出てきました。
と言っても、セシオン杉並は杉並区の公共施設の中にある会議室みたいなところなので、ステージが本来あるはずのあたり、という意味です。
一人しかいないお客さんの前で、ライブの注意事項が始まります。
「ネタ中の写真撮影はご遠慮ください」
ゲラゲラと彼女が笑います。
「わたししかいないのに!あーっはっはっは!!天才だわ!!」
ピン芸人は、途中で喋られたので、注意事項が、飛んでしまいました。
「えっとー、えっとー、あの、そのー。まあ、えっとー。ありがとうございました」
そう言って注意事項が終わりました。
彼女は狂ったように拍手します。
「来てよかった!濡れてきたわ!!」
一回袖にハケてから、ピン芸人がまたステージに出てきました。
「エンディング〜」
彼女はゲラゲラ笑いました。なんせ、ネタを1本もやっていないのです。
さっきのネタ中の写真撮影を禁止したくだりはなんだったんだ、一体。
そう思うと、自分の彼氏の天才っぷりに陶酔してしまうのでした。
「エンディング〜」というピン芸人に対して彼女は「ペッティング〜」と言いながら、ステージに上がってきました。
「ちょ、ち、違うよ。い、今のは、エンディングが早すぎるっていうボケで、今から、ね、ネタを3本やるんだ、は、はああああ、だ、ダメだ!!は、はうう!」
そして、二人は激しく求め合いました。
30分後、硬い床の上で、二人は寝そべっています。
腕まくらをされながら彼女は言います。
「こんな単独ライブ、しんご以外には誰もできないわ。すごかった」
ピン芸人は答えました。
「いやいや、こないだの話だけど、バカリズムさんはやっぱり面白すぎるよ。俺なんかは、まだ勝てないよ」
「そんなことないわ。あなたは天才よ!さあ、予約していたラブホにいきましょう!!」
そして二人はラブホに向かいました。
二人はまたそこで激しく求め合いました。
ピロートークです。
「ねえ、みゆき、さっきの話だけど、バカリズムさんにはまだ勝てないよ」
もう、そんなに誰も何も言っていないのに、あれからこのピン芸人は「こないだの話だけど」と言いながら、何度も何度も“バカリズム”というビッグネームを出して、謙遜プレイをしかけてきます。
「お前もオレがバカリズムに見えるのかい?」などと、酔っ払った時は子猫にまで話しかける始末です。
そんなピン芸人を彼女はこよなく愛し続けたのです。
「ねえ?しんご?」
「なんだい?」
「次は、セシオン杉並の和室で単独ライブをやってほしいの」
「和室だって?」
「そう。しんごのネタの素晴らしさって、和室のほうが輝くと思うの!」
それから一ヶ月後です。
セシオン杉並の和室で大人のおもちゃをコンセントに差し込み充電する女性の姿がありました。
そうです。
今日は待ちに待った、ピン芸人の単独ライブです。
ピン芸人の単独ライブの値段は800円。前回から500円高くしたことも、気合いの入り方を示しているかのようでした。
彼女が会場に現れました。
自ら受付をしているピン芸人が、お客さんとして扱う口調で「ありがとうございます。800円です」と言うと、彼女はとても機嫌が悪くなりました。
「800円?」
「はい、、え?」
「いや、払うけど、そんなん言ってた?高くなるとか?」
「い、言ってた、けどな。値段あげようかなって」
「でもさー、今はさー、値段上げる時期じゃなくてさー、一人でもたくさんの人に見てもらうために、安くても、お客さんがたくさん入る値段にするべきなんじゃないの?それを800円とるの?ねえ!ねえ!わたしはいいけど、そんなんで、本気でお笑いやってるって言えるの?」
彼女は泣き出しました。
ピン芸人は「ごめん。今日はタダでいいよ」と言うと、彼女は余計怒りました。
「それだと、なんだか、わたしが、お金のことでケチってるみたいじゃないの!!300円払うわ!!!!!」
不穏な空気が流れ、ピン芸人は300円をもらい、すぐさま自分の財布に入れました。
その時です。
開くはずのない扉が開きました。
女性のお客さんです。
彼女はそのお客さんに向かってこう言いました。
「あら!わたしの下位互換みたいな女が来たわ!しんご!!よかったわね!お客さんが増えて!!!」
入ってきたお客さんは、ビクビクしています。
「あなたに忠告しておくわ!!!しんごの笑いは、色んなお笑いを見て、一周した人だけが笑える、独特の世界観の笑いなのよ!!あなたに分かるかしら!!!!」
そう言うと、彼女は、何もしていない26歳ぐらいの女の子の足を思いっきり蹴りました。
「いたい!!!」
女の子は困惑して、逃げていきました。
こうして、単独ライブが無事スタートしました。
ピン芸人が出てきました。
「エンディング〜!」と叫ぶと彼女がまた「ペッティング〜!」と答えます。
あとはもう二人だけの世界です。
このあとのラブホは予約していません。
セシオン杉並の和室はラブホより安いから、必要ないのです。
セシオン杉並がとれなかった時は北区民集会所で単独ライブが行われました。
ピン芸人はこうして定期的に単独ライブを行いました。
単独ライブのペースはどんどん上がっていき、週に3回とかやることもありました。
こんなすごいペースで単独ライブを頑張っている芸人をお笑いの神様が見放すはずはありません。
ここから、奇跡が起きるのです。。
【ここから、奇跡が起きるのです。。】
ここまで読んで、アンナは本を閉じました。
この本は未完成の作品を出版したものであり、作者がここで死んだのです。
アンナはツッコミました。
どこで死んどんねん。
奇跡なんか起きるかーい。
おしまい。
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