コミック書評:『ミドルサード シンギュラリティ』(1000夜連続19夜目)

sue1000

『ミドルサード シンギュラリティ』

――いま最も"特異点を超えた"サッカーマンガ


サッカーマンガの系譜において、おそらくもっとも異彩を放つ『ミドルサード シンギュラリティ』。

従来の「努力」「友情」といった王道的テーマをベースにしながらも、そこへITと工学をぶつけることで、ピッチに“もうひとつの知性”を持ち込む。その結果として描かれるのは、サッカーというスポーツの根源的問い──「空間をいかに認識し、いかに使うか」──への異端にしてスリリングな挑戦だ。


物語の主人公は二人。ひとりは高校3年生の守備的ミッドフィルダー、浅海匠。技術精度は高く、ボールコントロールやパスの精度はプロに迫る。しかし判断スピードと視野の不足から、勝負の局面で一歩遅れる。勝利への執念は人一倍ながら、その執念ゆえに限界に苛まれている。もう一人は匠と同じ高校に通う1年生のITオタク、御影瞬一。基板をいじり、ドローンを改造し、アルゴリズムを組むことに快感を覚える探求心の塊だ。彼らは学校で偶然出会い、やがて「勝利」という一点で奇妙な共闘関係を結ぶ。


第1巻で描かれるのは、瞬一が仕掛ける反則すれすれのテクノロジーによる“補助脳”だ。

ドローンによる俯瞰映像をAIが解析し、それを匠の手首の包帯に隠したウェアラブルデバイスへ電気刺激で情報を伝達する。いわばピッチの“上空の目”を借りることで、彼は一瞬先を読む選択肢を得る。もちろんこれはサッカー規則の外側にある行為だ。だが、そこに描かれるのは「反則かどうか」ではなく「勝つためにどこまで踏み込むのか」という倫理と執念の交差点である。


印象的なのは、デバイスを使えば誰でも勝てるわけではないという点だ。匠は情報を受け取るだけでなく、その情報を理解し身体操作に落とし込むために徹底したトレーニングを積む。単なるズルではなく、「情報と肉体を統合する」過程そのものが苛烈な挑戦として描かれるのだ。これが、皮肉なことに物語に正統なスポーツマンガとしてのカタルシスを与えている。


だが、対戦相手チームもスポンサー企業の息がかかった不正まがいの補強が行われていたり、主人公たちの“禁じ手”はむしろ対抗手段として読者に受け入れられる説得力がある。仲間たちの中にも「これは反則だ」と糾弾する者が現れるが、その声さえ物語を加速させる燃料となる。正義と不正の境界が揺らぐ中、読者はいつしか匠と瞬一に肩入れし、「何をしてでも勝ってほしい」と願ってしまう。タイトルにある「ミドルサード」は中盤のエリアを意味するが、そこが選手とテクノロジーの融合、そして倫理と執念の相克が試される実験場なのだ。


本作は単なるサッカーマンガではない。青春ドラマでもあり、倫理劇でもあり、そして近未来のスポーツテクノロジー論でもある。ギリギリ現実感のある最新テクノロジーを巧みに選び取り、それを人間の執念と結びつけることで、著者は「スポーツとは何か」という問いを真新しい形で提示している。


『ミドルサード シンギュラリティ』は、スポーツマンガのピッチを広げる革新的な作品だ。








というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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