第4話:隠し倉庫(シークレット・スタッシュ)をアンロックせよ

 強制起動した換気ファンの轟音が、シェルター内に響き渡っている。


 酸素濃度は98%まで回復した。

 とりあえず、窒息死という最悪のゲームオーバーは回避できたようだ。


「……だが、今度は喉が渇いて死にそうだ」


 俺はARグラス越しに、虚空に浮かぶリソース画面を睨みつけた。

 『Water_Tank: 5% (Contamination)』の赤い文字が、点滅して俺を嘲笑っている。


「おいセラ。さっきお前は『水は見つかりません』と言ったな。だが、施工主である二階堂が、自分用の予備もなしにここに引きこもるわけがない」


 俺の問いかけに、銀髪のAIは困ったように眉を下げた。


『マスター、疑り深いですね! ないものはないんです。空気中の湿気を肌で感じて、潤いチャージしましょう!』


「……嘘をつけ」


 俺はキーボードを叩き、システム構造図(アーキテクチャ)の深層領域へと潜る。

 表向きのマップには存在しない、不自然なメモリの空白地帯(ブランク)。

 怪しい。あまりに露骨すぎる。


 俺はコマンドラインに、解析ツールを走らせた。


Scanning hidden partition...

> Found: [Protected_Storage_01] (Encrypted)


「ほらな。あったぞ、『保護された倉庫』が」


 リビングの壁──その裏側に、独立した電源で管理されている区画がある。


 一瞬、疑問が浮かぶ。なぜ「騙して売りつけるだけの箱」に、こんな上等な備蓄が必要なのか?

 だが、二階堂という男の性格を考えれば、答えは明白だ。


 こいつは、このシェルターを「自分専用の緊急避難所(セーフハウス)」としても使おうとしていたんだ。

 普段は他人に売りつけて管理させ、自分が警察や投資家に追われたら、購入者を「事故」に見せかけて始末し、ここを乗っ取って高飛びまでの時間を稼ぐ。

 そのための「水と食料」であり、そのための「管理者権限(バックドア)」だ。


「……反吐が出る野郎だ」


『ああっ! そこはデベロッパー専用の「機密保管庫」です! アクセス権限がありません! これ以上の侵入は、利用規約第108条「プライバシーの侵害」に抵触し、法的措置を──』


「知るか。俺は今すぐ水が飲みたいんだ」


 俺はロック解除のコマンドを打ち込む。

 だが、画面には『Access Denied(アクセス拒否)』の文字が弾き返された。


 さすがに、ここのセキュリティは堅い。

 オメガ社独自の暗号化アルゴリズムが、幾重にも張り巡らされている。

 まともに解読していたら、俺が脱水症状で干からびる方が先だ。


「……正面突破が無理なら、裏口(バックドア)を使わせてもらうか」


 俺はニヤリと笑い、ARグラスに表示されたコードの端にある、小さな記述に目をつけた。

 External_Debug_Port(外部デバッグ用ポート)。

 開発者がメンテナンス時に使う、テスト用の接続口だ。


「セラ。俺はお前の敵じゃない。ただの『外部メンテナンスツール』だ。仲良くしようぜ?」


 俺は自分のID情報を偽装(スプーフィング)し、システムに対し「俺は正規のデバッグプログラムである」と誤認させるパケットを生成した。

 そして、それをセラの制御ポートへ強引にねじ込む。


Injecting Payload...


『ぴぎゃっ!? 警告! 警告! 未知の巨大パケットを受信! 処理しきれませんんん!』


 セラのホログラムが、ノイズ混じりに激しく明滅する。

 AIの思考ルーチンがパンクしているようだ。構わず俺はエンターキーを連打した。


『あ、あわわわ! ダメです、そこはコア領域……! プロトコルが、強制的に上書きされちゃいますぅ……!』


「うるさい、少しじっとしてろ。……よし、接続(マウント)完了」


 システムが陥落した音がした。

 ARウィンドウの表示が赤から緑へ変わる。


Access Granted. Unlocking [Storage_01].


 次の瞬間。

 ズズズズ……と重苦しい音を立てて、リビングの壁の一部がスライドした。


 現れた隠しスペース。

 そこには、ほこり被ったコンクリートの床とは対照的に、LEDでライトアップされた棚が鎮座していた。

 並んでいるのは、フランス産の高級ミネラルウォーターのボトル。

 そして、海外製の高級缶詰や、ヴィンテージワインの数々。


「……ハッ。やっぱりな」


 俺は震える手でミネラルウォーターのボトルを掴み、キャップを捻った。

 一気に煽る。

 冷たく澄んだ液体が、乾ききった喉を潤し、胃袋へと落ちていく。


「──ぷはっ」


 生き返った。

 これほど美味い水は、人生で初めてかもしれない。


『はぁ、はぁ……。マスターの乱暴者……。セキュリティホールを無理やりこじ開けるなんて……』


 ホログラムのセラが、目を回してへたり込んでいる。

 俺はボトルの残りを眺めながら、口元の水滴を拭った。


「聞いたか、セラ。これが『再起動(リブート)』の味だ」


 酸素は確保した。

 水と食料も、二階堂の隠し資産(へそくり)を奪い取った。


 俺は棚の奥にある「最高級コンビーフ」の缶詰を手に取り、不敵に笑った。

 さて、腹ごしらえが済んだら、次は何をする?

 電力の確保か、それとも──このふざけた状況を世界にバラ撒くための、通信回線の復旧か。


 どちらにせよ、俺のDIY生活は始まったばかりだ。


(第5話へ続く)

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全財産で買った「完全楽園(シェルター)」が酸素漏れする欠陥住宅だった件。管理AIがポジティブすぎて話にならないので、バグを悪用して最強の証拠収集マシンに改造し、逃げた悪徳業者を社会的に抹殺します BluePrint @shadow_voxel

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