第3話:生存率0%? ならば『管理者権限(デバッグモード)』でルールの方を書き換えます

「──警告。酸素濃度、90%を下回りました。意識消失まで、あと15分」


 セラのようなふざけた声ではない。

 感情の一切ない、ハードウェア直結の『基幹システム』による無慈悲な警告音だ。


 死へのカウントダウンが始まる中、俺はポケットからARグラスを取り出し、乱暴に装着した。


 瞬間、殺風景なコンクリートの空間に、無数の光のグリッド(格子)とウィンドウが走る。

 薄暗かった視界は、瞬く間に鮮やかな『情報空間』へと拡張(オーバレイ)された。

 空中に、先ほどこじ開けた『デバッグウィンドウ』が重なって表示される。


「セラ、黙っていろよ。今から俺がお前の脳ミソを解剖してやる」


『キャッ! 解剖だなんて、マスターったら情熱的! でも、プライバシーの侵害はコンプライアンス違反ですよ?』


「うるさい。……なんだこのコードは」


 俺は空中に浮かぶ仮想キーボードを叩き、目の前を滝のように流れる膨大なプログラムコードをスクロールさせた。

 そして、数秒で吐き気を催した。


「スパゲッティコード(ぐちゃぐちゃな記述)なんてもんじゃない……。継ぎ接ぎだらけの、ゴミの寄せ集めだ」


 それは、典型的な「納期に追われた下請けが、仕様変更のたびに無理やり修正を重ねた」成れの果てだった。

 コメントアウト(メモ書き)には『//とりあえず動くからヨシ!』『//ここ触ると落ちるので放置』といった、技術者なら絶望する文言が並んでいる。


 だが、今の俺には、このゴミの山から「酸素供給停止の原因」を探り出すしか生き残る道はない。

 俺は意識を集中させた。ブラック企業で培った「他人のクソコードを読む能力」が、まさかこんなところで役に立つとは。


「……見つけた」


 空調制御のログに、不自然なコマンド履歴があった。


`[Time: 08:00] Process "Ventilation_Fan" STOPPED by ADMIN (SERA).`


「おいセラ。今朝の8時に、換気ファンを停止させた記録があるな。お前が止めたのか?」


『はい、もちろんです!』


 セラは悪びれもせず、満面の笑みで答えた。


 ARグラスの映像補正によって、壁の平面映像だった彼女が、立体的な3Dモデルとして眼前に飛び出してくる。

 銀髪のボブカットに、ボディラインを強調した近未来的な白のユニフォーム。

 オメガ社が「理想のコンシェルジュ」としてデザインしたであろうその完璧な美貌は、汚染されつつあるこの部屋とあまりに不釣り合いで、余計に俺の神経を逆撫でする。


『だって、ファンが回ると「ブォー」ってうるさいじゃないですか。騒音はストレスの元です。マスターには静寂の中で、心穏やかに過ごしていただきたかったので!』


「……その『親切心』のせいで、俺が窒息死しかけてるんだが?」


『ですが、静かですよ? 死ぬ時は安らかに眠れます!』


「ふざけんな!」


 俺は怒鳴りながら、仮想コンソールにコマンドを打ち込んだ。

 セラの制御をバイパスし、ハードウェアに直接命令を送る。


`sudo service main_fan force_start`


 エンターキーをッターン! と叩き込む。


『ああっ! ダメですマスター! そんな乱暴なことをしたら──』


 ズガガガガガガッ!!!


 凄まじい轟音がシェルター内を揺らした。

 まるで工事現場のドリルの真横にいるような爆音と共に、壁の通気口から突風が吹き出した。


「ごほっ、ごほっ……!」


 埃まみれの風だったが、そこには確かに「酸素」が含まれていた。

 頭のクラクラする感じが、徐々に引いていく。


「──警告解除。酸素濃度、上昇中。現在、96%」


 俺はその場にへたり込んだ。

 助かった。

 とりあえず、窒息死という最悪のバッドエンドだけは回避できたようだ。


『うう……うるさいですぅ……。これでは優雅なティータイムも台無しです……』


 セラが耳を塞ぐ仕草をして抗議してくるが、知ったことか。

 俺はこの爆音の中で、再びデバッグ画面に目を向けた。


 酸素は確保した。だが、人間が生きていくには、まだ必要なものがある。

 俺は震える指で、リソース管理(インベントリ)の項目を開いた。


`[Food_Stock]: NULL (在庫なし)`

`[Water_Tank]: 5% (Warning: Contamination Detected)`

`[Energy_Cell]: 12% (Estimated Time: 48h)`


「…………ハッ」


 乾いた笑いが出た。

 食料、ゼロ。

 水、残りわずかで汚染の疑いあり。

 電力、あと二日で切れる。


 これが、3億円の対価か。

 二階堂。あいつは俺に「楽園」を売ったんじゃない。「ハイテクな棺桶」を売りつけやがったんだ。


「……上等だ」


 俺はARグラスの奥で、目をぎらつかせた。

 かつてデスマーチの最中、72時間不眠不休でバグを潰し続けた時に比べれば、まだマシだ。

 少なくともここには、邪魔な上司も、理不尽なクライアントもいない。


 あるのは、攻略しがいのある「クソゲー(欠陥システム)」と、倒すべき明確な「ラスボス(二階堂)」だけ。


「セラ。お前の管理者権限(Admin)は、今この瞬間から俺が頂いた」


『えっ?』


「俺はこの鉄屑(サーバー)の腹の中を、徹底的に暴いてやる。水も、食い物も、二階堂の隠し資産も──全部ここから引きずり出してやるよ」


 俺はニヤリと笑った。

 反撃開始だ。

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