るろうにフットボーラー~令和蹴客浪漫譚~

阿弥陀乃トンマージ

その名はバロンドール

「……ちっ」

 海岸近くの、ややぼろい造りの芝生のグラウンドを見つめながら、ジミーという青年は苛立っていた。

「おお~い、ジミー~」

 間の抜けた声とともに、ジミーとお揃いの水色のサッカーのユニフォーム姿の一団が姿を現した。ジミーは声を荒げる。

「遅いぞ、お前ら!」

「いやいや、何怒ってんだよ~」

「何って……今日は大事なリーグ戦の開幕戦だぞ! 練習試合じゃない、れっきとした公式戦なんだぞ!」

「公式戦って……相手はユナイテッドだぞ?」

 ジミーに対し、一人の青年が苦笑しながら応える。

「そうだ、このヌンチェスターの町に古くからある、我が『ヌンチェスターシティ』とその長年のライバル、『ヌンチェスターユナイテッド』! 今日は歴史と伝統あるダービーマッチだ。そこに遅刻するとは……伝統や相手に対するリスペクトが足りないんじゃないのか?」

「リスペクト?」

「歴史と伝統?」

 ジミーを囲む青年たちから笑いが起こる。ジミーが眉をひそめる。

「何が可笑しい?」

「そんな格式高い試合がこんなボロいグラウンドで行われるのか?」

 一人の青年が所々剥げた芝生を指差す。

「……仕方がないだろう、国立の競技場ではラグビーの試合があるからな、ここしか空いてないんだ」

「そう、ただでさえ多くない島民、もとい、国民の大多数はラグビーの方に夢中だ。客席はガラガラだぜ」

「……世界的にポピュラーなのはサッカー、フットボールの方だ」

「はっ、世界って……」

青年はジミーの発言を鼻で笑う。ジミーは話を続ける。

「この島のリーグ戦に勝てば、オセアニアのチャンピオンズリーグに出場する権利を得られる。そこで上位に入れば、クラブワールドカップへの参加権を獲得出来る……太平洋に浮かぶこのちっぽけな島国から、世界に羽ばたけるんだぞ! この試合はその大事な一歩だ!」

「……その大事な一歩に、連中は遅刻しやがっているぜ」

青年が指差した先には、空っぽのベンチがあるのみだった。

「~~!」

ジミーは赤面した。相手のしでかしたことにも関わらずだ。恥をかかされた気分になった。青年たちは再び苦笑する。

「まあまあ、肩肘張らずに行こうや。このダービーマッチに勝っても、港町のチームにはそうそう敵わないんだからよ」

「~そんなモチベーションでは、また例年の繰り返しだ!」

「ウザいんだよ!」

「!」

「……ジミー、俺たちは楽しくやれれば、それで良いんだよ。このちっぽけな島国の代表選手さまであるお前さんには物足りないかもしれんが……理想を押し付けんなよ」

「や、やるからには上を目指すべきだ……!」

「だからそれが……!」

ジミーと青年が睨み合う。

「おおい、ちょい待ち、お二人さん、相手のご到着だぜ」

仲裁に入った青年が顎をクイッと向けた先に、赤いシャツと黒いパンツの集団が現れた。

「はっ、"ヌンU"のお出ましだ」

「……ん?」

ヌンチェスターユナイテッドの面々を見て、ジミーは目を細める。小柄な青年が尋ねる。

「どうかしたのか、ジミー?」

「いや……地元じゃない連中も混ざっているな?」

ジミーは自分たちとは異なる人種である、数人の選手を指し示す。眼鏡をかけた白人と、小柄な黒人、そしてやや大柄な東洋人がそこにはいた。

「ああ、外国人選手をしたんだってよ、生意気に」

「補強? 有名選手なのか?」

「白人はニュージーランドのチームから来たとか……黒人はブラジル人らしい……後は謎の中国人だな」

「ふむ……」

「って、ジミーよ、相手へのリスペクトはどうした? 情報収集が足りないんじゃないか?」

「い、いや……」

ジミーは罰の悪そうな顔になる。

「まあ、揃って3日前に加入したばっかりらしいがな」

「そ、それなら分からないのも無理はないだろ……」

試合開始時間となり、両チームの面々が整列する。審判に促され、両チームはハイタッチをかわす。ジミーは相手チームの外国人たちに注目する。

(白人は白いシャツにグローブを着けている。ゴールキーパーか、眼鏡のキーパーというのも珍しい……黒人は背番号10……ブラジル人らしいテクニシャンか、そして……)

ジミーは東洋人の前で立ち止まる。やや大柄で、がっしりとした体格である。自らが抱いていた東洋人のイメージとは異なると感じた。

「……何だ?」

東洋人は低い声で呟く。英語である。

「い、いや、失礼、良い試合をしよう」

ジミーは慌ててハイタッチをかわす。各選手がポジションに散らばる。ヌンチェスターシティの攻撃陣の核であるジミーは自陣の前方に位置し、相手チーム、ヌンチェスターユナイテッドのフォーメーションを確認する。

(オーソドックスな4-4-2……前のシーズンとは変えてきたな……ん?)

ジミーは東洋人のポジションに着目する。

(左サイドバック? フォワードじゃないのか、助っ人外国人なのに、また随分と渋いポジションだな……)

「ジミー」

 小柄な青年が話しかけてくる。

「何だ?」

「攻撃についてだよ、お前に任せるって監督が言っていただろう?」

「あ、ああ……相変わらず投げっぱなしだな……」

 ジミーが少し肩を落とす。

「それだけ信頼されているんだよ、殿」

「はあ……」

「で、どうする?」

 ジミーが東洋人の方を指差す。

「……左サイド、こちらから見て右サイドの東洋人のところを重点的に攻めよう、三日前に合流したのなら、連携もクソもないだろうからな」

「分かった」

 試合が始まった。パスを受けた小柄な青年が素早いドリブルを仕掛ける。

(スピードに乗った良いドリブルだ! ……むっ!)

「はっ!」

「どわっ!?」

 東洋人が鋭いスライディングタックルでボールをクリアする。小柄な青年は勢いよく吹っ飛ばされる。ジミーは目を見張る。

(良いタックルだ。センスはあるな。消去法であのポジションというわけではなさそうだ……)

「ジ、ジミー?」

「あれくらいで怯むな! 続けて仕掛けるぞ!」

 ジミーが中央から右サイドにポジションを寄せる。

「ジミー!」

 味方がジミーにパスを出す。

(ダイレクトでリターンパスを送る!……この島のレベルでは、このタイミングには反応が遅れる……!)

 即座に判断したジミーが自らの斜め前に走り込んだ味方に向かってパスを送る。いわゆるワンツーパスだ。

「ナイス! ……って!?」

「むん!」

「!」

 ジミーのパスは東洋人の伸ばした長い脚によってカットされる。ジミーは再度目を見張る。

(よくカットしたな……。反応もそうだが、先を読む力もなかなか鋭いな……!)

「くっ……!」

「今度は浮き球を放り込め!」

「おう!」

「ま、待て!」

 ジミーが味方を制止する。こちらよりも大柄な東洋人である。浮いたボールはヘディングで返されるのがオチだ。

「そらっ!」

「あっ……」

 ジミーの制止は間に合わず、浮き球がサイドに放り込まれる。

「ふん!」

「なっ!?」

 ジミーは三度目を見張った。東洋人が頭で弾くような高さのボールを胸でトラップしたからである。

(なんて跳躍力だ!)

「……!」

「はっ!? しまった!」

 東洋人が着地すると同時にドリブルを開始した。虚を突かれた形のヌンチェスターシティ側は反応が遅れた。東洋人の加速は凄まじく、あっという間に自陣から相手陣内に侵入した。

(なんてスピードだ!)

「それ以上加速させるな! 前を塞げ!」

 ジミーが指示を飛ばす。味方もそれに呼応し、東洋人の進路を塞ぐように立つ。

(よし、これで加速は出来ない。今の内に守備の陣形を整えて……)

 自らも自陣に戻りながら、ジミーは考えを巡らす。

「………!」

「なにっ!?」

 ジミーたちは驚く、東洋人が右斜め前に向かって加速したからである。

(グラウンドを斜めに横断する気か!? マラドーナでも無理なことを!)

「…………!」

 東洋人の加速は止まらない。再度虚を突かれた形のヌンチェスターシティの反応は遅れ、対応は後手後手に回ってしまった。

「ちぃっ!」

 ジミーも懸命に走ったが、追いついたころには、東洋人の放ったシュートが自チームのゴールネットを揺らしていた。約80メートルの独走ドリブルシュートだ。なかなか見られるものではない。少ない観衆から大きな歓声が上がった。

「ピッ、ピッ、ピィー!」

 タイムアップのホイッスルが吹かれた。10対0、東洋人のトリプルハットトリックと1アシストによって、伝統あるダービーマッチはヌンチェスターユナイテッドの圧勝に終わった。

「ま、待ってくれ、中国人チャイニーズの君!」

 ジミーは足早に会場を後にしようとする東洋人に声をかけた。東洋人はゆっくりと振り返ると、低い声で呟く。

「アイムジャパニーズ……!」

「あ、ああ、日本人か、これは失礼……」

 ジミーは申し訳なさそうにする。東洋人は首を左右に振る。

「別に……」

「……」

「………」

「…………」

「……なんだ?」

 東洋人は細い目をさらに細める。

「いや、素晴らしいプレーヤーだな、君は!」

 ジミーは大げさに両手を広げる。

「どうも……」

 東洋人は頭を軽く下げる。

「サムライのようなたくましさとニンジャのような素早さを兼ね備えている!」

「はっ……」

 東洋人がジミーの賞賛を鼻で笑う。望んでいた言葉ではないのかと思ったジミーは慌てて言い換える。

「まるでスーパーサイヤ人のような力強さだった!」

「日本人じゃなくなっているだろ」

「あ……」

 ジミーがハッとした表情で自らの口元を抑える。東洋人はフッと笑う。

「まあ、ありがとうと言っておく……ただ、俺はそんな立派なものじゃない」

「?」

 ジミーが首を傾げる。

「日本では問題ばかり起こしてな……『こんなちっぽけな島国は俺のスケールに合わない!』と逆ギレして飛び出した」

「……ここは日本よりも小さな島国だけど?」

「……間違えた」

「え?」

「MとNを見間違えた! なんだ、ヌンチェスターユナイテッドって! 世界中の誰もがマンチェスターユナイテッドからのオファーだと思うだろうが!」

「あ、ああ……」

 ジミーは同情的な視線を向ける。東洋人は呼吸を落ち着かせる。

「……まあ、契約を結んだ以上は仕方がない……幸いだが、フットボールの世界は繋がっている」

「!」

「俺はこのヌンチェスターユナイテッドというクラブをこの国で一番にする。そしてオセアニアチャンピオンズリーグでも優勝させる。そうすれば、世界が嫌でも俺に注目するだろう……!」

「! そ、それがサムライの野望か……」

「はっ、だから、そんな立派なものじゃない……そうだな、強いて言えば、『るろうにフットボーラー』だ」

「るろうに……」

「じゃあな」

 東洋人がその場から立ち去ろうとする。

「ま、待った! 名前を教えてくれ!」

 東洋人が振り返って答える。

「バロンドール……」

「は?」

「だからバロンドールだって」

「ふざけるなよ、それは世界で最も優秀な選手に贈られる賞だろうが」

「嘘だと言うなら、これを見ろ……!」

「!?」

 東洋人の提示したIDカードには、アルファベットで『Ballon d'Or』、漢字で波論導流と書いてあった。導流は笑みを浮かべながら、肩をすくめる。

「どうだ、分かったか?」

「あ、ああ……」

 ジミーは戸惑い気味に頷く。

「……これでも波論と名乗った先祖と導流と名付けた両親に感謝しているんだ。世界一のフットボーラーを目指すしかないからな……!」

「お、おう……」

 ジミーは導流の迫力に圧倒される。

「それじゃあな、縁があったらまた一緒にプレーをしようぜ、ジミー」

 導流が颯爽とその場を去る。背番号86が太平洋の風に揺れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

るろうにフットボーラー~令和蹴客浪漫譚~ 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画