第6話
互いの馬で駆け出し、しばらくしてちょうどよい木陰をファブラが見つける。セシリアに声をかけ、体を休めることにした。
手綱を手近な幹に結び、二人は腰を下ろす。ひと息つくと、セシリアがポツリと言った。
「……見た目って、そこまで大事かしら」
「見た目?」
「ええ」
「まあ。そうだな……」
一拍悩んで、ファブラが答える。
「必要ではあるだろうな。それで保たれる秩序もあるし、情緒もあるし。ただ優先順位があるってのも事実だ。今回の場合で言えば葡萄畑より、領民の生活が優先されるってことだな」
なんとなく話を聞いていたセシリアは、そこで初めて、今回の問題として捉えられていたのだと気づいた。ならば、と便乗するように問いかける。
「じゃあ、あなたの結婚相手に求める優先順位は? 何を大切にしてるの? 顔?」
「結婚相手? 顔? いや」
疑問符を浮かべつつ、考えながら言葉を続けた。
「家の方針としてはいろいろあるが、俺自身の望みは……そうだな。支えてくれる相手が欲しい」
そう言って、けれどすぐ慌てた様子を見せる。
「ああ! いや、最近嫁を迎えろと煩く言われたばかりで勝手を言った。嫁いでくれれば誰でろうと大切にするつもりだ」
「誰でも?」
「ここは王都から離れていて、社交にも不便をさせるからな。それだけの覚悟を持って来てくれるなら、こちらとしても相応の対応をするさ」
「そう」
セシリアが口を閉ざして、どこか遠くに視線を流す。隣にいるファブラは同じように川辺の先に目を向け、独り言のように溢した。
「君は、カールベル領まで来る覚悟を決めたんだな」
「覚悟って程じゃないわ。ただ、ちょうどよかっただけよ。家格も同じ、王都のタウンハウスだって近いし、年も近いし……ただ」
価値観が合わなかっただけ。その言葉を飲み込んで、セシリアは勢いよく立ち上がる。そしてファブラの方へ手を出した。
「さあ、そろそろ行きましょう。昼食後にまた話し合いをしないと」
「セシリア……?」
急に変わった雰囲気に、ファブラは何かを言いたげにする。だが、一度口を閉じて、その手に自身の手を重ねて立ち上がった。
「そうだな。君の言う通りだ。その頃になれば、彼も現れるだろう」
「今度はどんな団体で現れるか見物ね」
ふふっと笑うセシリアに、ファブラも表情を和らげる。
だが直後、悲鳴に似た叫び声がこだました。
「な、なぁぁあーーーーー!!」
「!」
「!?」
驚いた二人が振り返る。そこには目を見開き、口を大きく開けて二人を指差すメルセスがいた。彼は、思い切り眉間にシワを寄せ、ドスドスと近づいてくる。
そしてセシリアの腕を強く掴んだ。
「いたいっ!」
「お、おい、やめろ」
顔を歪めるセシリアに慌ててファブラが間に入る。しかし、それがさらにメルセスの怒りを呼ぶ。
彼は顔を真っ赤にして怒鳴り付けた。
「セシリア! なぜ他の男といるんだ!!」
「え……?」
痛みのある腕を擦りながら聞いた言葉に、思わず呆けてしまう。このブルーフィグ領に来る前に当然連絡はしていたし、自分だって簡単に他の女性と出掛けていた。『他の選択肢』のために。
それなのに一方的に怒りをぶつけられて、セシリアは眉をひそめる。そもそも顔の気に入らない婚約者が何をしていても問題ないだろう。彼女は強く言い返す。
「すでに連絡はしたじゃない! その手紙をどうして読んでないのかはわからないけど」
どこか含みのある言い方にメルセスが反論しようとした。けれど突然場違いな可愛らしい声がした。
「メルセス様? 舟の話は? ルピア、楽しみにしてたんですよー?」
後ろから顔を出したのは淡ピンクの髪を編み込みにした、柔らかい雰囲気の女性。プクッと頬を膨らませて、庇護欲をそそる。メルセスは焦ったように振り返り、ルピアをなだめた。
「ごめんごめん。すぐに用意させるからさ。そうそう、ルピの好きな果物も用意させるよ」
「んー、それだけじゃ足りないかなー。そうだ! 帰りに宝飾店よりましょ? ね!」
ルピアがメルセスの腕に絡み付いて、ニコニコ笑う。どう見ても親密そうな二人に、耐えきれなくなったファブラが怪訝に聞いた。
「カールベル伯爵令息、あなたはセシリア嬢の婚約者では? そちらの女性は誰なんだ?」
「え、彼女? 僕の友人だよ。友人くらい君もいるだろ? 今日は舟遊びに来たんだ」
「舟遊び? いや待て待て、こちらはブルーフィグ領だ。なぜ勝手なことが出来る? 使用許可は出してないぞ」
「だって、こっちからの方が僕の邸が見えていいだろ? 葡萄畑があれば家から乗ったんだけどさ。君が許さなかったんじゃないか」
「だから今日は我が領から舟を出すことを決めた、と」
「もちろん」
盛大に溜め息をついて、頭を抱える。ファブラの様子を見ていたセシリアが口を挟んだ。
「メルセス、前にも話したわよね? 他領で何かする時は先触れを出しなさいって。礼儀としてやるべきことがあるでしょう?」
「ちょっと舟出すくらいで?」
「当然だ。先日から勝手をするな、と伝えている。あなたが気軽にしたことが、領民へ影響することがあるんだ」
もし人払いもせず、貴族が現れ怪我でもさせたら、通常ならば先触れすら出さない相手方が責められるはず。だがそれがメルセスなら、逆に怪我をさせられた、などど大騒ぎすることだろう。
容易に浮かぶ状況に、セシリアが額に手を置き溜め息を吐いて言う。
「メルセス、あなたはもう少し周りのことを考えるべきだわ。その奔放な性格じゃ今後廃嫡されても知らないわよ」
ファブラから今回の件は、メルセスに一任している、と領主から連絡があったときいて考えていたこと。恐らくメルセスの父は、家を継ぐのに相応しいか試しているのだろう。
このままでは本当に家督を弟に譲りかねない。
心配して伝えた言葉に、メルセスはあっけらかんと返した。
「その為に君がいるんだろ?」
「…………?」
一瞬動きを止めて、セシリアはゆっくりとメルセスを見る。
彼は悪びれる様子もなく続けた。
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