エージェント・クラリのプロファイル
ビーデシオン
第1話 あの人って一体どこの誰?
お正月の親戚の集まりとかで、一人だけ、普段何をしているのか分からないような人を見たことは無いかな。お年玉をくれるわけでもなく、特別誰かと話しているわけでもなく、ただ、出てきた料理と少しのお酒を、部屋の隅の方でちびちびつまんでいるような、そんな人を。
「おじさんって仕事してないの?」
紹介しよう。それが僕だ。おじさんという呼称と、この質問内容。いくら今僕がくたびれたリクルートスーツを着込んでいるからって、容赦がなさすぎる。確かまだ小学生だろうに、末恐ろしい男の子だ。それでも僕はまだ二十代前半だし、職を得ていないわけでもない。正月休みの宴会の中でどんな話しかけられ方をしても大丈夫なように、十分な対策だって立ててきている。その成果を今、見せてやろうじゃないか。
「僕は自営業なんだよ。だから、説明してもわからないと思うな」
決まった。おそらくこの子は、自営業という未知の語感に惹かれて、僕を不思議な人だと思うことだろう。そして僕はこの親戚の集まりにおいて、ミステリアスだけど、なんだか気になる人の立場を獲得するのだ。無駄な幻想を抱かれたら困るから、そこそこにしておくけどね。
「ふーん、よくわかんないけど、お年玉くれないならいいや」
……幻想を抱いていたのは僕の方だったようだ。完全に興味を無くした様子の男の子は、ジョッキでお酒を嗜み大声で談笑していらっしゃるおじいさん方のほうへはけて行ってしまった。酷く残酷な表情だったな……僕に何の価値も感じなくなった子の顔だった。
「もう、あの子ったら……すいませんね」
「いえ、いいんです」
お母さんらしき人が、僕に会釈しながらそう言う。ま、まあ今回は貴重なデータが取れたと思おう、僕はこれを活かして、次回こそ完璧なコミュニケーションをとって見せればいいのだ。
「ん……?」
そこまで考えたところで、着信が入った。宴会は……僕が居なくても大丈夫そうか。
「ちょっと出てきます。もしかしたら、今日はここまでかも」
「あらそう? 残念、また来てくださいね。えっと……」
「はい、ありがとうございます」
やや早足で、宴会場の出口に向かう。引き戸を開いて、靴を履く。お会計はおじいさん方の誰かがやってくれるだろう。今はそれより、早くお暇した方がよさそうだ。
「ねぇ……あの人って一体……どこの誰だったっけ?」
去り際に、そんな声が聞こえてくる。親族の一人ってことになるよう、根回しはしてくれてるって話だったけど、少し無茶な試みだったかな。
「あの人って一体どこの誰、か……」
その質問に対して、正確に答える手段があったなら……どんなに救われていただろうか。そんなことを考えつつ、僕は首元にそっと指を添えて――通信に応答した。
◆ ◆ ◆
銀河を束ねる多種族国家、アロメダ合星国
五千を超える種族から構成されるそれは
種族の多様性と、文明を持つ種族間の共生を
何よりも重視している
その理念に当てはめられるのは
合星国に加盟済みの種族だけに留まらない
まあそうは言っても今の時代惑星間交流を実現している星の中で合星国に加盟してないところなんて異種族の存在を認めないまま聖戦に明け暮れてる脳筋種族くらいしかないわけなのだが
……例外がある
それが、ある一定の文明を築き上げながらも
完全な宇宙進出を果たしておらず
異星人の観測も成し遂げられていない星の種族
アロメダ合星国が「新興文明」と呼ぶ者達だ
そして、そんな種族たちが……
新興文明が無事に繁栄していけるよう
陰ながら見守りつつ
(主には我々の存在が原因で惑星内に誘致してしまった)
外星人の脅威から
現地住民を保護している組織こそが
我ら新興文明保護艦隊なのである
◆ ◆ ◆
轟音の響く地下トンネル、深夜一時の線路上。京都府左京区と上京区を区切る某電鉄の本線を、僕は全速力で駆けている。背中の
「対象は依然として三条方面へ向かっています!」
前方三十メートル先でレールの上を爆走する人影。地球人に比べて明らかに大きく、細長すぎる体格。頭頂部にはピンと立った獣耳があって、その全身はぶち模様の毛皮に覆われている。
ここで取り逃せば、そんなホワイトチーター人間の姿が、白昼の下に晒されることとなってしまう。近隣住民と観光客を対象とした大規模な記憶処理が必要になる前に、何としてもヤツに追いつかなければならない。
「どのみちセンサーには映っているんだ。落ち着いてやればいい」
通信先の声で思い出した。そうだ。地下であっても線路周辺とか、主要な施設の近くなんかは探知できるって話だったね。
「だが、この調子だと……三条は超えてしまいそうだな」
「超えると何か?」
「ああ、左京区を出ると俺たちの管轄外になる」
「えっ!?」
それはまずい。管轄外になったら、今回の任務ごと他の班に渡ってしまうじゃないか。前に似たようなことがあったから、覚えている。任務達成の報酬は、問題を解決した班にしか支払われないのだ。
「だったら、絶対に逃がしませんよ!」
「ほう?」
「
温存しておきたかったけど、時間が無いなら仕方ない。僕はスラスターを噴かしつつ、レールを捉える四本の脚でしっかりと踏ん張り、両腕のガントレットを中腰に構えて、突き出した胸部をヤツの背中へ向ける。
「一応許可は出ているが、無茶はするなよ」
「了解!」
特別なサイキックを放つものや、一時的に身体機能を増強するものもあるけれど、僕のような機械の身体に一番合っているのはこれだろう。
「PSY‐ENCE No.4、エネルギー・コンバージェンス!」
胸部の先端が十字に開き、中から砲口を覗かせる。腰のカプセル型ガジェットから沸きだしたエネルギーが全身を駆け巡り、その後一点に集結していく。突き出した胸の砲口が、眩い光を秘めていく。
「弾頭は対人炸裂弾。生体感知による近接信管を設定」
胸部砲口から放つ特別な弾頭の設定を終えたら、ひとまずは完了。
これで、一定距離内に対象を捉えた瞬間、爆発するようになる。
【SYSTEM】:弾頭タイプ:炸裂弾
【SYSTEM】:信管タイプ:生体感知
【SYSTEM】:エネルギー・コンバージェンス:完了
準備を終えて、視界の左端にメッセージがポップアップする。胸の中心部が破壊的なエネルギーを秘め、僕の合図を待つ状態になった。ここからは、ほとんど直線区間のはず。この条件なら、外しようがないはずだ!
「エネルギーカノン、
「待て! 有効範囲の設定を忘れてるぞ!」
砲口から光弾を放った瞬間、脳裏にそんな声が響いてくる。そうだ。こんなトンネルの中、調整も無しに炸裂弾をぶっ放したら、ヤツを吹き飛ばすだけでは済まないかも……
「衝撃にそなえ――!」
電子とサイキックの複合回線すら妨害するほどの衝撃。
閉所に解き放たれた高圧の爆風が、僕の全身を包み込む。
ぷつりと周囲の音が消えて、目の前が真っ白になる。
「――ラリ! クラリ!」
頭の中に、僕を呼ぶ声が繰り返し何度も響いている。
それと同時に、全身の感覚が戻ってくる。
「すいません、聞こえてます」
「ああ、まあ無事でよかった。状況を報告してくれ」
「……はい」
線路上に積み重なった瓦礫の上に、月明かりが差し込んでいる。
理解したくはないけれど、しっかりと報告しなければならない。
こうした失敗を包み隠さず伝える事も、僕の仕事であるはずだから。
「線路上の天井が一部崩落……地上に繋がる穴が空いてしまいました」
「付け加えるなら対象は、その穴から逃亡中だ。鴨川を超えて……こりゃ、洛中の管轄になりそうだな」
「…………」
新興文明保護艦隊、地球支部。日本国は京都府京都市、左京区担当エージェントに着任して、一週間。任務の達成件数は……未だゼロ件。
「まあ……気にするな。修繕費用の支払いは、半年くらいなら猶予してもらえる」
追加で、艦隊共通通貨の引き落としが確定してしまった。
「今日は帰って……一度休め」
「はい……」
着任直後からこんな調子で、僕の望みは叶えられるんだろうか……?
◆ ◆ ◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます