『午前0時の社畜失踪ファイル』◆第1話 消えた同僚

ねこ助

第1話 消えた同僚



 ――胸がざわついていた。

 理由はわからない。ただ、仕事終わりのビルのロビーに立った瞬間、何かが“おかしい”と感じた。


 広告代理店「ミズカミ企画」制作部のディレクター、篠原圭介(28)。

 繁忙期で終電を逃すなんて珍しくもない。今日も例外なく、深夜0時をまわっていた。


 だが、見慣れない光景があった。

 スマホと紙袋を床に落としたまま、同僚の柏木が姿を消している。


 さっきまで隣で作業していた。

 「タバコ行ってくる」と言ったのが最後だ。


 戻ってこないまま三時間が過ぎた。


 酔っ払いに絡まれた? 事故?

 ――いや、柏木なら何かあれば連絡してくるはずだ。そういう男だ。


 床に落ちたスマホの画面が、まだ点灯したまま通知を表示していた。


> 《件名:次はあなたです》


 心臓が跳ねた。


 差出人は不明。

 本文は一行だけ。


> 《柏木からの依頼は完了しました》


 まるで殺しの報告だ。


 圭介は状況判断が速い男だった。

 すぐスマホを拾い、バッグに滑り込ませる。荷物をまとめ、ロビーから出ようとエレベーターへ走る――だが。


 非常灯だけがついたフロアで、エレベーターは止まっていた。


 「……嘘だろ」


 階段の方へ足を向ける。革靴が床を叩くたび、ビルの静寂が跳ね返ってくる。

 途中、背後から軽い音。

 パシャッ――水滴の落ちるような音。


 反射的に振り返った。


 照明の死んだ廊下の奥。

 誰かがこちらを覗いていた。


 黒いフード。表情は見えない。

 ただ、姿勢は異様に静かで、まるで“狙いを定めている”ようだった。


 「なんなんだよ、お前……!」


 叫んだ瞬間、フードの人物は走り出した。

 こっちへ。


 音が迫る。靴音が鋭く床を叩く。

 逃げなきゃ、殺される――本能が叫ぶ。


 階段を駆け下りる。息が切れる。

 背後との距離が縮まっていく気がする。


 1階。自動ドア。――外に出れば人がいる、助かる。


 だが外に出た瞬間、異様な静けさに気づいた。


 深夜の繁華街なのに、人が一人もいない。

 まるで街全体が、柏木の失踪に合わせて息を止めているかのようだ。


 ポケットで震えるスマホ。

 通知が1件。


> 《ようこそ篠原さん。あなたの番です》


 顔から血の気が引いた。


 ――柏木は失踪なんかじゃない。

 これは、誰かが意図して起こしている。

 そして今の標的は、確実に自分だ。


 圭介は走り出した。

 ただ生き延びるために。

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