第1話 客の来ないペットショップ

──プロローグの1時間前。


 霧島翔。

 地元の工業高校に通う高校1年生、16歳の誕生日は、普段と変わらない朝から始まった。

久々に顔を見る来訪者を除いては。


「いらっしゃいませー」

 トカゲやカメ、ウサギなどの小動物たちが小綺麗にディスプレイされた郊外にあるペットショップから、眠そうな声が聞こえる。


 休日、父親が営むペットショップの手伝いをしていた翔が入口の方へ目をやると、長い髭をたくわえた姿勢のいい小柄な老人が立っていた。


「じいちゃん!」

「ほほ、翔。ひさしぶりじゃの」


 母親の葬儀の日、まだ小学生だった頃以来、突然現れた祖父の来訪に翔は驚き、思わず目を見開いた。


「今日は一体どうしたんだ!?」

「ほほ、今日はお前の16歳の誕生日じゃろう?」

「そう、16歳だ!」


 すると光明は翔の顔を覗き込み、肩に手を乗せておかしなことを聞いてきた。


「ところで翔よ。お主、今日、何か変なモノは見なんだか?」


「変なモノ? なんのことだ?」


「見とらんか…」


「ああ、見てないぞ。あ、変わったモノって言えば、昨日アルビノのニホントカゲを捕まえたぞ。それのことか?」


「ほほ、いや、なんでもない。ところで利蔵はおらんかの?」


「お父か? さっき仕入れに出かけた。今日はマダガスカルから生体が届くって空港まで」


「そうか。ワシは少し長旅に疲れたわい。しばらく奥で休ませてもらおうかの」


 そう言うと光明は店の奥の居間へ上がり、横になると、やがていびきをかいて寝てしまった。


「久しぶりに会ったけど、変なじいちゃんだな」


 休日の昼下がり、お客さんが全く来ないペットショップ。

 いつのまにかカウンターで眠ってしまった翔は、ドアの開く音で目を覚ました。


「いらっしゃ…なんだ、今度はお父か」


 翔の父親であり、光明の義理の息子にあたる霧島利蔵は、大きな段ボールを抱えて入ってきた。


「帰ったぞ。なんだ、寝てたのか」

「ん、ああ。昨日は何故か夜中に起きちゃってね…」


「最近、夜遊びが過ぎるんじゃないか?」

翔はプイッと顔を背けた。

「それより、じいちゃんが来てるぞ」

「そのようだな」

「え。なんで知ってんだ?」


 利蔵は翔の額にくっついた付箋を指差した。


──ちょいと出かけるぞよ。


「いつのまに!」

「それより翔、誕生日だな」

「なんだ、いきなり。いつも何も言わないじゃないか」

「そうだったか?」

「オレは神社に行ってくるから」

「夕飯までには帰ってくるんだぞ。」

「ああ」


 この町にある古びた唯一の神社。翔は幼少期からここで、父利蔵から毎日のように格闘指南を受けてきた。町は廃れ、子どもも減り、高齢者ばかりになってしまった翔の暮らす田舎町。  

 2年前、この町の町内会は、毎年この神社で行なわなれてきた夏祭りを取りやめることを決定した。

 

「ハァハァハァ...」

人気のない神社の境内には、長い階段を駆け上がってきた翔の吐息だけが寂しく響いていた。


 小一時間ほどトレーニングをした翔は、ふと空を漂う黒い灰のようなものを見つけ、視線の先の社殿の異変に気付いた。

 「あ...」

 2年間、ほとんど人が立ち入らなくなった神社の境内。その奥にひっそりと佇む社殿の屋根が崩れかかっていた。

 「たった2年で...」

 幼少期から慣れ親しんだこの神社が廃れていくことに、翔は子どもながらに少しばかりの寂しさを感じた。

 「いけねえ、帰らなきゃ」

崩れた社殿の屋根越しに見えた空が暗くなっていることに気付き、翔は慌てて鳥居の方へ駆け出したが、すぐに足を止め空を見上げた。

「ん?もうそんな時間だっけ?」

 ほとんど365日、毎日同じ場所、同じ時間にトレーニングをする翔は、自分の体内時計と空の暗さに違和感を感じた。

 「なんか、おかしいな....。まいっか」


その時、再び鳥居に向かって歩き出した翔の前に、大男が立ちはだかった──


「霧島ぁ!探したぜ!ここで会ったが100年目だぁ!この前の借り返させてもらうぜぇ!」

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