神様ざまあ代行 ~神様から力を授かったけど、なぜか「世界を壊す」という条件付きでした(異世界転生はしなかった)~

鈿寺 皐平

拝啓、俺の両親。俺はどうやら神様のざまあ代行になっちゃったみたいだ。

 自分が今、天国という場所にいるのだと分かったのは、巨大な金の玉座に座る大男を目の当たりにした時だった。


「迷える魂よ。よくぞ参られた」


「あ、どうも」


 その図体に劣らない荘厳そうごんなオーラを放ちながら、男は俺に向かってそう言い放つ。対して俺は、小さな体に似つかわしい小さい声で応えた。


 聞き返されても文句は言えないが、しかし、その男の耳には届いてたようだ。


「うむ。して、其方そなたは現世で命を落としたという自覚はあるか」


「……まあ、あります」


 その時は営業周りで疲れてたし、正直どんな風に亡くなったのかは記憶にない。というか全身に強い衝撃が来たかと思えば、気付いた時にはもうここに立っていた。


「それは良かった。記憶なくここに来る者も少なくはない」


 俺はあるに当てはまるのか分からないけど、とりあえず何も言わず話を聞こう。


「其方は現世で厳しい生活の日々を強いられていたようだ。嘉手かてない玄人くろうと。どうだ? ここでなら私も其方に力を授けられる。受け取る気はあるか?」


「力、ですか」


 大男に圧倒されてるせいか、今まで見たことない景色が目の前に広がってるせいか、イマイチ男の話に集中できない。


 だけど力の話は不思議とすぐに理解できた。この後の流れも生きてた頃によく見ていたアニメやライトノベルでなんとなく察せる。


「はい。いただけるのであれば、ぜひ」


 内心ワクワクしてるけど、言葉には出さないよう努める。だってこんな大男の前で下手なことしたら足で簡単に潰されちゃいそうだし。


「良かろう。ただし、力を授けるにあたって一つ条件がある」


 なるほど? こういう話が来るってことは相当強大なものなんだろう。


「この力で、世界を壊してくれ」


「……」


 異世界転生の現実味の無さは承知してたけど、現実の方も割とそんしょくないな。


「すみません。どういうことでしょうか?」


「言葉通りだ。世界、いや其方のいた生存圏では宇宙と表した方が的確だな。其方には力を授ける。その代わり、いつでも良い。其方がいた生存圏を私が授けた力で破壊するのだ」


 さすがにこれは大男に圧倒されてるからだとか、見たことない景色に目を奪われていたからだとか、そういう理由で理解できていない訳でもない。


 純粋に分からん。なんで?


「いつでも良い、ですか……」


「其方の意志で良い。しかし、場合によっては催促するやもしれぬ。その時は私に免じて早急に頼む」


「はぁ……」


 とりあえず頭の隅にだけ入れておこう。俺はちゃんと聞いた。いつでも良いと。なら別に急いでやることもないだろ。催促された時にでも改めて理由を聞こう。


 これでもし怒られても、俺はもう知らん。


「分かりました」


「よし。では、其方に力を授ける」



***



 あの男の人に聞いたのだが、別世界への転生ではなく、この天国で日々を送って欲しいとのことだった。傷心してる人は皆、天国でその心を癒していると聞く。


 俺もまた、その一人として数えられた。加えて力も授かった。それがどういうものなのか特に説明なく授かってしまったから、どんな力なのか試しに使ってみたいけど……。


「世界を壊せ、か……」


 あの言葉を聞いたら、安易にここで使うのもはばかられる。周囲には見知らぬ人達が雲の絨毯の上を縦横無尽に駆けていた。まるで子供のように、だけど顔つきはしわが浮き出た老人の方がほとんどだ。


 背中に生やした白い翼を悠々と広げながら走り回ったり、中には腰を下ろして慎ましく話していたりもする。労働地獄の現世とはかけ離れた、まさに天国と言う名に相応しい世界。


「あなた、新人さん?」


 遠目に戯れの景色を眺めていると、一人の女性が俺に声を掛けてきた。


「はい。今日、ここに初めて来ました」


「あ、そうなんですか! 神様とはもうお会いに?」


 彼女の顔つきからして、二十代くらいだろうか。若いな。でもここは天国。こんな子が若くして亡くなってしまったんだと思うと、悲しいことだ。


 かくいう俺も三十代半ばでここに来てしまった訳だけど……。


「はい、会いました。私は、ここにいるよう言われて……。あ、あとなんか力を授かりました」


「え、そうなんですか! 神様から!? すごい! どういう力なんですか?」


「それが、特にどういうものなのか言われてなくて……。まだ使ってみてもないんで、よく分からず……」


「へー! 良ければ見せてくださいよ!」


「えっ……」


 まあここはものすごく広いし、誰もいない方に向けてやれば……大丈夫か。


「まあ、じゃあ……」


 とりあえず、誰もいないところに人差し指を向けて……


──力の使い方って、どうすれば……

──何も難しくはない。人差し指の先を対象に向け、力の名を呼べばよい。其方に授けた力の名は


■■バニシュ


 そう口にした途端、落雷のような轟音がこの場一体に響き渡った。自分で出した力なのに、驚いて自分の体が軽く跳ねる。


「……えっ」


 おそるおそる周囲を見渡すと、さっきまでいた人達が誰もいなくなっていた。


 俺はただ、口がポカンと開いたまま唖然とする。同時に、自分はやってはいけないことを堂々とやってしまったのだと理解した。


 もしかして、俺……やっちゃいました……?


「これは一体どういうことです!?」


 ふと、広場にポンッとまたたく間に現れた一人の女性。彼女はあの大男、神様と同様に巨大な体をしていた。


「そこのあなた」


「あ、はい……」


 こちらを見下げる彼女を前に、もう死んでるはずなのに、俺は癖みたいに死を覚悟した。


「これはあなたがやったのですか?」


「あ……はい。すみません。私がやりました。申し訳ないです」


「どういうことです!? そんな神のような力を……」


「いや、神様から授けていただいた力なので。ただどういうものか分からず、試しに使ったら……このようなことに……」


「はぁ……」


「すみません……」


 まるで生前の、会社で困り果てた上司を前にしてたあの気分が呼び起こされる。顔に手を当ててため息を吐くところとかまさにそれ。


 もうそれされるとこっちは何もできず心が痛むだけなので、あの……殺してください。死んでますけど。


 生前の会社員の記憶に苦しんでいると、傍らで彼女が大きく手を二回叩く。すると、広場から消えた人達が再び姿を現した。


「あ、あれ? あ、新人さん! 無事でしたか?」


「あ、はい。私は、全然……」


 手を叩いただけで……もしかして、あの人って……。


「あ、女神様!」「女神様だ! ありがたい!」「女神様ー!」


 周りの人達は大きな彼女の存在に気付くと、皆一斉に女神様と称え始める。この世界の神様って、あの男の人一人だけじゃないんだ。


「あなた。私に付いてきてもらいます」


「あ、はい」


 これは……役員の方々に叱られに行く時に似てるなぁ……。



***



 手を叩いたら消えた人達が元に戻った。そして彼女、女神様が指を鳴らすと、俺と共にあの金の玉座がある場所へと移動してきた。


 簡単な所作ひとつで何でもできてしまうのは、まさに神様としか言いようがない。僕の力は口に出さないと発動しないけど、女神様は何ひとつ発することなく力を使えている。


 その出で立ちといい、存在感といい、この方も神様同様に圧巻だ。


「ゼウス、お話があります」


「急に現れたかと思えば。どうした、ヘラ」


 お二方に名前あったんだ。まあ、普通はあるか……。


「ゼウス。この方になぜを授けたのです?」


「別に力を授けることは何もおかしなことでは無かろう」


「それはそうです。しかし私がたずねているのは、なぜなのか、です。こんな強大な力を一天使に授けている訳は何ですか? 彼、誤ってこの天国で使用し、天使達を消し去ってしまったのですよ? 危うく皆、無に帰すところでした」


 おぉ……。そういえば、会社の誰かがクラウドのデータを消してて肝冷やしたことあった。俺も力を使ってそれをやっちゃったってことか。事の大きさを今理解しました。


「それは……彼の生存圏を、その力でほうむってもらいたいと考えたからだ」


「なぜです? するとしても、なぜ彼に? 神のあなたがやればいいじゃありませんか」


「私が行えば天罰てんばつが下る。しかし神以外の者であれば、おとがめ程度で済む」


 なんですか、その下の者のせいにして自分が全責任を負わないように逃れようとする無能部長みたいな考えは。


 当然、女神様は呆れたとばかりため息を吐いていた。


「おおよそゼウスの考えは読めました。しかし彼の生存圏を壊す、壊してもらいたいという理由が分からない。説明してください」


 女神様がそう訊ねると、神様でもこんな顔をするのかと、眉間にしわを寄せて下唇を噛む。その表情は人の子同然のように見えた。


 そんな顔をされたら、俺も思わず同じ顔をしてしまう。なんて力を授けてくれたんだと訴えてしまいそうだ。


「彼の生存圏は、もともと私の管轄かんかつだった。だが、あの女神イオが私の管轄を奪ったのだ。その復讐のためだ。だが、神が神に裁きを下せば天罰が下る。だから彼に神の力の一つを授けたのだ」


 とんだ責任の押し付けだな……。そんな大事のために俺はこんな力を授かってしまったのか……。


 いや、強い力を貰えるならそれはありがたいけど、厄介事に巻き込まれるのは御免だよ? さすがに。


「はぁ……。それを聞いて、なお呆れました。彼を、一天使を復讐の道具にしようなど、神として有るまじき発想。堕天させられても文句は言えませんよ」


「構わぬ! 元より私の管轄を、私の知らぬ間に管理権を奪取したイオが悪いのだ! 例え地に堕ちようと、私の行いに過ちなどない!」


 その巨体で感情的になられるとさすがに身がすくむ。暴れられたら俺は神様の足の裏で無に帰すんじゃないだろうな……。


「落ち着いてください。もう分かりました。渡してしまったのであれば、仕方ないです。あなた、申し訳ないですけど、ゼウスが言っている世界の破壊を執行していただけませんか?」


「あ、えーっと……その、私がいた世界って、私の家族とかもいるんですけど……」


「それは心配なさらないで。そのご家族はいずれこのたましいに降り立ちます。その時の対応は私の方で行いますので」


 それってつまり、地球にいる人全員死んでここに来るってことじゃないですか。俺、そこまで全世界を恨んでるとかでは……。


「でも、別に消したいとかは……。それにみんな、まだ自分の人生を歩みたいと思ってると、思うんですよね」


 クソみたいな上司と部長と課長は除いて。


「心配するでない。人の住処すみかはいくらでも創れる。必要ならば其方のいた世界を模倣した世界を創造し、そこに皆を移そう。ヘラにそうするよう頼むこともできよう」


「あー……そう、ですね……」


 二人の神様を前にすると、俺の話してる次元がすごく低く思えてしまう。


 まあ神様ともなると世界を一つ消すことも創り出すことも容易たやすいんだろうなぁ……。蟻の気持ちってこんな感じなのかな。



***



「それはすまない。伝え損ねていた。其方に授けた力は、対象に指先を向けるだけでなく、その対象の名も呼ばないと無差別に力を振るってしまうことになる」


「あ、そういうことだったんですか」


 話してるうちに、俺は自分が住んでいた世界を壊すことにした。この神様が世界を壊せと何度もせがんでくるので、その押しに負けたというところだ。拒んだら拒んだで踏み潰してきそうだったし。ごめん、地球の皆。


 俺は今、神様の肩に乗って別の場所へと移動してきた。そこは数々の世界が管理されているという、かいという名前の部屋だった。


 中はまるでシャボン玉のように透明な球体がいくつも浮いている。神様はその中にある一つの球体を掴んだ。


 大きさは肩に乗っている俺よりもはるかに大きい。下手したら小惑星くらいはあるんじゃないかという大きさ。俺のサイズだと果てしなく大きく見えてしまう。


「これが其方のいた世界、アカシックという名の世界だ」


「アカシック……」


 球体に映し出されているのは、まさに宇宙の景色そのもの。だけど地球がどこにあるのか見当はつかない。分かるのは何千何万とある銀河だ。


「この世界に対して力を使う時は、この球体に指先を向け、この世界の名を呼んだ後に力の名を叫ぶ。さすればこの世界は消滅する」


「……分かりました」


 こんな壮大な空間、こんな巨大なものを、俺の小さな人差し指と力を呼び出すだけで本当に消せるのか……? 蟻が地球を破壊するところを想像できないくらい信じられないんだけど。


「よし。私は隅の椅子にしている。私の合図があるまでは消滅させるのを待って欲しい」


「分かりました」


 何か準備することでもあるのだろうか。だとしたら、俺が放つ力でも通用するような、何か増幅させるものを用意してくれると助かるな。


 多分、俺だけじゃ無理だと思う。さっき間違って発動した時も、消えたのは天国にいた人達だけだったし。


 俺は神様の手を借りて、そっと床に足を付ける。すると、神様は掴んでいた球体を俺の近くにそっと置いた。こうして対面してみると、本当にでかい。実際の月を目の前にしたらこんな感じなんだろうか。


 まあ俺は、ただ神様に言われた通り、俺の世界を壊すだけだ。会社員時代の上の奴らの人生も全て壊す。というか、こっちの世界に来ることになるんだろうな。


 まあ、だとしても俺はもう死んでるし。もうどうでもいいか。改めてすまん、地球の皆。


「嘉手内玄人! 大丈夫だ! 始めて良いぞ」


 そう遠くから声を掛けてくる神様。その手にはまた別の球体が握られている。距離が遠すぎるのと視線の位置が低すぎて、俺からはそれに何が映っているか分からない。


 まあ、とりあえず合図が出た。始めよう。人差し指をこの球体に向けながら……。


「……よし」


 拝啓、俺の両親。俺を生み、育ててくれてありがとう。こんな形で亡くなってしまて申し訳ない。だけど今はもう大丈夫。こっちで元気にやれそうだよ。心配しないでくれ。無事に成仏もできて天国にいるからさ。


 心の中で両親への感謝を述べてから、俺は再度狙いを定め、口を開く。


「アカシック、消滅バニシュ


 俺がそう言い放った途端、球体の中に映し出されていた景色が一瞬で真っ黒になった。跡形もなく、映っているものは何もない。本当に無だ。


 まさかこんな小さな俺でも、たった一言で……。これが……神の力のひとつ、消滅バニシュ


「あーはっはっはっはっ!」


 すると、遠くの方から大仰に笑う神様の声が突風の如く聞こえてきた。


「見よ! この慌てふためいた顔を! ざまあないわー! 良かったぞー! 嘉手内玄人! 其方のおかげで復讐成功じゃー!」


「あ、はい。良かったです……」


 神様が満足で何よりですが……待って。これ、冷静に考えたらもしかして俺、神様の復讐代行みたいなことしてないか?


 代わりに俺が、その……ざまあしちゃったってこと? ざまあ代行ってこと? なんだそれ。


「あーはっはっはっはっ! 勝手に私の管轄を奪うからこうなるのだ! これで貴様もまた、私の元に戻るしかないなー! あーはっはっはっはっ!」


 とりあえず今日分かったことは、力の差は圧倒的だが、人も神も性根はあんまり変わらないってところかな。



***



「嘉手内玄人、其方良い消滅バニシュだった。世界の消滅も、どうやら私のせいにならずに済みそうだ」


「それは……良かったです」


 あれから結構な時間、神様は満足そうに球体を眺めていた。


 俺はというと、本当にこのアカシックという世界を消滅できたのかイマイチ実感がなく、ずっと映っている暗闇と睨めっこしてた。


「其方、どうだ。これも何かの導き。私の復讐に付き合ってみる気はないか」


「え……」


 いや、絶対面倒な奴だ。ていうか、そもそも人の子が神の復讐なんかに首突っ込んでみろ。死……じゃなく、無一択だわ。


「いや、そんな大それた仕事、私なんかには荷が重いというか、器じゃないというか……」


「何を言う。実際に其方は世界を消滅させてみせたではないか」


「それが……ちょっと、分からなくて……。誤って天国で使った時は、他の人達が消えただけですし。今回も、銀河がちょっとだけ消えるとか、そう思ってて……」


「それは、私の神の力だからだ。私の生存圏ではそんな大した力を発揮しない。そのように力を調整しているからな」


 さすが神様。ちゃんと考えておられる。


「あの……じゃあ、分かりました。すみませんけど、もうこの力は返します。私になんか、上手く使える代物では……」


「いや、それは無理だ。神が人に授けた力を、人から再度受け取ることはできない。だからその力はもう其方のものだ」


「……え?」


 いや……うっそでしょ?


「それ、本当に言ってます?」


「本当だ」


「……マジですか?」


「マジじゃ」


 マジかよ。マジって言葉、通じるのかよ。さすが神様だわ。


「私にはまだ、いくつかしたいと思っている復讐がある。良ければ付き合ってもらいたい。なに、神との戯れとでも思えばよい。お咎めもそこまで重たいものでもない」


「……うーん……」


 拝啓、俺の両親。もしかしたらこっちの世界でもやっていけるか分からなくなってきました。


「私の、神の復讐代行。どうだ? 無論、報酬は用意しよう。なんでも良い。其方の願い、全て叶えよう。ただしひとつの依頼に対してひとつだけという制約は設けてさせてもらうがな」


「……はい……」


 俺はどうやら、神様の復讐ざまあ代行になっちゃったみたいです。


 まさか、こんなことになるなんて……。いや、承諾しちゃったのは俺の方なんだけど……。でも……断れないよなぁ……。こんな大男に上からせめられて……何でもひとつ願いを叶えるって言われて……断ろうにも、断れないよぉー……。


「よし、成立だ。これからよろしく頼むぞ、嘉手内玄人」


「……はい……」


 俺は死んで異世界転生……ではなく、天国で神様の復讐ざまあ代行をすることになりました。

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