第15話 「貴族街のゴミは宝の山、あるいは破滅への招待状」
「いいか、ゴミ拾いにも『格』というものがある」
早朝のバルドール。まだ人通りも少ない石畳の道を歩きながら、俺はトング(火バサミ)を片手に熱弁を振るっていた。
背中には大きな麻袋。完全に不審者スタイルだ。
「スラム街のゴミは本当のゴミだ。せいぜい残飯か、穴の空いた靴下が関の山。だが、ここ『貴族街』は違う」
俺たちが足を踏み入れたのは、白い壁の屋敷が立ち並ぶ高級住宅街。
空気すら少し上品な気がする。
「金持ちってのはな、まだ使えるものでも平気で捨てるんだ。少し傷がついた食器、流行遅れの服、そして……不貞の証拠品とかな」
「ゴウさん、目が据わってます。犯罪者の目です」
「人聞きの悪いことを言うな。俺たちは街の美化に貢献する『クリーン・ボランティア』だぞ」
俺は道端に落ちていた空き瓶を拾い上げた。
ほら見ろ、高級ワインの空き瓶だ。ガラス工芸品として売れば銅貨五枚にはなる。
「さあ、お前らも探せ! 宝探しだ!」
「はーい。……あ、あそこに美味しそうなパンの耳が!」
「食べるな! 捨てろ!」
「あら、こんなところにレースのハンカチが。……ふむ、刺繍がほつれていますが、修繕すれば中古品として売れますわね」
シルヴィは食料(生ゴミ寸前)を、ミレーヌは転売可能な服飾品を、俺は換金できそうな金属やガラクタを狙う。
三者三様のゴミ拾いウォーキング。
悲しいことに、俺たちの連携はダンジョン攻略時よりもスムーズだった。
***
一時間後。
俺たちの麻袋はそこそこ膨らんでいた。
欠けた銀のスプーン、片方だけの革靴、少し汚れたぬいぐるみ。
全部合わせれば、今日の宿代くらいにはなるだろう。
「ふふっ、貴族様って本当に浪費家ですわね。こんな上質なシルクを捨てるなんて」
「お肉……お肉は落ちてないかなぁ……」
「よし、そろそろ撤収するか。見回りの衛兵に見つかると面倒だ」
俺が帰ろうとした、その時だった。
とある立派な屋敷の裏口付近。大きなゴミ箱の脇に、ひときわ異彩を放つものが落ちていた。
「……なんだ、あれ?」
それは、豪奢な黒いベルベットの巾着袋だった。
金糸で刺繍が施されており、明らかにゴミではないオーラを放っている。
しかし、ゴミ集積所に無造作に置かれているのだ。
「ゴウさん! お宝の予感がします!」
「待てシルヴィ、不用意に触るな。罠かもしれん」
「罠? ゴミ箱にですか?」
「貴族の闇は深いんだよ。呪いのアイテムとか、暗殺に使った毒瓶とかかもしれねぇ」
俺は慎重にトングを伸ばし、巾着袋を摘み上げた。
ずっしりと重い。
中身は……硬いものではない。何か柔らかいものと、四角いものが入っている。
「開けてみましょう。私が鑑定(目利き)して差し上げますわ」
「頼む。もしヤバそうなら即座に埋めるぞ」
俺たちは路地裏に移動し、巾着袋の口を開けた。
中から出てきたのは、二つのアイテムだった。
一つは、分厚い革表紙の手帳。
そしてもう一つは――。
「……金髪の、カツラ?」
フサフサの、それはもう美しい金髪のウィッグだった。
しかも、かなり長い。ロングヘアーだ。
「あら、女性用……いえ、サイズが大きいですわね。男性用かしら?」
「男がロングヘアーのカツラ? 女装趣味か?」
俺は首を傾げながら、もう一つのアイテム、革の手帳を手に取った。
表紙には何も書かれていない。
パラリ、とページをめくる。
『○月×日。今日も城務めが辛い。部下たちは私のことを「鬼の副長」と呼んで恐れている。違うんだ。私はただ、規律を守りたいだけなのに……』
「……日記か?」
「おじさんの悲哀が書かれてますね」
さらにページをめくる。
『△月☆日。休みの日だけが私の救いだ。このカツラを被り、「リリーナちゃん」に変身している時だけ、私は本当の私になれる』
『リリーナちゃんは魔法少女だ。鏡の前でポーズを取る。「ピュアピュア・ハートで悪を討つ! マジカル・リリーナ、参上!」……ふふっ、可愛いぞ私』
「…………」
「…………」
「…………」
俺たち三人の間に、重苦しい沈黙が流れた。
見てはいけないものを見てしまった。
これは「呪いのアイテム」ではない。もっとタチの悪い「社会的死のアイテム」だ。
「おい、これ……最後のページに署名があるぞ」
俺は震える指で最後のページを開いた。
そこには、達筆な文字でこう書かれていた。
『王国騎士団・副団長 ガストン・ボォルグ』
「ガストン……って、あの『鉄壁のガストン』か!?」
「知ってます! 街で一番強くて怖いって有名な、あのスキンヘッドの騎士様ですよね!?」
「以前、私が教会で寄付を募った時も、『軟弱なこと抜かすな!』と一喝された相手ですわ……」
ガストン・ボォルグ。
身長二メートル、筋肉ダルマのスキンヘッド。
「笑ったら死刑」というあだ名を持つ、鬼の副団長。
その彼が。
休日は金髪のカツラを被り、「マジカル・リリーナ」として鏡の前でポーズを取っている?
「……埋めよう。今すぐ埋めよう。これに関わったら消される」
「賛成です。記憶ごと消去しましょう」
俺たちが全力で同意した時だった。
「――貴様ら、そこで何をしている」
地獄の底から響くような、重低音の声がした。
俺たちの心臓が跳ね上がる。
恐る恐る振り返ると、路地裏の入り口に、巨大な影が立っていた。
朝のランニング中だったのだろうか。ジャージ姿のスキンヘッドの巨漢。
ガストン副団長、ご本人登場だ。
「あ、あ、あの……ゴミ拾いを……」
「ほう、感心な心がけだな。……ん? その手にある黒い袋は……」
ガストンの視線が、俺の手元の「マジカルセット」に釘付けになった。
彼の顔色が一瞬で蒼白になり、次に茹でダコのように真っ赤になった。
「き、ききき、貴様らぁぁぁぁ!! 見たなぁぁぁぁ!!」
「ひいいっ! 見てません! リリーナちゃんのことは何も!」
「名前言ってるじゃねーかバカエルフ!」
ガストンが血管を浮き上がらせて突進してくる。
その迫力は、先日倒したクイーン・スパイダーの比ではない。
これは「殺意」ではない。「羞恥による発作的抹殺衝動」だ!
「逃げろぉぉぉぉ!」
俺たちは脱兎のごとく逃げ出した。
「待てぇ! その袋を渡せ! そして記憶を置いていけぇぇぇ!」
「嫌ですぅ! まだ死にたくない!」
「ゴウさん、袋を捨ててください! 証拠隠滅です!」
「馬鹿野郎! これは『交渉材料』だ! ここで捨てたらただ殺されるだけだぞ!」
俺は走りながら脳をフル回転させた。
相手は王国屈指の騎士。まともに戦って勝てるわけがない。タライを落としても、あの鋼の筋肉で弾き返される未来しか見えない。
生き残る道は一つ。
「取引」だ。
「ミレーヌ! 広場まで誘導しろ! 人目があれば手出しできないはずだ!」
「了解ですわ! ……プロテクション!(銀貨一枚チャリン)」
ガストンが投げた石畳の破片を、ミレーヌの障壁が弾く。
俺たちは死に物狂いで路地を抜け、朝の市場で賑わい始めた中央広場へと飛び出した。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば……!」
人混みに紛れ、俺たちは立ち止まった。
追ってきたガストンも、広場の入り口で急ブレーキをかける。
周囲には買い物客が大勢いる。
流石の彼も、ここで一般人を巻き込んで暴れるわけにはいかないだろう。
「……こっちへ来い。話がある」
ガストンが路地の陰から手招きしている。
顔は鬼の形相だが、目は必死だ。涙目だ。
「……行くぞ。交渉の時間だ」
俺は覚悟を決めて、ガストンの元へ向かった。
***
路地裏の密談。
「……単刀直入に言おう。それを返せ」
「返しますよ。他人の趣味をどうこう言うつもりはありません」
「……中身は、見たのか?」
「熟読しました。『ピュアピュア・ハート』のくだりが最高でした」
「ぐあああああああ!」
ガストンが頭を抱えて悶絶する。
この強面のおっさんが、意外と繊細なハートの持ち主であることが判明した。
「副団長さん。俺たちは貧乏な冒険者です。今日の宿代にも困ってるんです」
「……金か? 金が欲しいのか?」
「人聞きの悪い。これは『落とし物の謝礼』と、俺たちが偶然見てしまった幻覚を忘れるための『カウンセリング料』です」
俺はニヤリと笑った。
ここで大金をふっかけるのは下策だ。相手は権力者。本気で怒らせれば、街にいられなくなる。
狙うのは、「彼が財布からすぐに出せるギリギリの額」。
「……いくらだ」
「金貨二枚」
「高い! 私の月給の半分だぞ!」
「あら? 副団長様の名誉と、マジカル・リリーナの正体がバレて社会的に抹殺されるリスクを天秤にかければ、お安いのでは?」
ミレーヌが横から援護射撃をする。
ガストンは脂汗を流し、しばらく葛藤していたが、やがてガックリと肩を落とした。
「……わかった。払おう。その代わり、誰にも言うな。墓場まで持っていけ」
「もちろんです。俺たちは口が堅いことで有名なパーティですから(嘘)」
ガストンは震える手で懐から金貨二枚を取り出し、俺に渡した。
そして、俺の手から黒い巾着袋をひったくると、宝物のように抱きしめた。
「リリーナ……ああ、無事でよかった……」
「(……完全に変態だ)」
ガストンは俺たちを一度だけ睨みつけると、マントを翻して去っていった。
その背中は、来た時よりも少し小さく、そしてどこか晴れやかに見えた。
***
「やった……やったぞぉぉぉ! 金貨二枚だ!」
俺たちは広場のベンチに戻り、歓喜の声を上げた。
ゴミ拾いに行ったはずが、まさかの一攫千金。
これが「わらしべ長者」ってやつか(違う)。
「ゴウさん、お肉! 高級ステーキ食べに行きましょう!」
「いいだろう! 今日は豪遊だ!」
「待ちたまえ、迷える子羊たち」
ミレーヌが俺の手から金貨を一枚、スッと抜き取った。
「……あ?」
「今回の交渉、私の『精神的圧迫(プレッシャー)』によるアシストがなければ決裂していましたわよね? よって、成功報酬の50%を頂きます」
「半分もかよ! 強欲シスター!」
「さらに、逃走中に使った『プロテクション』代、及び私の精神的疲労に対する慰謝料、口止め料の管理費……」
ミレーヌが次々と理由をつけていく。
「ちょ、待て! じゃあ俺たちの手取りは!?」
「金貨一枚を三人で山分け。一人あたり銀貨三十三枚ですわね。……あ、シルヴィさんの借金分を引くと、シルヴィさんは銀貨三枚です」
「えええええ! お肉が遠のいたぁぁぁ!」
結局。
俺たちの手元に残ったのは、豪遊には程遠い、数日分の生活費程度だった。
だが、俺は安堵のため息をついた。
「まあいい。殺されなかっただけマシだ」
「そうですね。それに、あのおじさんの秘密を知ってるってだけで、なんか優越感ありますし」
俺たちは、街の平和を守る騎士団長の、あまりにも人間臭い秘密を胸にしまいつつ、少しだけ豪華なランチ(B定食)を食べるのだった。
……ちなみに後日、街の騎士団パレードでガストン副団長を見かけた際、彼が俺たちを見てビクッと震え、不自然なほど愛想笑いをしてきたのは言うまでもない。
俺たちは街に、強力な(?)コネクションを作ってしまったのかもしれない。
『余りモノの俺、ネタ特典【金ダライ】で異世界を救うハメになる』 ダルい @dull20190711
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