終末恋愛、ワールドライン・リピート・ハート
Aki、 空き時間に飽きずに執筆
恋のスタート地点がたぶん多めにバグってる
『私にとっての恋愛は、いつだって〝最初から結末がわかっている物語〟だった』
その一文をまるで読み慣れた教科書を暗唱するみたいに心の中でつぶやいていた。
これで何回目だっけ…考えても仕方がないのに。
「ねぇ、本当に瀬戸くんへの告白、今回で辞めちゃうの?」
「……しつこいなぁ。」
テーブルに置かれた冷めきったカフェオレのストローを
私はただカチャカチャと弄った。
ファミレス、高校の放課後のいつもの席だ。
一人が心配そうな顔で前のめりになる。
「もう何回目よ? 躊躇するの、記録更新中じゃん、ギネス級だってば!」
「ギネス級とかやめてよ。別に、たいしたことないし。」
私はできるだけ明るく笑う、けれどその笑顔がどれだけ作り物か
私自身が一番よく分かっていた。
もう一人が静かに口を開く。
「ねぇ、もしダメだったら、明日また私たち聞くよ、何度でも。」
「ああ、いいよ別に、どうせまたフラれるし、なんかもう
ルーティンみたいなもんじゃん。告白して、フラれて、また次を考える
っていうのがさ」
「ちょ、ちょっとは落ち込みなよ!」と一人が慌てながらフォローする様に笑う
彼女たちは、私のこの言い方を『ちょっと変な自虐ネタ』として
受け取ったようだった。
窓の外をぼんやり眺める。
夕方の光がファミレスのガラスに薄く反射していて
いつかの放課後で見た彼の横顔と重なる。
その〝いつ〟も、正確には覚えていない。
「ルーティンなんかじゃない、こんな馬鹿げた呪いから、早く解放されたい」
私の告白は、いつの間にか「今日」を終わらせるための《儀式》になっていた。
ーーー
アラームが鳴る前に目が覚めた。
昨日と同じ時間に目が開いたことに、わずかに胸がざわつく。
窓の外には快晴の空。
やけに眩しくて少しだけ既視感があった。
携帯を手に取り画面を見る
壁紙には、瀬戸くんが笑っている写真
体育祭で友達と楽しそうに笑っている、ごく普通のワンシーンだ。
「よし。」
私はそっと呟いた、今日、この日を特別な一日にする。
もうずっと胸の奥で温めてきた気持ちを今日こそ彼に伝えるのだ。
制服に着替え、鏡の前で何度も笑顔の練習をする
失敗したらどうしよう
もし、彼に変に思われたら。
そんなネガティブな考えが頭をよぎる。
(でも、諦めたくない。今日が『最初で最後』なんだから。)
その言葉をつぶやいた瞬間、小さな違和感が走った
〝この言葉を言うのは初めてじゃない〟ような——。
強引に首を振り、不安を押し込める
緊張と不安を抱えて、学校へ向かった。
ーーー
教室に入ると、友達の一人が私に駆け寄ってきた。
「ちょっと聞いてよー!昨日さ、友達が送ってきた動画に映ってた俳優さん
超絶イケメンだったんだよ!また同じ髪型にするか迷うわー!」
その言葉に、なぜか胸の奥がくすぐったくなる。
——昨日?何か大事なことを忘れている気がする。
「またそれ?この前切ったばっかじゃん
っていうか髪型よりさ、その人がPVで出てるバンドの新曲聴いた?
あの新作、ヤバいよ!」
もう一人がイヤホンを耳に当てながら言う
「ああ、いいよね、放課後カラオケ行こうかなー、どうする?」
二人の他愛ない会話は
〝いつも通り〟のはずだった。
なのに今日は、どこかで聞いたようなリズムで流れていく。
私は違和感を覚えつつ、笑顔で相槌を打ちながら
心の奥のひっかかりを誤魔化した。
瀬戸くんは既に席についていたが、机に突っ伏して寝ており…髪が爆発していた。
私は、彼の姿を一瞬だけ盗み見る。
「ねぇ、瀬戸、また寝癖ひどくない?」と友達が尋ねる。
「普段はマジでだらしないんだよね、あの人。でもさ、この前先生の手伝いで
重い荷物運んでるの見たんだ、ああいう時の顔がなんかずるいんだよ。」
「それな!あと、私たちが困ってる時に、何も言わないでスッと助けてくれる時
一瞬惚れそうになるんだよね。」
瀬戸くんは既に席についていたが、机に突っ伏して寝ており
その姿に私は一瞬だけ息を呑んだ。
……寝癖の具合まで、昨日のままみたいだ——
そんなこと、あるわけがないのに。
「ねぇ、瀬戸、また寝癖ひどくない?」と友達が言う。
〝また〟…。
なんでその言葉に、こんなに心臓が反応するんだろう。
私は、二人の会話に頷きながらも、そっと彼の横顔を見つめた。
爆発した寝癖の下、机に突っ伏した彼は、今日も無関心な世界の住人みたいだ。
『この気持ちを、今日、伝えなきゃ。この日を、特別な一日にしなきゃ。』
胸の奥に
〝今日が特別なのを、誰かに言われている〟ような感覚が微かに残った。
放課後。
私は緊張で心臓が破裂しそうなのを必死で抑え
彼を空き教室へ呼び出した。
ーーー
「瀬戸くん。……あの、話があるの。」
夕日が差し込む教室には、わたしたち二人だけ。
窓の光が、彼の顔の半分だけをやさしく照らしている。
喉が乾く。息が浅い。
心臓の音が、自分の声より大きい気がした。
「好きです。わたしと……つ、付き合ってくれませんか?」
言った瞬間、顔が爆発しそうに熱くなる。
視界が真っ白になって、彼の表情が見えない。
どれくらい沈黙が続いたのかわからない。
「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、付き合えない。」
ほどけるような声じゃなかった。
突き放すでもない、だけど〝決定されている声〟
胸の真ん中に、硬いものが刺さる。
「そ、そっか……わかった。」
目尻が熱くなるのを感じた、ああ、やっぱりダメだった。
涙が溢れる寸前で視界が滲む。
体が震えるのに、足はひとつも動いてくれなかった。
――次の瞬間
悲しみに立ち尽くす私の意識は、そこで暗転した。
ーーー
アラームが鳴るより先に目が覚めた。
目を開けた瞬間、見慣れた天井が視界に入り、私は思わずため息をついた。
(また同じ天井…いや、同じなのは当然だけど…なんか
〝昨日と同じ昨日〟’みたいな……)
携帯を見る。午前7時きっかり。
時間まで〝ぴったりすぎて〟むしろちょっと怖い。
午前7時ちょうど…。おかしい、昨日の告白の失敗の記憶が鮮明すぎる。
リビングへ向かうと、キッチンから母親の声が聞こえた。
「あら、今日早いじゃない。朝ごはん、トーストでいい?」
「……お茶漬けじゃなくて、またトースト?」
「またって? 昨日はお茶漬け食べたでしょ?」
昨日もパンだった記憶が生々しい。
一昨日も……だった気がする。
「何よ、パン嫌だった? 抜く?」
「いや……デジャヴがすごいだけ。」
「寝ぼけてるのねぇ。」
「お母さん、ほんとに今日トーストなの?
昨日もパンだったでしょ……?」
「え? 昨日はお茶漬け食べたじゃない、今自分で言ったでしょ?」
息が止まる。
私は慌てて自分の部屋に戻りベッドサイドの制服を確認する。
昨日着たはずのスカートが新品のようにハンガーにかかっている。
告白した日の制服は
新品みたいにハンガーでピシッとしていた。
(……本当に、戻ってる。)
慌てて制服に着替え、学校へ向かった。
ーーー
教室に入った瞬間、一人の友達が私に駆け寄ってきた。
「ちょっと聞いてよー! 昨日ね、動画に写ってたモデルさんがさ
超絶イケメンで! また同じ髪型にするか迷うわー!」
「は……?」
昨日と同じ言葉。
同じイントネーション。
同じテンション。
わたしは友達の肩を掴んだ。
「今の、それ昨日の話だよね!?」
「昨日? なに言ってるの? 今日初めて言ったよ。」
もう一人の友達がイヤホンを外す。
「寝ぼけてるよ〜放課後カラオケ行く話でしょ?」
「カラオケ……も……?」
(あ、それも昨日聞いた…というか〝昨日の昨日〟も…というか……あれ?)
寸分違わない『再放送』
誰がどう見ても普通の日常なのに、
わたしだけが『異物』になったみたいだった。
教室が急に「なにも変わらない牢獄」に見えて
私はトイレへ逃げ込んだ。
ーーー
(何これ!? フラれたら一日リセット!?
失敗したら世界が「もう一回やってみ?」って言ってくるタイプの地獄!?)
頭を抱えるが、世界は何も答えない、両手で頭を抱える。
脳みそが追いつかない、不意に心に明るい火がついた。
(……でも。リセットしてくれるなら、成功するまでやればよくない?)
自分でもびっくりするほど前向きだった。
根拠はゼロ。胸の中に、不自然なぐらい明るい火が灯る。
(よし……ちょっとずつ変えれば、きっと……!)
こうして、わたしのループ実験が始まった。
ーーー
二回目の朝。
昨日と同じ服装、同じ会話を繰り返す
友達を見て、逆にテンションが上がる。
…その時ふと思いつく
今度は髪型を変えてみよう、イメチェンすれば
彼の反応も変わるかもしれない
勢いで髪を派手に巻き、ちょっと強気なキャラで告白。
今度は髪型を派手に変えて挑む。
が、結果は——
「ごめん、付き合えない。」
(まあ、初回の焼き直しね……はい次!)
三回目。
夕焼けの屋上を狙う。
ロマンチック作戦。
今度は誰もいない教室ではなく、夕焼けが綺麗な屋上に挑戦しようとしたが
施錠されていて断念。
(世界の方が本気で邪魔してくる…!?)
四回目。
熱意が足りないのかと私は彼の好きなものを事前にリサーチして
真面目な想いを綴った長文の手紙を渡す。
「ごめん、付き合えない。」
(…いや、手紙すらダメなの?)
十数回目になる頃には、
彼の「ごめん、付き合えない。」のイントネーションまで
完コピできるようになっていた。
それはもう、声真似できるレベルで。
どうせループするなら、せめて副産物の特技の一つでも欲しい。
でも――
(なんで……変わらないの……?
どれだけやっても……〝ここ〟だけは……)
ーーー
そんなことを考えながら歩いていたら
集中力が変なところで途切れて、歩く足も自動運転モードみたいだった。
階段の前に立っても
自分がそこに立っている実感すら薄かった。
一段、降りる
もう一段。
階段の前に立っても
自分がそこに立っている“実感”すら薄かった。
そして――
一瞬、つま先が空を切った。
その日、階段を降りながら思考に沈んでいた私は
考えすぎて足元がおろそかになり〝階段の途中で足を踏み外した〟
足が空を切った瞬間、
視界がぐにゃっと歪んだ。
(あ、やば——)
体が傾き、階段の縁が迫る。
その時、脳内が白く焼きつぶされた。
——光。
——ブレーキ音。
——交差点。
——誰かが叫んでる。
(……え? 何これ……)
一瞬なのに、やけに鮮明で
でも〝どこか映画みたいに他人事〟な映像。
落ちる、と感じた瞬間、腕が引っ張られる。
気づけば彼の体が、わたしの上に覆いかぶさる形になっていた。
顔が近い。
息の熱まで感じる距離。
心拍数が爆発的に上がる
胸が跳ねた。
初めて告白のした時よりも、心臓がうるさい。
彼は私と同様に目を見開いていた、その顔全体が、驚きと熱で赤くなっている。
彼の瞳が揺れている。
驚きだけじゃない、
〝何かを必死に押し殺している目〟
「…お前、大丈夫か?」
声がやさしい。
わずかに震えているようにも聞こえる。
(この顔…この反応……本当にただの“拒絶”じゃない。
なにか、必死に隠してる。)
その日から、わたしは作戦を変えた。
「告白内容を変える」のではなく
「彼の中の『秘密』の正体を探る」
趣味、好きなもの、タイミング……あらゆる角度から彼に近づく。
だけど返答は——
「ごめん、気持ちは嬉しいけど、付き合えない。」
一字一句、狂いなく同じ。
いつしか私は朝、目が覚めても何の感情も抱かなくなった。
ーーー
『今日も、この日か。』
学校へ行っても、友達の「またモデルさんの話」や
「カラオケ行こう」というセリフが、もうただの〝意味のない音〟に聞こえる。
「……ねぇ、今日のあんた、なんか元気ないけど大丈夫?」
友達の声がする。でも、私にはその温度すら届かない。
以前は笑いを堪えたはずなのに、今はもう〝何も感じない〟
「ねえ、本当にどうしたの? なんかさ…〝ここにいないみたい〟な顔してるよ?」
そう言われても、私はただ曖昧に笑ってみせるだけだった。
昼食のお弁当も味がしない。
あんなに熱中していた音楽でさえ、ただの騒音に感じられた。
「ちょっと……今日のあんた、なんか怖いよ?
返事が全部ワンテンポずれてる。」
そして何より、瀬戸くんの姿を見てもドキドキしなくなった。
階段で顔が近づいたときに覚えていた“あの瞬間の熱”も、もう思い出せない。
告白を何十回も繰り返した私は
心臓の鼓動さえ感じなくなり、すべてが「ルーティン」と化していた。
「瀬戸くん」
そう呼んだ瞬間、彼の肩が微かに強張った
まるで〝聞き慣れすぎた名前〟を、また聞かされたかのように。
その日、瀬戸くんが黒板を見つめていた
目を細めて──見えない何かを〝思い出すように〟眉間に皺を寄せて。
(……何、あれ。そんな表情、今まで……?)
声をかけようとしてやめた
どうせまた、同じ返事が返ってくる。
昼休み、私は購買で新作のお弁当を買う
喉が渇いてるはずなのに
水を飲んでも「潤う感覚」だけが欠けていた。
弁当も、このループの中で唯一、日替わりで味が変わる
「生きている証拠」だった。
しかし口に入れた瞬間、味覚は完全に麻痺していた。
『今日は……味がしない。私…もう…ダメだ…完全に壊れてる…。』
恐怖に襲われながらも、私は告白を続ける。
それはもう「成功させるため」ではなく
「自分が人間であることを確かめるため」の《儀式》になっていた。
告白が百回目に届こうかという放課後。
感情を込めることなく、いつもの教室で告白した
機械のように口を動す。
『好きです。私と、付き合ってくれませんか?』
機械的な言葉で告白をする。
瀬戸くんは、いつものやさしい拒否ではなく
怒りを露わにした。
「…やめろよ…その言い方。
なんか、何回も聞いた気がして……
俺……もう、どうしたらいいんだよ……?」
彼の声は怒鳴り声、ではない。
震えていて、壊れそうで、それが逆に鋭かった。
麻痺していた胸の奥に、久しぶりに熱が刺さった。
私の中で、空っぽだったはずの何かが点火されたみたいに。
感情が一気に爆発した。
「あんたに何がわかるのよ!」
涙が滲んで前が見えない。
「私だけが、何回もフラれ続ける〝毎日〟から抜け出せないのよ!?
私は壊れていってるのに、こんなに苦しんでるのに。もう何も感じないのに!!
あんただけはまるで石みたいに、感情がないみたいに私を拒否し続けるのよ!」
瀬戸くんの顔は驚愕で凍り付いたあと、苦しそうに顔を覆った。
そして――
私の言葉が、やっと彼に『届いてしまった』瞬間だった。
彼は、今にも崩れそうなほど絶望的な表情をした。
涙が止まらない。彼は私の涙を見て、叫びを聞いて
目を見開き、凍り付いた。
(……やっぱり。
この人は、ただ〝拒否してる〟んじゃない)
「……わ、わかった。落ち着け。お前がそんなに苦しいなら…
もう、いい。〝付き合う〟」
彼の声は震えていた。
まるで『何かを破った音』が聞こえるみたいに。
……なのに、私はなにも感じなかった。
もう、心が動かなくなっていた。
「ごめん…今の告白、無し…ごめんなさい。」
彼に背を向けて私に残された唯一の道へ逃げだした。
ーーー
翌朝も、世界は7時ちょうどから始まった。
絶望も、同じ場所からまた再生された。
私は誰の顔にも反応できないまま放課後を迎えた。
五時間目、先生がまた同じところで噛んだ。
教室の後ろで椅子を蹴る音も同じ。
廊下の窓から差し込む光の角度まで、昨日と一ミリも違わない。
私は、その完璧な『再放送』をぼんやりと眺めていた。
もう告白はしない。
ただ、このルーティンの終わりを見届けたかった。
ーーー
(もう無理だ……。何度繰り返したところで、意味なんてない)
教室に入ると、瀬戸くんが窓際で立っていた。
風に揺れるカーテンが、その前髪をわずかに撫でる。
その影の中で、彼の目がわずかに揺れた。
(……まただ。
階段のときと同じ、〝怯えたみたいな眼〟)
私は気づくべきだった。
彼は最初からずっと、わたしを見るたびに
〝同じ場所で〟目を泳がせていたことに。
呼吸を飲み込もうとした瞬間
彼が呼び止めた。
いつもより低い声
怒鳴り声でも、拒絶の声でもない。
焦燥と、迷いと……後悔が混じった声。
立ち止まった私に彼が歩み寄ってくる、彼はいつものだらしない態度とは違う
困惑と焦りの入り混じった顔をしていた。
「なんで…帰ろうとするんだ。話があるんじゃないのか。」
返事ができない。
「違う…違うんだよ。
俺が知ってる〝今日〟とお前が違いすぎる」
何も感じない、息を飲む。
瀬戸くんは、ゆっくり、言葉を選ぶように言った。
「俺……お前が告白して、俺が受け入れた未来を……
何度も『夢』で見た」
驚きで息ができない、私の中で何かが確定していく。
「お前が告白して、俺は応えた。
でも、そのあと――
お前がとんでもなく傷ついて不幸になる未来が見えたんだ」
彼の言葉が響いた瞬間、私は動けなくなった。
「だから…拒絶するしかなかった。
夢で見た『君が傷つく未来』を避けるために」
その瞬間、わたしは確信した。
あのループを感じていたのは、私だけじゃなかった。
「俺は拒絶して、お前を守ったつもりだった。
でも……今日のお前を見て…俺は…俺は……。」
私は涙が止まらなかった。
麻痺して、死んでいた感情が『生き返った様』に急激に戻る。
「予知夢……? 何それ。漫画みたいに非現実的なこと、真面目に言ってるの?」
驚愕と困惑で、頭の中がぐちゃぐちゃになる
しかし彼の瞳の奥に見える切実な痛みは冗談を言っているのではないと
伝わってくる。
悲しみじゃない。
怒りじゃない。
やっと取り戻した〝生きている痛み〟
私が自分で何十回も壊れていった心は、私の失敗や無力さなんかじゃなく
彼の切実すぎる優しさだった。
その真実が私の冷え切った心を一気に溶かて
炉に火を入れたみたいに、点火する様に、心に火をつけた。
彼は私と付き合って、私がひどく傷つき、不幸になる未来を見た
だから私を拒絶することで、その未来に抗うしかなかった
それが彼が『今日取るべき選択 』だったんだ。
麻痺していた凍った心が解けていることを感じていた
涙は止まらないがそれは絶望の涙ではなく
熱い感情が心に、体に戻ってきた証拠だった。
私はここで、絶対に諦めちゃいけない、あなたがどんな未来を見たって……
私が絶対に諦めなければ、運命は変えられる!
私は袖で涙を乱暴に拭い、彼の目を真っ直ぐ見つめる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、
“もう二度と戻れない”と分かっていながら、私は声を吐き出す。
胸は何も感じないのに、喉だけが勝手に震えている。
――でも、これだけは言わなきゃ。
〝人間として最後にすべきこと〟を、まだ失っていない証のために。
私は、ゆっくり、壊れた機械のように口を動す。
今度こそ、『最初で最後』の告白をするために。
彼に向かって震える足を一歩踏み出した。もう戻れない。
――これは百回目にして、最後の告白だ。
「瀬戸くん…
私はあなたと一緒なら、どんな未来でも変えられるって……
まだ信じてる。
だからっ…私と…つ、付き合ってください!!!」
彼は驚いたあと
笑おうとしたのか、泣きそうになったのか――
その境界で、言葉が喉につまって震えた。
「ああ。もう、無理だ。…お前が…そんな顔で言うなら…。
俺は、もう…逃げられない。…お前と一緒なら、どんな運命も乗り越えられる。
お前と…付き合いたい。」
声は掠れていて、呼吸も不安定だった。
まるでずっと胸の奥に押し込んでいた何かが
今ようやくこぼれ落ちたみたいに。
その瞬間、世界が歪んだ。
光の色が変わり、音が遠のき
〝彼の瞳〟に貼りついていた曇りが。
パキンっ―と
はじめて完全に割れた。
『この日』が終わった。
― 運命を変えよう―
わたしたちは、手を握り合った。
ーーー
私たちは「予知夢の日」が来るのをただ待つのではなく
予知夢の〝条件〟を一つずつ潰していく道を選んだ。
瀬戸くんが鮮明に見た《不幸な結末》は、
――『放課後に告白されてから三日後』
――『学校から二本目の信号を渡る交差点』
そこで、私が事故に遭う未来。
もはや夢というより、手触りのある〝記録映像〟みたいだったと彼は語った。
その日の夕方。
私たちは結末の象徴であるその交差点へ向かった。
沈む夕日のせいか、街に長く伸びる影がやけに不吉に見える。
瀬戸くんは落ち着かない様子で、
信号、歩行者、車の流れを何度も確認する。
「……まだ、何も起きないよな」
「うん。でも、来るって決まってる未来じゃないよ」
――そう言った瞬間――
胸の奥がざわついた、思わず繋いだ手にギュッと力が入る。
ぞわり、と体温が一度だけ下がる感覚。
次いで、私の視界の端に“あのノイズ”が一瞬走る。
ほんの一瞬。
交差点で『 倒れ込む私の映像 』がの姿が
〝映像が上書きされる前のコマ〟みたいにかすかに浮かんで
消しゴムで消された鉛筆跡みたいに薄れていく。
それは未来が変わったというより
彼が〝未来として見ていたものの正体 〟が揺らいだ瞬間だった。
「……消えた。結末の映像が、完全に、消滅した」
声は震えていて、でも確かに安堵していた。
繋がる気配が断ち切られる。
糸が切れるような静かな喪失感。
ゆっくりと瀬戸くんがこちらを向く。
表情は、これまでのどんな彼よりも真剣で、優しかった。
「今まで何度も夢を見て、それが現実になった」
瀬戸くんは信号の青をじっと見つめたまま
ゆっくりと言葉を探すように口を開く。
そして、私は尋ねる。
「じゃあ……どうして今、映像が消えたの?」
瀬戸くんは少し照れたように目を逸らす。
「……お前が、あの日、俺に告白したからだよ」
胸が熱くなる。
さっきまで冷たい映像の欠片が残っていた場所に、
新しくあたたかい何かが灯る感覚。
「…なぁ。
俺さ、〝予知夢〟だと思ってたんだ。あの映像」
「うん、そう言ってたよね。」
「でも、違ったんだと思う。」
彼は続ける。
「だから〝確定した未来〟なんかじゃなかった。
ただの〝消せない記憶の残り香〟だったんだ」
夕風が吹いて、交差点の白線が揺れる。
わたしの胸の奥で、何かがストンと落ちた。
私は顔を上げる。
彼の横顔は、夕陽のオレンジに沈んでいた。
ーーー
あの日を境に、私は普通の朝を迎え、新しい日常に変わった。
交差点の白いノイズも、胸の奥に沈んでいた重苦しい予感も
気づけばどこにも残っていない。
次の日。
私はいつもより少し早く学校へ向かった。
寝不足のせいか、胸の奥がくすぐったい。
教室のドアを開けると
相変わらず瀬戸くんは机に突っ伏していた。
寝癖は……今日も爆発している。
「ねぇ、それ、直す気ある?」
私が呆れ気味に言うと、彼は顔も上げずに返した。
「お前が直してくれるなら、たぶん……考える」
あまりにも雑な言い方に、思わず吹き出す。
「考えるだけなんだ」
「だって、お前が笑うの見たいし」
顔を上げた彼は、昨日よりずっと穏やかな表情をしていた。
予知夢だの未来だの、そんな曇りのせいでいつも見られなかった、
その〝素の表情〟
私はため息をついたふりをして、
ポケットから小さなスプレーとくしを取り出した。
「ほら、じっとして。未来がどうとか言う前に寝癖直しなよ」
「はいはい……あ、でもさ」
「なに?」
彼は少しだけ照れたように、ぼそりと付け足した。
「そっちのほうが、俺は安心するんだよ。
〝未来が変わった証拠〟って感じで」
その言葉が胸の奥にあたたかく落ちて
私はつい、彼の髪を引っ張ってしまった。
「痛って! なんで今の流れで引っ張る!?」
「うるさい!動くからでしょ」
瀬戸くんはむくれた顔をしながらも
最後には観念したように笑った。
その笑顔につられて、私も小さく笑ってしまう。
ようやく整った瀬戸くんの頭を軽く叩く。
「はい、完了。エセ未来視さん。」
「もうその呼び方やめろって……」
そう言いながらも、彼はどこか嬉しそうだった。
チャイムが鳴り、いつものざわめきが教室を満たす。
けれど、今日のこの日常は、昨日までのどの日とも違って見えた。
いつもと同じ教室。
いつもと同じ朝。
でも――
私が笑って。
彼も笑って。
ただそれだけで十分に特別だった。
ふと彼が机を指でとんと叩きながら言った。
「帰りさ、寄り道しない?交差点じゃない方の道で」
「……うん。いいよ」
二人の未来が、ようやく〝ただの未来〟に戻った。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
私は、彼と同じタイミングで立ち上がり
同じ方向へ一緒に歩き出だす。
いつの日か、鏡の前で練習した笑顔とは違う顔で。
私達は、心から笑った。
終末恋愛、ワールドライン・リピート・ハート Aki、 空き時間に飽きずに執筆 @Aki_777v
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