D.iary-11繰り返す正午と、消えた一本の傘
窓の隙間から差し込む正午の陽射しがノアの顔に落ちる。暖かさは丁度よく、またありふれた日曜日が来たことを彼に告げていた。 枕元の目覚まし時計は止まっており、微動だにしない。ノアは目を擦り、いつ止めたのか全く記憶になかった。
12:30。
母さんは今日もいつも通り仕事だ。ノアにとって、これは考えるまでもない慣れ親しんだリズムだ。布団を跳ね除け、起き上がり、着替え、洗面までを一気に行う。 日光が顔に当たる。彼は鏡の中の若い顔を見た――幸い、昨夜の夜更かしによる敗北の痕跡は残っていない。
真夜中の待ちに待ったガチャは完全なる爆死に終わった。数週間貯め込んだ希望が一夜にしてゼロになったが、幸いにも「今日の飯代まで突っ込む」という衝動だけは辛うじて抑え込んだ。
今日の昼食の選択が、完全に覚醒したノアにとっての第一議題だった。
『フライドチキンはどうだ?』 左耳で、見えない悪魔が尻尾を振って唆す。 『古典にして偉大なる選択だ――これは週末の特権、疲弊した魂への報酬だぞ』
『聞く耳を持ってはいけません』 右耳の天使は優しい口調だが、無視できない現実主義を帯びている。 『小皿料理になさい。現代人の賢明な選択です。財布のため、そして六日連続で明け方に就寝しているその身体のためにも』
ノアが決断を下せずにいた時、母専用の通知音がスマホから鳴った。ノアはスマホを手に取り、顔認証でロックを解除する。数件のメッセージが画面に躍り出た。
『今日は雨が降りそうね。ご飯は出前でもいいけど、外食するなら傘を忘れずに』 『出前でフライドチキンは禁止よ。不健康だから』 『お母さん今日傘持ってないから、帰るの遅くなるかも。家で待っててね、外うろつくんじゃないわよ』
慣れ親しんだ気遣いの言葉が次々と画面に浮かぶ。いつものように優しく、些細で、母親特有の小言の匂いがする。ノアは無意識に口角を上げ、返信しようとしたその時――湿った風が室内に猛然と吹き込んだ。
冷気だけでなく、明らかな土の匂いを含んでいる。カーテンが膨らみ、また落ちて、壁を軽く叩いた。
ノアは眉をひそめ、ふと目を上げた。
「母さん、今朝なんで窓を開けっ放しにしたんだ?」
本来なら明るいはずの空光が、今はどこか不穏に見える。少し前までは街の輪郭を映し出すほど青かった空が、今は灰白色の雲に端から静かに飲み込まれている。 ノアは開け放たれた窓の前に立ち、窓枠に触れた指先から、風に含まれる言いようのない湿り気を感じた。
窓外の場違いな陰りを見て、ノアは深く息を吸い、窓をゆっくりと引き寄せた。 動作は軽かったが、抑えきれない胸騒ぎが漏れ出ていた――言葉にできない、あってはならない予感が、風に残る湿気のように胸にへばりつく。
鍵をかけた瞬間、部屋は再び馴染みのある静寂に沈んだ。
ノアは机に戻り、スマホを手に取り、遅れた返信を打ち込んだ。極力いつもの軽い調子を保つように。
『母上様の仰せの通りに』 『チキンは食べないと誓います』 『早く帰れるなら帰ってきてよ、心配するから』
送信ボタンを押した直後、チャット画面に新しいメッセージがポップアップした。 ――『OK』。後ろに大きな笑顔のスタンプが添えられている。
そのメッセージを見て、ノアの少し張り詰めていた心の弦がわずかに緩んだ。
議題は再び昼食に戻った。母の指示に従えば、残る選択肢は下で食べるか、健康的な出前を頼むかだ。 ノアは心の中で天秤にかけた。健康と出前の間でバランスを取り、コスト、時間、効果を計算するのはあまりに面倒だ。 考慮の結果、彼は直接下に降りることにした――最も簡単で直接的だ。
一歩、また一歩と玄関へ向かう。その時、視線がいつも母の傘が置いてある場所を掠めた――そこには何もなかった。
「母さん、傘持ってったかどうかも覚え間違えてるのか……」ノアは独り言ち、眉を寄せた。
短い逡巡の後、彼は溜息をつき、指先でスマホの出前アプリを開いた。
「計画変更。出前にしよう」
待つ。依然として待っている。
ドンドン、と。 玄関から急かすようなノック音が響き、ノアは机から立ち上がった。土曜に終わらせるはずだった課題を一時中断する。 視線がスマホを掠める。午後三時。熱乾麺(ルーガンメン)一杯と小菜数品。一時間近い配達時間は、空腹感をより鮮明にさせていた。
ゆっくりとドアを開けると、制服に雨粒の染みをつけた配達員が立っていた。礼を言う間もなく、配達員は商品を彼に押し付け、早足で去っていった。廊下に響く声だけを残して。 「五つ星評価お願いしまーす」
ノアは机に戻り、容器を開けた。熱気が立ち昇り、香りが狭い部屋に充満する。 空腹感は確かにあるのだが、思考は遠くへ漂っていた。 箸が上下し、食べ物が口に入るが、味は舌先に本当の痕跡を残さない。
彼の視界の端が窓外を捉える――ガラス越しに、灰色の天幕が細密な水気によって重く染められていた。 雨足は次第に集まり、落ちる音が窓枠や軒先を叩く。軽微だが止む気配はない。 ノアの心はそれに伴い微かに引き締まる。この雨が既に一定の規模になっていることに気付いた――配達員の慌ただしい姿を見て、初めてその存在を意識したのだ。
雨音と室内の熱気が交錯し、奇妙な静謐さを形成している。彼の手は空中で止まり、箸は食べ物の上で宙ぶらりんになった。まるで次の瞬間には、この窓外の雨に注意を奪われてしまうかのように。
ノアは漫然と一口分の麺を掴んだが、もう片方の手はスマホへと伸びていた。 画面が点灯し、母の微信(WeChat)アイコンが静かに光っている――あの見慣れた笑顔は変わらず温かいが、前回のやり取り以来、新着メッセージはない。
彼は窓外を見下ろした。雨の幕の中で街の輪郭が曖昧になっていく。 雨粒がガラスを叩く音は次第に急促になり、まるで彼の心拍と密かに同期しているかのようだ。
「あ、もう食い終わった」
目の前の空になった容器を見て、ノアの心に名状しがたい違和感が湧き上がった――今日の日常は、平穏の下に何らかの微細な不合理を隠しているようだ。
何かを決意したように、ノアは空の容器をゴミ箱に投げ捨て、手早く身なりを整えた。クローゼットを数分間ひっくり返し、ようやく長らく使っていなかったレインコートを見つけ出した。 装備を整え、彼はそっと部屋のドアを押し開け、室内の暖かさから踏み出した。
階下の廊下は白い蛍光灯に照らされ、湿った空気には排気ガスと泥の匂いが混じっていた。 外の雨音は半開きの窓から伝わり、滴り落ちる音が、この平凡な週末に一抹の緊張感を添えていた。
団地から出た直後、雷鳴が空で炸裂し、ノアの足は思わず微かに止まった。 だが次の瞬間、路面の水溜まりが再び飛沫を上げた。
「待っててくれ、母さん。今行く」
彼は低く呟いた。その声は雨幕に飲み込まれた。
「今度こそ、俺が守るから」
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