【エッセイ】30になるのが怖かった

春生直

第1話

玉手箱を開けた浦太郎は、おじいさんになって絶望してしまったらしい。


今年、30歳になった。

若いとは言えない年齢が、ずっと恐ろしかった。

何かを成し遂げなければ、と思って何もできないままでいて、焦りだけが心を蝕んでいた。

思えば20歳になった時も、そんな気持ちだった。

あれこれと手を出しては、形にならないまま散っていった。


成し遂げなければ。

ーーそれは何を?何のために?

答えを持たないまま、焦燥感だけが育っていった。

そうこうしている内に、一度心を壊してしまった。


今はだいぶ良くなったが、そんなことがなければ、人生でもう一度文章を書こうとは思わなかっただろう。

昔は四苦八苦していたプロットをすぐに練り上げ、1週間で1冊目、次の4日で2冊目を書いた。

こんなにも長い文章が自分に書けることを、知らなかった。


宗教を信じているわけではないけれど、昔、中高で学んだ聖書の授業を思い出す。

「神様は、あなたが必要なときに必要なものを用意してくださる」

なるほど、確かにそうなのかもしれない。

今このようになることを、神様でなくとも、誰かが、もしかして自分が待っていたのかもしれない。


もう一つ思い出すのは、「天職」の英語訳は、”calling” だということだ。

神様に呼ばれているのが、天命ということ。

誰かが呼んでいてくれたのなら、壊れてしまったことは、無駄ではないのかもしれない。


昔は、話を広げられても畳めなかった。自分の苦悩に対する答えもわからなかった。

今でなくてはならなかった、そういう事情が神様の方にもあったのかもしれない。

年齢とは、何かを閉じる扉ではなかった。

むしろ、これまで行けなかったところに連れて行ってくれる鍵だったのかもしれない。


希望というのは綺麗事のようで、なんだかんだ持つのが難しい。

パンドラの匣に最後残っていたのが希望で、それをよすがに人が生きてきたというお話がある。

けれど浦島太郎は玉手箱を開けて年を取り、絶望してしまった。

年齢を玉手箱にしてしまうのか、パンドラの匣にするのかは、選べるのだと思う。

何もなくなってしまったと嘆くのか、希望だけは残っていると思えるのか。


生きる理由なんて、何だっていい。

箱の底に残ったものの名が希望であるのなら、年を取ることはそう怖いことではない。

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