第2話 装備と帰宅



 ◆◇◆◇◆◇



 扉を開くと共にカランカランと聞き慣れた音が店内に鳴り響く。

 防犯対策も兼ねているのだろう客の入りを知らせる音を聞いて、店の奥から人影が現れた。

 20代ほどの外見年齢をした褐色の肌の美女の耳は長く、一目で彼女がダークエルフと名付けられた新人類の一種であることが分かる。



「いらっしゃい、ベリエル。今日も眠そうな顔だね。元気?」


「やぁ、エイラ。今日も美人だな。元気と言えば元気だよ。身体の調子は無駄に好調なぐらいさ」



 最新の治療を受けたのは事実なようで、ここに来るまで歩いたり軽く走ったりした結果、自分の身体の調子が凄く良いことを確認できた。

 懐事情は全く元気じゃないけど、身体の調子が良いことだけは朗報だ。



「そう。元気なら良かった。今日は消耗品の補充?」


「いや、補充じゃなくて、限られた予算内で新たに装備一式を揃えに来たんだ」


「……何があったの?」



 エイラの鋭くなった視線に対して戯けるように肩を竦めると、簡単に事情を説明する。



「とある依頼を受けて見事に達成したんだが、身体と装備を壊してしまってな。身体の治療費で全財産が消えてしまったから、生活のためにも急いで稼ぐ必要があるんだよ」


「……ベリエルがそんな事態に陥いるなんて。広大な荒野の何処かにいる機神や機竜とでも戦ってきたの?」


「機竜はまだしも機神は御伽話だろ。一体何と戦ってきたかは依頼主との守秘義務の契約があるから言えないが、じきに察せられるだろうよ」


「ふーん。まぁ、五体満足で生還できただけ良かったね」


「全くだよ」


「それで、装備一式だったっけ。予算は?」


「200万エィンはあるが、これが今の俺の全財産だから、その点を考慮しつつ良い装備を頼む」


「んー、ちょっと待ってて。店番よろしく」


「あいよ」



 店のバックヤードへと消えたエイラを待つこと暫し。

 カウンター前に突っ立ったまま店内を見渡していると、エイラが全ての商品を纏めて抱えて戻ってきた。

 結構な数と重量だが、新人類のダークエルフであるエイラの身体能力は旧人類を上回っているので、あの程度なら大したことはないだろう。

 抱えた商品によって押し上げられた豊かな胸部につい視線が向いてしまう。

 この程度で彼女との信頼関係は崩れないだろうが、あからさまにじっくりと凝視していた場合は分からないので、視線をカウンターに置かれていく商品へと向け直した。



「結構良さそうな武器だけど、予算内に入るのか?」


「コレは中古で買い取ったやつだから大丈夫。買取後にオーバーホールはしておいたから、使うのには問題ないはず」


「なるほどね。全部でいくらだ?」


「本来なら230万エィンのところをお得意様価格で190万エィンにサービスしてあげる」



 俺が住んでいる2等エリアだったら、両親子供の3人家族が贅沢しなければ1年近く暮らせる金額だ。

 そこまで安くしてくれるとは有り難い限りだ。



「それは有り難いね。じゃあ、それで頼む」


「毎度あり。ここで着けていく?」


「そうだな。手に持っていくと荷物になるから装備していくか」



 エイラに手伝ってもらって購入したばかりの装備一式を身に付けていく。

 身体能力の強化補助と防具としての機能を持つイカしたデザインの黒いボディスーツであるクライン社製強化魔動服〈リーヴMkⅢ〉。

 ナイフから大太刀クラスまで刀身を伸縮させられるテンモク社製液体金属製刀剣〈風月〉。

 実弾と魔力弾の両方を使用できるオルガン社製魔導機巧銃〈ベルベット〉。

 大型のバックパック2つ分ほどの収納容量を持つ亜空間ポーチを一つ。

 あとは、亜空間ポーチや武器を吊り下げるベルトやハンター活動用の丈夫な靴などを着用していった。

 入院前の装備よりも2、3世代ほど劣る装備だが、無手と比べればマシなので文句はない。



「サイズもちょうどいいな。ありがとう。良い買い物だった」


「うん。頑張って稼いでまた金を落としに来てね」


「はは、了解」



 エイラの正直な物言いに苦笑すると、彼女に礼を言ってから店を後にする。

 エイラの店は2等エリアの中でも1等エリアに近い立地なので周囲一帯の治安が良い。

 だが、俺の家がある場所は同じ2等エリアでも3等エリア寄りなので、少し治安が悪い。

 治安が悪いと言っても下層民区とも呼ばれる3等エリアや、最下層民区の4等エリアと比べれば断然治安が良いのだが、2等エリア内に限れば物騒な場所なのは間違いない。

 

 一般的な服装かつ無手のまま1人で此処まで戻って来ていたら、変なのに絡まれたかもしれない。

 素手でもそこらのチンピラ程度なら簡単に始末できるが、やはり面倒ごとは避けるに限る。



「いや待てよ。敢えて絡みに来させて返り討ちにして、金を巻き上げるという手もあるな」



 しまったな、と思いながら、路地裏に見え隠れしているチンピラ達へ視線を向けると、チンピラ達は顔を真っ青にして路地裏の奥へと逃げていった。

 無駄に生存本能の高い奴らだな。


 獲物を逃したことを残念に思いながら自宅に到着する。

 この辺りでは最高峰のセキュリティを備えた集合住宅なだけあって、エントランスには防犯用のガードロボットが複数機配備されている。

 これだけセキュリティレベルが高いのもあって家賃は30万エィンだ……頑張って稼がなくては追い出されてしまう。

 そんなガードロボット達に見られながら生体認証でオートロックを解除して中へ入る。

 エレベーターで上階へ上がってすぐのところにある自宅の前で再び生体認証を行い、更に暗証番号を打ち込んでドアのロックを解除した。



「ただいま、っと」



 雑多な男部屋といった有様の自室を見ると、家に帰ってきたことを実感する。

 やはり我が家が一番だな。



「まぁ、すぐにまた出掛けるんだけど。えっと、アレは何処にやったっけ……あったあった」



 昔、依頼の報酬で貰ったまま放置していた食料合成機を物置き部屋から引っ張り出してくる。



「うん。賞味期限は大丈夫だな」



 一緒に貰った栄養材の封を開けて食料合成機にセットしてからスイッチを押すと、栄養バーが次々と生産されていく。

 食料合成機は便利ではあるが、このタイプで作れる栄養バーの味はあまり良くないので一度も使ったことがなかった。

 これまでは専門店で長持ちする美味い食料を買っていたが、今は無駄遣いできないのでコレで凌ぐしかない。



「うん……不味いな。こんなに不味いのを食ったのはいつ以来だろうか」



 昔の記憶を振り返りながら試しに食べた栄養バーを食べ切ると、密封された状態で排出された栄養バーを全て亜空間ポーチに入れていく。

 続けて、ウォーターサーバーの水──こっちは美味い──を以前使っていた魔導水筒を棚から取り出して汲むと、これも亜空間ポーチに放り込む。

 最後に、家に残っていた探索者活動に使う細々とした道具も亜空間ポーチに放り込めば準備は完了だ。



「さて、それじゃあ借金返済のために依頼を受けに行きますかね」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る