短命な彼女と付き合う日常とか

アヌビス兄さん

第1話 それでも僕は恋をする

「タカマチくん、好きです。付き合ってください」

「は? なんで?」


 呼び出された時はカツアゲでもされるのかと覚悟して、今日は購買部に行かなかったのに、100億%予想していなかった事態に困惑している。クラスメイトで、多分学校でもめちゃくちゃモテるであろうカースト上位の一之瀬におさんに、俺は告白されたらしい。


「一之瀬さん。えっと……付き合ってください。というのは? 何を付き合えばよくて? 好きというのは何が好きで? タカマチくんは俺だよね?」

「日本語は後ろから訳していかないよ。あははは! 一応、彼氏になってくださいの“付き合ってください”で、私は恋をしているの“好き”で、その相手はタカマチ・ヴェリヴェンドール・ジウくんのことです!」


 俯いて顔を真っ赤にした一之瀬におさん。俺はいまだに状況が理解できず、キョロキョロと周りを見ては、誰かが俺を監視しているんじゃないかと疑っていた。当然これは罰ゲームか何かなんじゃないかと思っていたが、俺は小さく。


「はい、喜んで」


 と、居酒屋みたいな返しをしてしまったけど、一之瀬におさんは俺を見上げるように見つめて、「本当に?」と言うので、「あの、俺でよければ」とそっけなく返した。すると一之瀬におさんは、さっきよりもさらに顔を赤らめて「夢みたい」と呟いたあと、俺に太陽みたいな笑顔を向けて。


「これからよろしくね! タカマチくん!」

「あの、えっと。こちらこそ」

「今日、一緒に帰ってくれる?」

「その……うん」


 そんな午後の休憩時間。

 高校一年生。とりわけ仲の良い友達もいない。勉強もスポーツも並みくらいの成績で、趣味もない。高校に行かずに働いてもよかったけど、母さんが“無償なんだから大学までは出ておきなさい”と言うので、夢も希望もあるわけじゃないけど、とりあえず通っているだけ。

 世界中のどこにでもいるモブの一人だと思っていた。少年漫画にありがちな冴えない男の子がクラスのマドンナに好かれたり、地味な女の子が息を呑むようなイケメン達にチヤホヤされる少女漫画みたいな展開は、その冴えない男の子や地味な女の子にそもそも魅力があるからであり、いつも死んだ魚みたいな目をしている俺に魅力などというものがあるわけはない。

 やはりこれは中長期目線で行われている罰ゲームか、俺に対する冷やかしなのではないだろうか?


「委員長号令」

「起立、礼」


 そんな事を考えていると、ホームルームが終わった。俺は教室を見回して一之瀬さんを探す。


 いない。


 ほっとした自分がいた。俺なんかと一緒に帰りたいと思う稀有な人がいるわけがない。それも学校でも人気者の一之瀬さんがそんな事考えるはずがないんだ。俺は安堵しながら下駄箱で靴を履き替え、校門を抜け……抜け……


「やっ! タカマチくん。門の前で待ってるやつ! 一度やってみたかったんだ! 帰ろっか?」

「は、はい。ご一緒します」

「ふふふ、なんか照れるなー」


 なんだこれは……

 サラサラのショートヘア。なんかいい匂いするし、一之瀬さんが俺とたわいない会話をしながら笑っている。これは罰ゲームじゃないのか? 罰ゲームでこんな笑顔が果たしてできるのだろうか? 一之瀬さんからすれば罰ゲームで、俺からすればこれはいくら払えばいいんだろう? ってくらいのご褒美だ。


「あの、一之瀬さん。聞いてもいいですか?」

「どしたの? 聞く聞く! 何?」

「その……こんな俺のどこが好きなんですか?」

「強いて言うならまず顔だね! ここは外せない! それに、タカマチくん。みんながあまりやりたがらない教室の掃除とか進んでやってくれるでしょ? あとは体育の授業かな。この前の持久走を走ってた時、カッコいいなーって思って一目惚れって言うのかな? いやちょっと待って! なんか恥ずい! 私、決して惚れやすいとかじゃないからね!」


 本当に俺のことを好きでいてくれる人がいるんだ。


「ありがとう。好きになってくれて。でも、俺で本当にいいの?」

「うん。この瞬間もタカマチくんのことが好き。私のことも同じくらい好きになってもらいたいかな」


 可愛い。

 それからどんな会話をしたのか、あまり覚えていない。頭がパンクしそうで、一之瀬さんと連絡先を交換した後に別れた。家に着くやいなや、俺は部屋にある一冊の本を取り出した。


【人権の本】


 中学校に入る頃、全員に配られた本。

 それは2000年代初頭、温暖化の影響で害虫が増えたことへの対策として、かつて日本と呼ばれた国が爬虫類をベースに生み出した生物農薬──バイオプレデーション。


 その技術の転用で人の寿命が延ばせるのではないかと研究が進められた。細胞分裂に必要な化学物質を体内で生成できるそれら実験人種は、当初、労働力として運用される事になった。

 しかし、すぐに人権団体や各方面からの指摘により、人権が擁護され、人口が減少。一部労働力の対策として志願した人々は、国から保障されるようになったらしい。そしてその末裔──それが俺を含む、平均寿命250歳〜300歳の調整人種エルフの存在。遺伝情報が調整人種ではない一般人種と違う為、調整人種と一般人種間で交配はできない。

 そんな俺に、一般人種短命の彼女ができた。

 これは、うまく行かないと言われた多種族間の恋愛事情とか、平たくいうと俺の惚気話である。

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