男女の立場が入れ替わった世界で俺は最高額の花魁になったらしい ~奴隷から成り上がる転生物語~

第1話:どうやら私は飾り物として生まれたらしい

生まれ変わった瞬間というものは、もっと劇的な何かがあるのだと思っていた。


光に包まれるとか、女神に抱きしめられるとか、せめて「ようこそ転生者よ」と一言くらいはあってもいい。


しかし実際のところ、私が最初に聞いたのは産声と、その直後に飛び交う慌ただしい足音だけだった。


どうやら私は、静かに生まれ、静かに泣き、そのまま静かに布に包まれたらしい。


それでも周囲の反応で、なんとなく状況は察せられた。


どうやら私は貴族の家に生まれたようで、何より驚いたのは、私を抱き上げた女性たちの声が、やけに落胆していたことだ。


「ああ、男の子か」「また政略の駒が増えるだけだな」などと聞こえてきて、私は産まれて早々、胸のあたりがひやりとした。


男児とは嬉しくないものらしい。世界がそうなら、私は従うしかないのだと思う。


それにしても、転生前の私は三十路を迎えてなお童貞で、魔法など縁のないただの一般人だった。


けれど、この世界の空気に触れて、私はすぐに理解した。


この身体でなら、魔法が使えるらしい。


特別な才能というより、呼吸をすれば肺が膨らむのと同じ自然さで、魔力が体に巡っている。


前世で努力しても指一本動かなかった超常の力が、今は指先の感覚の延長になっているのだから不思議なものだ。


ただ、魔法が使えようと、この家では男は飾り物でしかない。


小さい頃から本の読み書きばかりしていた私に使用人たちは不思議そうな顔を向けるのだが、それでも咎められはしなかった。


どうせ外に出ないのだから、何をしても同じだろうという空気があったのだと思う。


成人を迎える日、私は静かに礼服を整えていた。


本当はもっと落ち着いた色が好きなのだが、赤い生地はこの国では若い男の象徴らしい。


意味はよく分からない。


けれど意味を尋ねるほど、私は無邪気ではなくなっていた。


そんな折、屋敷が揺れた。


大きな地震かと思ったが、すぐに怒号が響いた。


鉄のぶつかる音、ガラスが割れる音、何か重いものが倒れる音。


私の部屋の扉が乱暴に開き、武装した女たちが雪崩れ込んできた。


全員が獣のように鋭い目をしていて、私を見つけた瞬間、その視線が値踏みのものへ変わった。


「いたぞ、商品だ!」


商品。

私は一度もそう呼ばれたことがなかったが、妙にしっくりきた。


飾り物である以上、売り買いされるのも筋だろう。


抵抗するのも面倒で、私は大人しく捕えられた。


静かな暮らしとは、どうやらだんだん遠ざかっていくものらしい。


その後のことは早かった。


縄で縛られ、荷馬車に運ばれ、奴隷商へと売られた。


けれどそこでまた奇妙なことが起きた。


私は思いのほか“高額”だったのだ。


読み書きができること、礼儀作法が身についていること、魔法が扱えること。


そのすべてが珍しいらしく、奴隷商の女主人は目を丸くし、すぐに値札を書き換えた。


「これは……高く売れるぞ。下手をすれば城にまで持っていけるかもしれん」


それを聞いたとき、私は少しだけ嫌な予感がした。


高く売れるというのは、つまり、気軽に買われていくことがなくなるということだ。


身請け金が上がりすぎれば、誰も手が出せなくなる。


私としては、もっと静かな場所で穏やかに暮らしたかった。


畑仕事でも良かったし、書庫の掃除でも良かった。


なのに価格が上がるたびに、そんな願いは遠ざかっていく気がした。


案の定、高すぎて買い手がつかなかった私は、遊廓へと流されることになった。


奴隷商に説明されても意味がよく分からず、私はしばらく沈黙した。


遊廓という場所がどういうところか、前世でも現世でも詳しくは知らない。


ただ、静かではなさそうだということだけは理解できた。


「……私は、静かに暮らしたいだけなのだが」


そうつぶやくと、奴隷商の女主人は笑って肩をすくめた。


「静かな暮らしをしたい者は、そもそも生まれる国を間違えたんだよ。諦めな」


諦めることには慣れている。


けれど、諦めた先が遊廓というのは想定外だった。


私は荷車に揺られながら、まだ見ぬ新しい生活に身を任せることにした。


この時点で、私が後に“最高額の花魁”になるとは、誰も思っていなかっただろう。


もちろん私自身もだ。


そもそも、そういう道を望んだことは一度もない。


望んでいないのに値段だけが上がっていくのは、なんとも奇妙な気分だった。


それでも、運ばれていく先の灯りはどこか温かく、私は少しだけ胸の奥が沈まなかった。


静かではないかもしれないが、穏やかでないとも限らない。


そんな期待を抱くのは、少しだけ身の程知らずなのだろうか。


遊廓の門をくぐった瞬間、その答えは出るのだと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る