誕生日プレゼント

南條 綾

誕生日プレゼント

 今日に限って誰もいない。

絵里は「旦那が今日帰ってくるから」って言って、本日はきっちりお休み。

美優ちゃんは実家に帰る日で、学校からそのまま直帰コース。

せっかくの誕生日なんだけど、こうなるとさすがに「まあ、仕方ないかぁ」って自分に言い聞かせるしかない。


 本当は分かってる。

絵里とまた遊ぶようになるまでは、一人で過ごすのが普通だった。

一人で過ごす誕生日なんて、何度も通ってきたはずなのに、今は、さみしいとか思ってる自分がいて、こんな風に感じる自分に苦笑してしまった。


私自身も、ついさっきまで普通に仕事していたわけなんだけどね。

キーボードを打つ手をふと止めて、「あ、誕生日か」と意識した瞬間から、部屋の静けさが急に大きくなった気がした。


 この家って、やっぱり広いなって思う。

いつもは絵里が手伝いに来たり、美優ちゃんが来たりして、けっこうにぎやかなのに。

誰もいない家に一人でいると、やっぱり少しさみしく感じてしまう。


 中古物件だけど、新築だったら億ション級なんだろうなぁってたまに思う。

5LDKなんて、本来は独り身が持つ部屋数じゃない。

まあ、仕事部屋もあるしね。


「誕生日祝えなくてごめんね。明日みんなで一緒に祝うから、楽しみにしててね」って、絵里が電話で謝ってたっけ。


「別にいいよ。それに今日は、美優ちゃんが実家に帰る日だけど、私の誕生日だから泊ってくれるし」なんて、言っちゃったんだよね、私が。


 実際には、美優ちゃんは私の誕生日なんて知らないんだけど。

ちょっとだけいたずらして、二人の怒ったような、困ったような顔が見たかった。


 そう考えたら、この状況になるのも自業自得かなぁって思う。

素直に言ってたら、美優ちゃん、本当に泊まりに来てくれた可能性だってあったのに。


 後10分で、私の誕生日が終わる。

壁掛け時計の秒針が一つ動くたびに、胸の奥がじわじわと冷えていく気がした。

ケーキもろうそくもないリビングで、私はソファに沈み込んだまま、スマホの画面と時計を交互に眺めていた。


誰からも新しい通知は来ない。

さっきまであんなにうるさく感じていた空調の音も、今はやけに遠くに聞こえる。

残り3分ってところで、玄関のほうからカチャッと金属が触れる音がした。


 え、何。

一瞬、空耳かと思って息を止める。

耳だけ玄関の方向に向けるみたいに、全身がそっちに意識を引っ張られる。

一瞬泥棒って身を構える。

ゆっくりとリビングルームの扉が開いた。


 そこに立っていたのは、今まさに「会いたいな」と心の中で何度も繰り返していた女の子だった。

暗い廊下の向こうから漏れる明かりを背負って、少し息を切らせながら、こっちを見ている。

一瞬、本気で幻でも見てるのかと思った。


「はぁ、はぁ……間に合いました」


「え?」


「ぎりぎり間に合いました」


「なにが?」


「もぅ。綾さんの誕生日です」


「え……なんで知って」


 私は頭の中が追いつかなくて、とりあえずうなずくことしかできなかった。


「え……えっと、綾さん」


「な、何?」


「誕生日おめでとうございます」


「あっ、う……うん」


 祝ってもらいたい気持ちはずっとあったのに、あまりにも突然すぎて、現状をちゃんと飲み込めていなかった。

美優ちゃんが小さくステップを踏むみたいに一歩近づいてきた。

そっと私の首に腕を回すと、そのままいきなりキスをしてきた。

唇が離れたとき、そこには耳まで真っ赤にしてうつむく美優ちゃんがいた。


「お祝いにはなりませんか?」


「そんなことない。……ありがとう」


 混乱で頭の中ぐちゃぐちゃなのに、その一言だけはなんとか絞り出せた。

その瞬間、零時の時報が、PCから軽い効果音みたいに流れてきた。


「あれ、なんで?」


「絵里さんから連絡があって、明日のことをそうだんされたんです。私は何のことだろうって思って聞き返したら……今日、誕生日だって知って。無我夢中で来ました」


 すごく嬉しかった。

でも、その次に頭に浮かんだのは「親御さんは?」ってことだった。


 事情を話したら車を出してもらえたらしい。

そこまでさせてしまったんだと思ったら、本当に悪いことをしたなぁって胸がきゅっとなった。

そのあと、ちょっとだけ怒られてしまったのも、正直言い返せなかった。


 美優ちゃんからもらったキスは、誕生日プレゼントとしては、きっと普通の人から見たら特別でもなんでもないのかもしれない。

でも、私にとっては、美優ちゃんが初めてくれたキスで。

それだけで、今までのどの誕生日よりも特別で、最高の贈り物だと思った。


 一緒の布団に入って、美優ちゃんのぬくもりをすぐそばで感じながら眠りについたとき、

ああ、私は幸せで満たされてるって何度も心の中でかみしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誕生日プレゼント 南條 綾 @Aya_Nanjo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画