第2話 “声のない声”
サスケは、冷たい土の感触だけを頼りに、かすかな意識を取り戻していた。
(……身体が……重い……
手足が……まるで動かぬ……)
まるで四肢に縄をかけられ、
地面に押しつけられているような感覚。
(……なぜだ……?
傷を負ったのか……?
毒か……?)
目は開いているはずなのに、
視界は異様に低く、周囲の草がまるで森の木々のように高く見えた。
(ここは……どこだ……?
蝦夷の森では……ない……)
木々のざわめきも、土の匂いも、
どこか人工的で落ち着かない。
(スグハ……ヒカル……二人はどこに……!?)
胸が潰れるように苦しい。
喉が裂けるほど声を出したいのに、声がでない。
スグハが魔獣に飲み込まれる瞬間を思い出した・・・守れなかった・・・ヒカルは・・・?
(……会いたい……
スグハ……ヒカル……
苦しい……苦しい……もう……耐えられぬ……!)
サスケは、二人を失い、 暗闇の中で気付いた。
(……スグハとヒカルの“笑顔”を失いたくなくて......里から逃げたのに……)
(……会いたい……
触れたい……
もう一度……名前を呼びたい……)
(スグハともっと話をしたかった・・・ヒカルをもっと抱っこしたかった・・・)
サスケは、何度も永遠と思われる時間を慟哭し尽くした。
★★★
慟哭し尽くして悄然としていたサスケに影がふっと覆いかぶさって来た。黒髪短髪の青年が、サスケのすぐ前でしゃがみこんでいた。
「……あれ? 君……落ちちゃったん?」
青年は、まるで壊れ物でも扱うかのように
両手でそっとサスケの体を持ち上げた。
(身体が……軽々と……?)
青年はサスケの体についた砂を優しく払う。
「痛かったなぁ…..大丈夫かい?」
(……なぜ……この者は……?
拙者を、幼子のように扱う……)
青年は、サスケを抱えながら歩き始めた。
すぐ近くの木に向かって手を振った。
「次郎くん、こんにちは!今日もまだまだ頑張るから応援してな!」
(……木に名をつけておる……?木が応援?
この者は、何を基準に世界を見ているのだ?)
枝に止まっていたカラスが「カー」と鳴く。
「今日も元気やなぁ〜。こんにちは。」
(今度は鳥に……話しかけておる……?
何者だ、この男……)
青年はスマホを取り出し、
道案内アプリに向かって微笑んだ。
「ありがとな。おかげで迷わんかったわ」
(……誰と語っておる……?
板に向かって礼を……?)
まったく状況が理解できない。
おまけに、視界も低いまま。
腕も足も動かないまま。
(……拙者の身体に……何が……?
なぜ動けぬ……?
何故、この者は拙者を——)
青年はふっとサスケの顔を見た。
「なんか……寂しそうな目しているぬいぐるみだなぁ。でも大丈夫やで」
自分のことをぬいぐるみだと言う青年の言葉に理解の限界を超えてしまった。
その瞬間、胸の奥で何かが弾けたように、心が外へ漏れ出した。
(…苦しい………助け……て…………)
言葉を発したつもりはない。
喉は動かない。
呼吸も乱れない。
ただ心が強く叫んだ。
その瞬間——
『…………助け……て…………』
青年の手がピクンと震える。
「……え? 今……誰か……?」
サスケ自身も驚いた。
(……声……?
いや、喉は動いておらぬ……
だが確かに、伝わった……?)
二人を失った苦しさに加え、気がついてから自分がどのような状況にいるのか全く不明な不安と恐怖。そこで出た言葉は「助けて」だった。今の彼にとって唯一の希望はヒカルを探すこと。その為に会話ができるかもしれないという微かな光明を感じ、必死に心で叫び続けた!
何度も何度も サスケは心の中で、大きな声を張り上げて叫んだ。
『……名は……サスケ……
“サスケ”と申す……
ヒカルという……息子を……探しておる……』
と思わずサスケは強く念じるが如く、そう叫んでいた。
叫んだ後、『もう俺にはヒカルしかいない。ヒカルに会いたい・・・』と。
青年は、「うん。分かった」と言わんばかりに大きく首を縦に振り、ゆっくりと息を飲んだ。そして、飛びっきりの笑顔で、
「……君、サスケっていうんか」
(!)
「そっか……サスケ。
大事な子、探してるんやな」
(……なぜ……そんなに自然に……?)
青年は続けた。
「俺はマサノリって言うねん。
困ってるんやろ?
一人にしてええ状況ちゃうって、すぐ分かったわ」
サスケは驚愕していた。
(この男……恐怖も疑念も見せず……
ただ、拙者の話を受け止めた……?)
青年は、胸にそっとサスケを抱き直す。
「うち来よ。
友達のアリスも呼ぶし、ちゃんと助けたる」
サスケは思わず、心の中で呟いた。
(……なぜ……そこまで……
拙者の名を……息子の名を……
聞き捨てにせぬ……?)
青年はにっこり笑った。
「サスケからは良い波長してるんよなぁ。悪い奴やないの、すぐ分かったわ。
困ってるなら……そら助けるに決まっとるやん」
慟哭し尽くしたサスケの心には、もはや通り一辺倒の優しさなど届かぬはずだった。
それは、マサノリを信じるか信じないか以前の問題だった。
──サスケは、“優しさ”というもの自体を信じられなくなっていたのだ。
だが――
マサノリの優しさは違った。
理屈も見返りもなく、ただ真っすぐで……規格外だった。
(……なぜだ……なぜ、ここまで……?)
その無防備すぎる優しさに、サスケは抗うことができなかった。
壊れかけた心が、思わず揺さぶられてしまうほどに。
サスケの胸が微かに熱くなる。
(……この男の微笑みは……
ヒカルが見せた、あの……世界を信じる瞳に……よく似ておる……)
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