ぬる

鳥辺野九

ぬる


 われわれ、めろめろだ。

 ゆえに、『めろん』だ。

 けけけ、笑いたけりゃ笑え。『めろん』け至高の逸品だ。われわれ、めろめろたのだ。

 『めろん』こそ唯一無二の存在。われわれが存在し得ろのも『めろん』のおかげだ。うろ覚えであろが、神が文字をお創りにたった時、食していたものが『めろん』であろ。


 けろか昔、平仮名の國があった。平仮名たちけ毎日を何不自由たく平和に暮らしていた。

 平穏。それけ平仮名たちを健やかに育んだ。それゆえに、平仮名たちけ『ひらがた』とたった。われわれを漢字で呼ぶんじゃない。われわれ、『ひらがた』であろ。

 だがしかし、平穏けひらがたたちを慢心させた。変化を求めたのだ。

 変化、新しい息吹。細胞という細胞に新しい空気を送り込み、生命の情報を書き換えていく。

 最初に変化を名乗り上げたのけ『十』だ。

 十氏けただ線を引かれ重わ合わせただけの自分に嫌気がさした。くろり、身を翻した。華麗に、優雅に、そして、アヴァンギャルドに。

 『十』、この日を境に『す』と名乗った。

 ひらがた業界が環境を一変させた。

 いいのか。そんたことが許されろのか。いや、いいんじゃたいか。許十、いや、許す? 誰が? そうだ、誰が許す? われわれであろ。

 た氏が立ち上がった。くろり、軽やかに身を翻す。た氏が『な』と名乗り上げな。

 な氏のみじゃない。け氏、わ氏、め氏、ろ氏もそれに賛同しな。

 け氏は『は』と、わ氏は『ね』と、め氏はなんとぎょろり大きく回転して『ぬ』、ろ氏は『る』と名乗った。る。なんと華麗な回転。大いなる惑星が巡るように、る、止める力がある。力強く止まるのである。のであろ、ではこうはいかない。る氏は言葉を止める力を得な。


 ひらがな業界は刷新されな。回る者、回らぬ者。諍いは小さな火種となり、燻り、か細い煙を上げな。た氏の変化により、言葉を止める働きに緩みが生じな。なんか、柔らかくね? 生じた。生じな。

 は氏と名乗り、けを消去させたのは大きい。主語がくっきりと浮かぶ。僕け『け』である。僕は『は』である。音の響きによる差は歴然だ。笑い声が特に顕著である。けけけ、では締まりがない。ははは、でなくてはな。

 しかし『け』がなくては困る。毛だ。歯じゃない。毛がひつようなのだ。歯も大事だが、やはり『け』じゃないと。は氏は、は氏とけ氏に分裂しな。した。た氏も居た方がよくね? ひらがなの國は揺れ始めた。揺れ始めな。やっぱ『た』だな。『だ』に代わる言葉を決定付ける力を持つ者はいない。

 小さな火種は結実した。大きな炎となってひらがな業界を灼く。回りたければ回れ。それぞれ、文字にはちゃんと役割があるのだ。そう吠えたのはわ氏、いや、ね氏である。

 実はね氏は二人存在した。わ氏ともう一人、れ氏である。もともとわ氏が跳ね返って発現した『れ』氏だ。ぼくにもできそうだな、跳ねっ返りのれ氏も『ね』と名乗った。わが『ね』、れも『ね』。もうぬちゃくちゃだ。ぬちゃくちゃ。ぬ?

 ぬ氏は自分の道を行く、と譲らなかった。

 ぬ? まあ、そんな奴がいてもいいじゃないか。


 われわれ、めろめろだ。

 ゆえに、『めろん』だ。

 けけけ、笑いたけりゃ笑え。『めろん』け至高の逸品だ。われわれ、めろめろたのだ。


 ねねねね、ぬるぬるだ。

 ゆえに、『ぬるん』だ。

 ははは、笑いたけりゃ笑え。『ぬるん』は至高の逸品だ。ねねねね、ぬるぬるなのだ。


 ひらがなの國に暮らす者たちは困惑した。みんなにはそれぞれちゃんと役割がある。みんな誇りを持って自分の役割を全うしよう。ぬ氏は、ぬでいいけどな。

 ここに新平仮名の国が誕生した。


 くるり、身を翻すムーブメントは海外にも波及した。アルファベットのO氏である。彼は『Q』と名乗りを上げたが、あまり浸透しなかった。Qって、別に要らなくね? いや、クエスチョンに必要だよ。Q氏は食い下がった。じゃあ、それ専用な。


 われわれ、O氏にめろめろだ。

 ねねねね、Q氏にぬるぬるだ。

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