第4話

お弁当という名の芸術(カオス)


​・姉の早起き大作戦


​「よし、完璧」

​午前5時。

私はキッチンの前で仁王立ちしていた。

今日は優奈が「学食飽きた」とボヤいていたのを聞き逃さず、サプライズでお弁当を作ることにしたのだ。

​メニューは完璧だ。

栄養バランス、彩り、そして何より**「愛」**。

​「タコさんウィンナーは基本……でも普通じゃつまらない。カニさん、ペンギンさん、そして一ノ瀬香織さんウィンナーを……」

「卵焼きはハート型……いや、『LOVE』の文字型にくり抜くべきか?」

​気合が入りすぎた結果、完成したお弁当は、もはや食事というより現代アートの様相を呈していた。

ご飯の上に海苔で緻密に描かれたのは、**『優奈 尊い』**という達筆な文字。

おかずエリアには、私の顔写真を模したチーズ乗せハンバーグが鎮座している。

​「フフフ……これでお昼休み、優奈ちゃんはクラスの人気者間違いなしね!」

・昼休みの悲劇

​(※以下、優奈視点)

​昼休み。

お姉ちゃんが強引に鞄にねじ込んだ包みを開ける時が来た。

嫌な予感しかしない。朝、妙にニヤニヤしていたからだ。

​「一ノ瀬さんのお弁当、珍しいね!」

友達のミサキが覗き込んでくる。

​「……うん、まあね」

​覚悟を決めて、蓋を開ける。

パカッ。

​『 優 奈 尊 い 』

​海苔文字の圧がすごい。

そして、ハンバーグに乗ったチーズの顔(お姉ちゃん)が、不気味に微笑んでいる。

さらに弁当の隅には、手紙が添えられていた。

​『優奈ちゃんへ♡ 午後も頑張ってね! 好き好き大好き! お姉ちゃんより(ハートマーク×100)』

​「……」

​時が止まった。

教室の空気が凍った。

ミサキが引きつった顔で「あ、愛されてるね……」と呟いた。

​私は無言で弁当の蓋を閉じた。

0.1秒の早業だった。

​「……ミサキ、パン買いに行こ」

「えっ、お弁当は?」

「ない。ここには何もない。いいね?」

・ 帰宅後の反省会

​「ただいまー! 優奈ちゃん、お弁当どうだった!? 美味しかった!? クラスのみんなに自慢できた!?」

​帰宅した私を迎えたのは、空のお弁当箱(私が一生懸命食べた)と、般若のような形相の優奈だった。

​「座れ」

「はい」

​リビングで正座させられる私。

優奈は冷ややかな目で私を見下ろしている。

​「お姉ちゃん。お弁当作ってくれたのは感謝する」

「う、うん!」

「でも、キャラ弁は禁止。海苔文字も禁止。手紙も禁止。ていうか、私の尊厳を奪う弁当は法的措置を検討します」

​「そ、そんなぁ……愛が溢れちゃっただけなのに……」

「溢れすぎ。決壊してる」

​優奈はため息をつくと、キッチンへ向かった。

冷蔵庫からプリンを取り出し、スプーンを二つ持ってくる。

​「……罰として、今日のおやつはお姉ちゃんのおごり」

「えっ」

「あと、明日からは普通のお弁当にして。……卵焼きとウィンナーだけでいいから」

​それはつまり、明日もお弁当を作っていいという許可証!?

​「優奈ちゃぁぁん!! 了解です!! 明日は白米と梅干しで『日の丸』を作るね!!」

「……だから極端なんだってば」

​呆れながらも、一緒にプリンを食べる夕暮れ時。

私の作った呪いの弁当を、なんだかんだ全部食べてきてくれた(と信じている)妹が、やっぱり愛おしくて仕方なかった。

​(※実際は恥ずかしくて隠れて食べたらしい。尊い。)

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私の妹が世界一尊い件について @jatp5287nato

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