第3話
~疑惑の休日と、姉の不審者ムーブ~
日曜日の尾行ミッション(インポッシブル)
・疑惑のフリルスカート
「行ってきます」
日曜日の午前10時。
リビングに現れた優奈の姿を見て、私、一ノ瀬香織は持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。
(※中身は空だったのでセーフ)
普段はラフなTシャツやパーカーが多い優奈が、今日はなんと膝上丈のフリルスカートに、淡いピンクのブラウスを着用しているのだ。
髪もいつもの無造作ヘアではなく、丁寧にアイロンを通してハーフアップにしている。
「ま、待って優奈ちゃん!? その格好はどうしたの!? 誰に見せるの!? 国連の平和維持活動!?」
「……友達と買い物行くだけ。うるさい」
優奈は私の動揺をよそに、愛用のサコッシュを肩にかけて玄関へ向かう。
友達? 本当に? 女友達と行くのにそんな気合の入った(当社比)オシャレをするだろうか?
いや、しない(反語)。
私の脳内コンピューターが弾き出した答えは一つ。
**『男』**だ。
「どこのどいつだ……! 私の天使を連れ出そうとする不届き者は……!!」
私はクローゼットから「探偵セット(トレンチコート、サングラス、深めの帽子)」を取り出した。
会社では絶対に見せない、敏腕スパイモードへの切り替えだ。
優奈ちゃん、お姉ちゃんは心配性なんじゃない。防衛省なんだよ。
・コードネームは「不審者」
駅前のショッピングモール。
優奈は待ち合わせ場所の時計台の下に立っていた。
私は20メートル離れた観葉植物の陰から、雑誌に穴を開けて覗き込む(古典的スタイル)。
「……来た」
優奈の前に現れたのは、あろうことか身長175cmほどありそうな、爽やか系の男子だった。
サッカー部だろうか? 日焼けした肌に白い歯が憎らしいほど輝いている。
「お待たせ、一ノ瀬」
「ううん、私も今来たとこ」
笑顔!!
優奈が、あの塩対応の優奈が、公衆の面前で男に微笑みかけた!
私の視界が赤く染まる。血管がブチ切れる音を聞いた気がした。
「貴様ァァァ……! どこの馬の骨とも知れぬ小僧が……! 優奈ちゃんの半径1メートル以内に侵入するとは……万死に値する!!」
二人が歩き出す。私は匍匐(ほふく)前進に近い姿勢で、人混みに紛れながらその後を追った。
周囲の親子連れが「ママ、あの人変だよ」「見ちゃいけません」と囁いているが、今の私には雑音だ。
二人は映画館には入らず、雑貨屋に入り、ファンシーなペンケースなどを物色している。
そして、カフェに入った。
・カフェ・ド・修羅場
二人は窓際の席に座った。
私はその斜め後ろ、背中合わせになる席を確保した。
メニュー表で顔を隠しながら、聖徳太子の如き聴力で会話を拾う。
「……でさ、優奈ちゃん的にはどう思う?」
「んー……やっぱり、ピンク系の方がいいんじゃない? 可愛いし」
「そっかー。やっぱり女子はそういうの好きかー」
『好き』!? 今、好きって言った!?
これは告白の予行演習か!? それとも既に付き合っているのか!?
「俺さ、ずっと迷ってて……今日、一ノ瀬に付き合ってもらって助かったよ」
「いいよ別に。幼馴染だし」
「じゃあこれ、あげることにするわ」
男が紙袋を取り出した。
プレゼント!? まさか指輪!? 重い! 高校生でそれは重いよ少年!
我慢の限界だった。
私はサングラスを投げ捨て、席から立ち上がると、二人のテーブルに仁王立ちした。
「待ったァァァァァ!!」
店内中の視線が突き刺さる。
男の子が「うわっ!?」とのけぞり、優奈が「げっ」と呟いた。
「ゆ、優奈ちゃん! 騙されないで! その男はきっと結婚詐欺師か国際指名手配犯よ! お姉ちゃんが身元調査するまでは交際なんて認めません!!」
「……お姉ちゃん」
「君も君だ! うちの優奈は世界遺産なんだぞ! 軽々しくプレゼントなんて……」
「はぁ……」
優奈が今日一番の、深く、重い溜息をついた。
「お姉ちゃん、落ち着いて。これ、翔太(しょうた)」
「は?」
「幼稚園の頃、隣に住んでた幼馴染の翔太。サッカー部の」
言われてみれば、面影がある。
鼻水を垂らして優奈の後ろをついて歩いていた、あの泣き虫翔太くん……?
「え、じゃあ、そのプレゼントは……」
「来週、翔太のお母さんの誕生日でしょ。何あげていいか分かんないからって、相談乗ってただけ」
「……お母さん?」
「そう。お母さん」
翔太くんが引きつった笑顔でペコりと頭を下げた。
「お、お久しぶりです、香織お姉さん……相変わらず、その、元気ですね……」
・敗北の味はストロベリー
「……大変申し訳ございませんでしたァァァ!!」
カフェの出口で、私はジャンピング土下座をかましていた。
翔太くんは「いや、本当にいいですから! お母さんのプレゼントも決まったし!」と苦笑いで去っていった。いい子すぎる。後で何か高い菓子折りを送ろう。
残されたのは、私と優奈だけ。
「……帰ろ」
「は、はい……」
無言で歩く優奈の後ろを、とぼとぼとついて行く。
嫌われたかな。ウザがられたかな。二度と口きいてくれないかな。
絶望で視界が滲む。
「……ほら」
不意に、優奈が立ち止まり、何かを差し出した。
テイクアウトしたストロベリークレープだった。
「え?」
「さっき、食べ損ねたでしょ。……お姉ちゃんの分も買っといた」
「ゆ、優奈ちゃん……?」
優奈はそっぽを向いたまま、早口で言う。
「変装、バレバレだったし。ずっと後ろから視線感じてて気持ち悪かったけど。……心配してくれたのは、分かってるから」
その耳は、夕日のせいだけじゃなく、ほんのり赤かった。
「……次は普通に参加してよね。奢らせるから」
「優奈ちゃんんんん!! 大好きだあああ!!」
「うるさい! 近寄るな! クレープ潰すよ!」
口いっぱいに頬張ったクレープは、涙とクリームの味がした。
甘くて、しょっぱくて、やっぱり世界一美味しかった。
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