日記
松岸壱弥と名乗る刑事は、彰巳に対して自ら手の内を見せて来ていた。
警察ではわざわざ影が彰巳の手に触れる位置に座り、あかりの部屋への移動の際は、彰巳が影に触れられる位置にわざわざ立って、適度に彰巳に情報を与えて来る。
(恐らくこいつは俺の過去も俺が抱える怪異も全て把握している)
壱弥の影に触れた時、彰巳は壱弥の傍らの子供と目が合った。
あの子供が壱弥に報告しているのだろうと彰巳は読んだ。
しかし、それはあちらも同じだったようだ。
影を介して彰巳に読ませる情報量すらコントロールしてそうなのが、彰巳には気に食わなかった。
しかし、相手は怪異担当の刑事だからと彰巳は食い下がった。
彰巳にとっては怪異担当の刑事が動いていることの方が問題だった。
怪異担当の刑事が動いている。
それはつまり、あかりが巻き込まれたのがただの事件ではなく怪異であることを示唆していた。
これまで、怪異は彰巳だけのものだった。
あかりは怪異とは無関係で、今後も怪異に巻き込まれることなどないと思っていた。
甘かった。
彰巳はあかりと密に連絡を取り合わなかったことを、そして喧嘩別れしてしまったことを心底後悔した。
自身がかつて怪異に巻き込まれたのだから、あかりが巻き込まれない保障など何処にもなかったのに。
あかりが友人を殺したと主張する雁野結丹についても、彰巳は不快に感じていた。
当然だ。
だが、結丹は彰巳も自分と同じく怪異を抱えた存在であることに全く気づいていないようだ。
彰巳にとって、それはとてもありがたかった。
しかも、結丹はこのあかりの部屋に集まった男たちの中で一番行動や言動が理解しやすい。
沼田晴臣を盗聴していたという事実には流石に彰巳もドン引きしたが、結丹が孤児であり、晴臣が結丹にとって保護者のような存在であると考えると動機はわからなくもない。
……いや、やはりやりすぎな気がしないでもないが。
結丹は晴臣を盗聴していた時、晴臣が“あかり”と名乗る製薬会社勤めの女性をナンパする会話を聞いている。
そして晴臣が断末魔の悲鳴を上げるのも聞いている。
だが、それは本当にあかり本人だろうか。
晴臣が断末魔の悲鳴を上げた後、盗聴器が破壊されたということも気になる。
結丹は気づいていないようだが、それではまるで、犯人があえて結丹に断末魔の悲鳴を聞かせたとも受け取れる。
そうなると、製薬会社勤めの女性があかりなのかという前提が揺らぐ。
犯人があかりに罪をなすりつける為にあえて結丹に盗聴を聞かせた可能性が浮上するからだ。
しかし、それでは何故あかりは行方不明なのか。
(あかりに罪を着せたいのであれば、あかりが普通に生活していた方が犯人にとって都合がいい筈……)
そこまで考えて、彰巳は思考を放棄した。
この先を考えてしまうと、“あかりは既に死んでいる”という結論にたどり着いてしまうからだ。
今の彰巳にあかりの死は受け入れられない。
あかりの部屋の前で合流した美容師、柚希颯志と何だかよくわからない金髪、宝条燎悟の2人は、彰巳にとっては刑事である壱弥以上に得体が知れなかった。
この2人は合流後、影が発生しない位置に立ったり、彰巳に影を触れさせないように行動しているようにしか思えない。
先ほどの名刺交換の時に、彰巳は颯志の影に触れようとした。
しかし、それは叶わなかった。
颯志は彰巳の手を自分の影に触れさせるような真似はしなかった。
それは、颯志は彰巳の抱える怪異を把握していることを意味する。
壱弥から読み取った情報で颯志と燎悟が壱弥の知人であり、怪異を抱えていることを承知してはいたが、元々人間不信である彰巳には不快極まりなかった。
故に彰巳はカレンダーを見る4人から距離を置き、あかりの机の上、ノートパソコンの横に置かれていた日記を手に取った。
あかり好みの、可愛らしいキャラクターものの日記だ。
最初は手持ち無沙汰な為に手に取った日記であった。
しかし、あかりの日記は、ある女性の名前で埋め尽くされていた。
彰巳の名前より多いかもしれないその名前の量に、彰巳は絶句した。
“奈津美”
その名前で、あかりの日記は埋め尽くされていた。
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