胡乱な闖入者



颯志は水が好きだった。

汚れも、穢れも、全て洗い流してくれるから。

颯志は入浴の時間が好きだった。

穢れきった自分さえ、温かな水は優しく包んでくれるから。



でも、あの日の水は冷たくて。

颯志の身体を切り刻むように痛くて。



痛くて。

苦しくて。

それでも。

それでも。

生きなければ。



「柚希さん……?」

「あ、ごめんね奈津美ちゃん。またぼーっとしてた」

「寝不足ですか?」

「ううん。昔からこう。ドッジボールでぼーっとして、ボールをぶつけられて、いつも味方に怒られてた」

「あ……それは、私もです」

「そっか。奈津美ちゃんもぼんやり仲間かな? 痒いところはない?」

「はい、ありません。ぼんやり仲間の柚希さんのシャンプーはとても気持ちがいいです」



シャンプー台に横になりながらクスクスと笑う奈津美は、最近とても綺麗になった。

友人に颯志の美容室を紹介された奈津美。

それまでは美容にもファッションにも興味がなく、駅前の安い美容室でカットを済ませていたという奈津美は、颯志の店に通うようになってから、メイクやファッションにも拘るようになった。



「はい、シャンプー終わり。さっきの席に移動してね」

「わかりました」



この美容室は、颯志が1人で経営している。

地元の情報誌などにも広告を出さないため、客は少ない。

今も、奈津美1人だ。

けれど、その少ない客のほとんどが常連になってくれるからありがたい。



「……どうかな?」



奈津美の真面目で優しい雰囲気を活かす、エアリーなショートボブ。

清潔感と、親しみやすい可愛らしさが同居したヘアスタイル。



奈津美は鏡を見て嬉しそうに微笑んだ後、悲しそうに目を伏せ、俯いた。



「気に入らなかった?」



颯志が問いかけると、奈津美は首を横に振る。



「髪型は素敵です。でも……あの……」



奈津美は言い辛そうにゆっくりと口を動かす。



「あかりちゃん、最近美容室に来ました?」



あかりとは、奈津美にこの美容院を紹介した、彼女の友人だ。

河野あかり。

ミディアムヘアを好む彼女も、颯志の美容室の常連客だ。



「最後に来たのは1ヶ月くらい前かな? 海外に行ってる彼氏が今月帰国するって嬉しそうに話してたけど……」

「連絡が、取れないんです。あかりちゃんと……」

「そ、れは……」



その時、美容室の扉が乱暴に開け放たれ、トランク片手に金髪の胡乱な男が入ってきた。



「それは、連続失踪事件……やろ?」



明らかにこのあたりでは見かけない訛りの入った言葉を話す男は、遠慮なくズカズカと入り込んでくる。



「僕、怪異の研究しとんねん。せやから間違いあらへん。『暁市連続失踪事件』は怪異の仕業や」



途端に、真っ青になった奈津美が立ち上がり、ロッカーから上着とバッグを引っ張り出した。



「ごめんなさい、柚希さん。お金、此処に置いておきます。お釣りはいりません。また来ます」

「ちょ……奈津美ちゃん!?」



奈津美はレジにお札を数枚置くと、顔面蒼白な状態で店を飛び出して行った。

そんな奈津美を見て、悪びれもせずに笑う金髪の男。

颯志は溜息を吐いた。



「あなた、誰ですか? 立派な営業妨害なんですが……警察呼びますよ」



金髪の男は、笑みを浮かべたまま答える。



「僕? 医者やけど?」

「はぁ!? 医者!?」



客の居なくなった美容室に、颯志の声が響いた。



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