第2話 遅刻常習団体 レバルナ傭兵団 2

「とにかくっ、謝ってください!」

「あっそういうことか。マジでごめん!」

「ッ、このっ、こんのぉ…」


(あまりにも軽すぎる…!)

 謝罪をした少年の姿にどうしても釈然としていないミリアは、手を握りしめてぷるぷると震えてしまっていた。すると、後ろから声がかけられる。


「おっ、ミリア。揃ったのか?」


 こちらも少年と負けず劣らずの軽い声の調子で、キャビンの窓からぬッとおじさんが顔を出した。


「一応、揃いましたッ…」

「おまえ、何を食ったらそんな顔になるんだ…」


 ミリアが奥歯を砕きそうなほど噛み締めながら、上司にあたる自分と同じ銀髪の男に向かって報告する。報告を聞いた上司は美人が台無しの変顔をしてるミリアをスルーして「そうか、じゃあ挨拶だな」とキャビンから降りてくる。


 ざわざわと傭兵団が騒めき立った。それもそのはず、この場にこのやけにガタイの良い中年男性のことを知らない人間はいないのだから。


 すると、数秒後にパカッとドアの窓が再び開いた。


「お待ちください!デラド様」


 まるで鈴が転がるような高い声と共に、ひょこッと金髪の少女がその窓から顔を出した。


「まだっ、まだ勝負はついていません!」

「姫さん流石にその盤面はあと数手でチェックだろうよ…」

「なにか、何か策は残っているはずです!」

「また相手してやるからとにかく降りてきな、皆さんお揃いのようだぜ」

「えっ、本当ですか?失礼いたしました。すぐに向かいます」


 再びドアが開いて、声の主が姿を見せる。先に降りていた男はドレス姿の少女の手を取り、ガサツな物言いからはまるで想像できないほど丁寧なエスコートをして見せた。「ありがとうございます」と金髪の少女は笑顔で感謝を伝える。


 その笑顔は、エスコートした中年騎士にではなく、遠巻きに見ていた傭兵団たちの心にグサグサッと突き刺さった。


「「「かっ、かわいい…‼」」」と珍妙な怪鳥の鳴き声のような甲高い声が揃った。この瞬間、傭兵団員達はこのふわふわきらきらな女の子を何があっても守らねばならぬと心に誓っていた。


 もはや童話から飛び出してきたかのような少女はドレスも髪も一切乱させずに傭兵団たちのそばに歩み寄る。


「皆様、ごきげんよう。お待たせしてしまい申し訳ありません」


 あまりにも100点過ぎる笑顔と、綺麗なお辞儀をした少女が顔をあげて自己紹介した。


「ギオッソ王国第3王女、マチア・ギオッソです。本日は皆さまの魔物討伐に同行させていただきます。何卒よろしくお願い申し上げます」


 腰まで伸びたふわふわの金髪を揺らし、軽く体を沈める王室式の挨拶を披露し、お日様のようにぽわわんと微笑んでみせたマチアに、傭兵団たちはまるで舞台の幕が閉じたのかと思うほどの歓声をあげた。


「「「うおおおおおおおおお」」」


 そして、ミリアから隠れて日陰にいた彼らは一目散に飛び出して王女様の前で跪いてガタガタと倒れ込むように地に伏せた。


「王国万歳!王国万歳!」

「美少女だあああ、こっちは優しそうな本物の美少女だあああ」

「王女様万歳!王女様万歳!」

「かわいいいい、かわいいよおおおお」


 王族の前で何をすればよいかなんて知らない彼らは万歳や両手を合わせて祈ったり、両手を握りしめたりなど様々な表現で敬愛を示す。


 しっかり無礼な態度ではあるけれど、公式の場でもない、ましてや彼らの郷であるこの街でそれを咎めることはお門違いなのだろう。


 若干一名聞き捨てならない言葉を吐いた愚輩がいた気がするが、気のせいということにする。一応、自分の生きる国の第三王女に対する崇拝というか、敬慕というか、とりあえず忠誠心ぽいものは感じられる。


 何より、親しみを込めた挨拶であるなら、マチアは礼儀知らずくらい微塵も気にしない度量を持った人物であることをミリアはここ一か月で理解していた。


 口々に王女を褒め称える傭兵団の言葉には飾り気も上品さも無いが、それは彼等の本心であるから。そのことを分かっているマチアは照れることも怒ることもなく、彼等の万感の賛美を笑顔で受け止めていた。


 彼らの熱が冷めやらぬ中、マチアは後方に控えていた男に一瞥して挨拶を促す。


 ズンッと効果音が聞こえそうな体躯で一歩前に出た男は、その大きな体躯からは想像できないほど爽やかな笑みを浮かべた。


「カタリア騎士団副団長、デラド・ルビネットだ。今日は俺が昼寝してもいいような活躍を期待してるぞ」

「「「………」」」


 お道化た言葉であるが、沈黙が広がる。

 さすがに威圧感のあるデラドの発言は重たいのか…と思った矢先。


「「「うおおおおおお、銀狼だああああ」」」


 歓声が爆発した。


 自分たちの親と同じくらいの年齢のデラドに対して、傭兵団の若人たちはマチアの登場と負けず劣らずの歓喜の声をあげた。しかし、今回は野太い勝鬨のような雄たけびである。


 それもそのはず、六代目”銀狼”の二つ名を持つデラド・ルビネットは、10年前にはこの国一番の騎士として名を馳せた超有名人である。現在はトップ騎士から退いたとはいえ、その人気は老若男女問わず絶大だ。


 特にカタリア領に属しているレバルナでは、弱小であるカタリア騎士団にデラドが移籍してきた3年前から、晩年に所属してくれている超スター騎士として領民の羨望の対象となっている。


「デラドさん、サインしてくれえええ」

「王国万歳!王国万歳!」

「もう全部あんたの指示で動きますうううう」

「銀狼万歳!銀狼万歳!」


 幼少期に中継で観ていたヒーローの御出ましに、両手を挙げて喜びを表す野郎どものテンションは最高潮である。


「ふふ、デラドさんすごい人気ですね」

「はっはっは、無駄に長い現役生活のお陰だな。おーい、お前も挨拶しとけー」


 デラドがよく響く声で門の方に向かって声をかけた。この後に挨拶するのは少し気が引けるのだけれど…。そんなことも言っていられない。時間が押しているのだ。


 遅刻してきた少年に睨みを一つ残したミリアは呼びかけに応じて歩を進める。歓喜の渦の中に横から入っていく。


「改めまして、カタリア騎士団、ミリア・ルビネットです。本日はよろしくお願いします」

「「「ひえええ!!!!」」」

「なんでそうなるんですか!?」


 腰を折って丁寧な挨拶をしてみせたミリアの前に、男たちは三度声をあげた。今回は悲鳴である。みんなして平伏して命だけは勘弁してくれと言わんばかりの態度に、ミリアは愕然として勢いよくツッコんだ。


 対して楽しそうなのはミリアの血縁者、叔父のデラドである。


「はっはっは、おめぇ、何したんだ?」

「何もしてませんよ!」

「さすがミリアさんですね」

「ぬぐぅ…」


 あまりに調教され切っている傭兵団の姿に、さの王女でさえも感嘆の言葉を零す。

 この場合、さすがというのは誉め言葉になっていないということをツッコみたかったが、もう収集が付きそうにないのでミリアは断腸の思いで本音を喉の奥に封じ込めた。


「さて、そっちの代表は…」

「俺です」


 デラドが平伏している20人弱の頭を探そうとした瞬間、一人の少年が名乗り出る。やはり、例の少年だ。


「おぉ?ミリアに折檻されてた小僧か」

「どうも」


 少年が軽く会釈しながらデラドに微笑んだ。その軟派な態度にもピクリと反応するが、いちいちツッコんでいては身が持たない。だが、マチアは別だ。彼女は仮にも一国の姫であり、フレンドリーと言えども威厳を保つ必要がある。


 ミリアは少年の一挙手一投足に注意を払う。傭兵団たちの姿勢はまぁ百歩譲って許容したが、もしマチア様の前で欠伸でもしようものなら一瞬で消し炭にする。


 民間人に魔法を使うことを最早微塵も躊躇っていないミリアは、魔法を最速で撃てるように掌を開いていた。しかしそんなミリアの警戒はあまりにも的外れだった。


 少年は自己紹介をする前にマチアの前で左膝を着き、左手を胸に、右手を腰に添える体勢をとった。それも、文句のつけようも無いほど完璧に。


 ミリアは「えっ?」と呆気にとられる。

 それは、ミリアにとって見慣れたものであれど、こんな南方の港町に住む少年が完璧に再現出来るはずの無いものだった。


「初めまして、レバルナ傭兵団の団長をしてるミケ・スコードです。マチア王女、お目に書かれて光栄です。本日は護衛及び討伐の任を若輩者ではありますが、我らレバルナ傭兵団が務めさせていただきます。何卒よろしくお願いします」


 ギオッソ王国における騎士の最敬礼の姿勢と共に、ミケと名乗った少年を見て、マチアはパチパチと二度瞬きをして、少しだけ沈黙した。しかし、すぐに我を取り戻し、少年の敬意に対してギオッソ王国の第三王女として対応する。


「レバルナ傭兵団、あなた方の忠誠に感謝します。私の護り、あなた方に託します」


 マチアはそう言うと一歩踏み出して、右の掌を差し出した。


「よろしくお願いしますね」


 ニコリと相好を崩したマチアが、姫としてだけでなく一個人としての笑顔をミケに向けた。

 そのことを理解したミケもマチアの手をとり、立ち上がる。


「はい、必ず」


 恭しい態度のまま、凛とした声で返答する。それは紛うことなく騎士と姫のやり取りであり、ミケとマチアが心を通わせるファーストコンタクトだった。


 その姿にミリアは目を大きく見開いた。つい先ほど欠伸を噛み殺しながら私の前で「んあぁ、んおぉ?」と呆けていた少年はどこに行ったのだろうか。


 私の前ではあんなに失礼な態度だったくせに…。なんだその姫様の近衛騎士のような雰囲気は。というかどこで騎士の誓いなど知り得たというのだ。


 人格が丸ごと書き換わったのかと思うほどの豹変ぶりに、ただでさえ搔き乱されていた頭がぐにゃぁと歪んでいく。


「なんだ、お前そんな敬礼どこで覚えたんだ?」

「あ、いや、見様見真似でやってみただけです。やっぱり慣れないことはするもんじゃないっすね、声が裏返りそうでした」


 かと思えば、少年はあっけらかんと態度と話し方を軟化させる。デラドに目線を向けると笑いながら胸に手を添えて大げさに肩をすくめてみせた。


「はぁ~、感心するほど綺麗な敬礼だったぞ。いやもうほんと、俺よりよっぽど…」

「それはもう少ししっかりしてくださいね、デラドさん?」


 マチアの隣で感心するデラドに、マチアが釘を刺す。


「おぉっと、真に受けるなよぉ~リップサービスってやつだからな!いやぁ、全然だったな、うん。じゃあイッチョ現役騎士様から本物の騎士の誓いってやつを教えてやろうか!ほらお前ら全員膝を着け!」

「「「ええ!?」」」


 釘を刺されたデラドは両手をひらひらとさせて発言を訂正する。デラドは白々しい演技をしながら、後方でやり取りを傍観していた傭兵団も巻き込んで敬礼の訓練を始めてしまった。


「そこのお前、膝が逆だぞ!」急激に距離を詰めに行くデラドを見ながら、マチアがミリアに声をかける。


「ふふ、楽しい討伐隊になりそうですね」

「……そう、ですね」


 心底楽しそうに笑う王女様と対照的に、ミリアは呆気にとられたままだった。昨日挨拶した街長たちやバカンスに来ていた身分の高そうな観光客でも略式の敬礼だったのに、礼儀とは程遠い遅刻犯の少年が街で一番の敬礼をしてみせた。しかし、たった今デラドの指導を楽しそうに受ける彼の姿は年相応に見える。


(ほんとに、何者なんですか…)


 ミケという少年に情緒をぐちゃぐちゃにされたミリアは、警鐘が鳴りまくりの脳内を落ち着けるのに数分を要してしまった。

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