大和黎明(やまとれいめい)〜弱小豪族・登美氏に転生した私は、ひっそり覇道を歩む〜

@tamatwi

プロローグ 土と草の匂い

 最初に感じたのは、匂いだった。

 湿った土の匂い。干し草の匂い。そして、どこか獣めいた、生き物の体臭。

 現代の無機質なコンクリートや、消毒された病院の空気とは決定的に違う、濃厚な「生」の匂いが鼻腔を満たしていた。


 目を開けると、薄暗い天井が見えた。

 太い四本の柱が、円錐形の屋根を支えている。

 屋根材の茅(かや)は煤けて黒ずみ、そこから垂れ下がる蜘蛛の巣が、囲炉裏の煙に揺れていた。

 ここは「竪穴(たてあな)」だ。

 地面を掘り下げて床を作り、その上に屋根をかけただけの、半地下の住居。

 湿気と、土の匂いが充満している。


(……ああ、やはりここは日本か。けれど、僕の知っている日本じゃない)


 私は、小さく溜息をついた。

 喉から漏れたのは、「あう」という頼りない赤子の声だった。


 私の名はニギ。

 大和盆地の東端、登美(トミ)の地を治める豪族の嫡男として、この世界に生を受けた。

 前世の記憶は鮮明にある。

 エアコンの効いたオフィス、コンビニの弁当、スマートフォンの画面。

 それらが遠い夢のように感じられるほど、この世界の現実は圧倒的だ。



 肌に触れる布はゴワゴワとしていて痛い。

 冬の隙間風は容赦なく体温を奪っていく。

 ここは、文明の利器など何一つない、古代の世界なのだ。


 けれど、不思議と絶望はなかった。

 母の腕の温もり。父の不器用だが力強い掌。

 不便で、不潔で、野蛮かもしれないが、ここには確かに人間の営みがある。


 私は目を閉じ、再び眠りに落ちた。

 焦ることはない。時間はたっぷりある。

 まずは、この新しい体と、この世界の空気に慣れることから始めよう。

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