第3話 空中でつかんでおきました

 アウレリアたちの落下攻撃を免れたスケルトンは、弓を、剣を構えてじりじりと近づいていた。


(カチャリカチャリ――カチ、カチャリ、カチリ…)


 その数はまだ無数にいる。


(ガラリ)


 土煙の中で瓦礫が転がる――たちまちその位置に、何本もの矢が放たれた。

 矢を弾く金属音に続いて、声が響いた。


「通告する――」


 風が吹き、土煙がぬぐわれた。姿を現したのは、石床に深々と突き立てられた巨大な金属塊――聖盾ヴァルカンティス。そして――


「これより、クインザム城を不法に占拠するお前たちの長を捕縛し、王都へ連行する」


 美しき聖騎士は、聖なる盾に片足をかけ、腕を組み身をそらし冥界の骸骨どもを睥睨する。その姿はまるで一枚の宗教画であった。


「異のある者は、言葉でなく、武で示すがいい――」


 口上の終わりを待たず、何十体もの骸骨の衛兵が、一斉に襲い掛かる。


(クアアアアアッ)


 ほんの一瞬――、

 リアの腕が、足が、かすかに震えた。


「よいでしょう、では」


 聖騎士は、小声でつぶやきその震えを打ち消した。


「こちらも、そうする!」


 真珠色の甲冑の隙間から、サファイアを思わせる青い光が漏れる。盾から足を離し、肩を押し当てながら逆の手でグリップを握る。そして、強化した脚力で石床を蹴り、盾ごと大きく踏み込んだ。


(ドガンッ!)


 神聖魔法と騎士の強化体術を組み合わせたパラディン最大戦技――


「――聖盾突攻タイタン・バッシュ!」


 つまるところ盾での体当たりであるが、その破壊力は絶大である。

 直撃を食らったスケルトンは粉々に、発生した衝撃波を食らったものは四肢の骨を巻き散らしながら吹き飛んだ。

 空中へ飛び逃れた者たちが、間髪入れず上空から襲い掛かる。

 リアは渾身の力で、盾を石床に突き立てた。


(ズガガガガガ!)


 爆発的な直進が、両足でも石畳をえぐることで、ようやく止まる。

 その体勢のまま、叫ぶ。

 

「リズ! 上はお願い!」


 いつの間にかリアの背中にいたリズが、リアの肩を蹴って空中に躍り出た。

 小柄なダークエルフの指には、四本の矢が握られ、すでに弓は引き絞られていた。


「あいよ」


 月を背負って放たれた四本の矢は、四体のスケルトンの眉間を射抜く。

 着地までにさらに二体――、

 着地と同時にもう四体――、

 転がりながらさらに三体――、

 それでもまだ十体以上が、様々な方向からリアを襲う。


「ヴァルカンティス!」


 聖なる盾が声に応えて形を変え終わるのを待たず、リアは骸骨兵にその巨大な金属塊を叩きつけた。

 てこの原理と体の回転をうまく調和させ、乙女が体ごと振り回すそれは、まるで巨大なハンマーであった。

 

 ポポムは、落下の衝撃からまだ立ち直っていなかった。腰を抜かしたままの体勢で、ぼんやりとその戦闘を見ていた。


「リア様・・・、強いなー・・・」


 本当に、ぼんやりと――そうだった、眼鏡は落下中にどこかへ吹っ飛んでいったのだ。


(ん…?)


 リアらしき人影が、何かを振りかぶりながらこちらに走ってくる。

 石床が揺れる振動と、はっきりした殺意とを同時に感じる。

 

(クアアアアアッ)


 邪悪な咆哮に、ようやく振り返る。

 骸骨の増援――。

 ポポムの背後から無数のスケルトン兵が、恐ろしい速度でこちらに迫っていた。


「ひい…!!」


 逃げる間もなく、振り上げられた剣がポポムの頭に振り下ろされた。

 その剣が、ポポムに届くより速く――、

 巨大な金属塊が、ポポムの頭上を通過していく。


「…すご…」


 あっという間だった。

 リアとヴァルカンティスは、敵の増援すべてを殲滅してしまった。

 呆然とするポポムに、元の形状に戻った聖盾を背負いリアが近づく。


「ありがとうございました。お陰で無事に城へたどり着けました」


 そして、リアの手から、ポポムの手に何かが握らされた。ポポムは手の中を見る。そこには――。


「空中でつかんでおきました」


 眼鏡だった。

 慌ててかける。

 意外なほど目の前に、リアの美しい顔があった。


「…リ、リア様…」


 リアは少し微笑み、右手の甲冑を外す。

 そして、ポポムの顔にその素手の指を伸ばした。

 まだ夢と現がはっきりしない頭で、ポポムはリアのその愛撫を受けようと――うっとりと顔を突き出した。

 リアの指が顔に触れる寸前で、不思議な動きをみせる。


(え…?)


 唇から、ささやくような呪文――。

 かすかな白い光と共に、リズに切られた右の小鼻の傷が塞がった。鼻血も、全身の打撲痛も、嘘のように消える。

 リアが回復の魔法を使ってくれたのだ。


「平気ですか?」

「は…はい…感謝します、リア様」


 我に返って、頬を赤らめた。


「リアではなく、レルと呼んで下さい。親しい者にはそう呼ばれています」


 優しい、花が咲いたような笑顔――。このまま時が止まればいい。そう思った――。


「おい、早く行こうぜ、レル。上の奴らが来たら、面倒になる」


 その言葉に、レルが立ち上がる。


「では、わたしたちは城の中へ向かいます。中では戦闘は避けられません。ポポムさんはここで待機していて下さい」


 ぺこりと頭を下げ、城の内部へと向かう。

 リズと呼ばれたエルフは、ポポムを一瞥し、こう言った。


「おい、せっかく生き残ったんだから、生活態度を改めろよ。そのブタ腹じゃ長生きできねえぞ」


 聞きようによっては優しさともとれる罵詈雑言を吐き捨て、レルについていく。


「…」


 長身のパラディンと、少女のようなエルフ――その後ろ姿は、まるで仲の良い親子のようにも見えた。


「…ふう…」


 ポポムは眼鏡をゆっくりと外し、もう一度かけ直す。その動作に、何の意味もなかった。

 ただ沸き上がる気持ちがそうさせたのだ。


「…レル様…か」


 アウレリアを「リア様」と呼ぶ者は多い。それが王国の聖騎士であるアウレリアの公式の愛称――だが、今の自分は、秘密の愛称を知っている。

 親しい者しか知らないはずの――。

 

「マジかー…」


 ポポムは一通り身もだえし、天を仰いだ。

 そして、思い出す。

 三日前、雲の上の存在であるアウレリア・アルマリアが、突然目の前に現れた時のことを――。


「お引っ越し屋さん! 今、使われていたのはもしや、浮遊魔法ではありませんか!?」


 彼女は、擦りむいた膝をこすりながらそう言ったのだ。


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