ぱとかぁー贖罪のときー
落ちこぼれの冷凍食品
第1話 ぱとかぁに怯えるサラリーマン・小鳩隆二
「ぱとかぁ──」
交差点でパトカーのサイレンが鳴ったはずなのに、小鳩隆二の耳にはそう聞こえた。
幻聴? いや、心当たりがある。あの日からずっと続いている“後ろめたさ”だ。
会社では今日、企画コンペの結果が発表された。
男の企画が採用され、拍手喝采。上司も社長も褒めたたえた。
でも本当のところは――違う。
数日前、相談として同僚が見せてくれた企画案。
励まそうと思って見ただけのはずだったのに、
気づけば自分の企画として先に提出してしまっていた。
結果、同僚は「企画を盗んだ」と噂され、会社に居づらくなり、退職した。
小鳩隆二は謝れなかった、仕事を守りたかったし怖かった。
今日も“ぱとかぁ”は心を刺す。
◆
駅前のベンチで座っていた黒いスーツの男が立ち上がった。
感情のない顔で、まっすぐこちらに近づいてくる。
「評価されたんですね。おめでとうございます」
「……どなたですか?」
「提出ボタンを押すとき、ためらいませんでしたよね」
男の心臓が跳ねる。
黒スーツの男は淡々と続けた。
「説明できなくてもいい。あなた自身は“わかっていた”。
提出すれば自分が称賛されて、彼が損をするって」
「誤解だ! 俺はそんなつもりじゃ――」
「つもりは関係ありません。心が知っていたかどうかです」
小鳩隆二は逃げた。黒スーツは追わない。ただ静かに見ていた。
◆
コンビニの前でうずくまっていると、若い新聞記者が声をかけてきた。
「すみません、大丈夫ですか?」
名札には「東営新聞・雨宮」とある。落ち着いた声の青年だった。
「いや……なんでも」
「“なんでもない”って言える顔じゃないですよ」
雨宮の手帳が目に入る。端には走り書きの文字。
《たんたんたんたん/ふたがみゆれた》
意味はわからない。でも、見た瞬間、胸の奥がざわついた。
◆
帰宅後、スマホが震えた。差出人不明のメッセージ。
《同僚の男はまだ、あなたを信じていました。》
体が固まる。そのとき、玄関の外から音。
──たん たん たん たん。
機械のようなリズムで扉を叩く音。
小鳩隆二は開けられなかった。数分後、恐る恐る扉を開く。
誰もいない。遠くでサイレン。
「ぱとかぁ……」
再び聞こえた幻聴に、胸が締め付けられる。
スマホにもう一つ通知。
《どうすればいいのか、知っています。》
黒スーツから。返信できない。
小鳩隆二は床に座り込み、膝を抱えた。
謝りたい。謝れない。
その矛盾だけが、静かに小鳩隆二を追い詰めていた。
――第2話へ続く。
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