ぱとかぁー贖罪のときー

落ちこぼれの冷凍食品

第1話 ぱとかぁに怯えるサラリーマン・小鳩隆二



「ぱとかぁ──」

交差点でパトカーのサイレンが鳴ったはずなのに、小鳩隆二の耳にはそう聞こえた。

幻聴? いや、心当たりがある。あの日からずっと続いている“後ろめたさ”だ。


会社では今日、企画コンペの結果が発表された。

男の企画が採用され、拍手喝采。上司も社長も褒めたたえた。


でも本当のところは――違う。


数日前、相談として同僚が見せてくれた企画案。

励まそうと思って見ただけのはずだったのに、

気づけば自分の企画として先に提出してしまっていた。


結果、同僚は「企画を盗んだ」と噂され、会社に居づらくなり、退職した。

小鳩隆二は謝れなかった、仕事を守りたかったし怖かった。


今日も“ぱとかぁ”は心を刺す。



駅前のベンチで座っていた黒いスーツの男が立ち上がった。

感情のない顔で、まっすぐこちらに近づいてくる。


「評価されたんですね。おめでとうございます」


「……どなたですか?」


「提出ボタンを押すとき、ためらいませんでしたよね」


男の心臓が跳ねる。

黒スーツの男は淡々と続けた。


「説明できなくてもいい。あなた自身は“わかっていた”。

 提出すれば自分が称賛されて、彼が損をするって」


「誤解だ! 俺はそんなつもりじゃ――」


「つもりは関係ありません。心が知っていたかどうかです」


小鳩隆二は逃げた。黒スーツは追わない。ただ静かに見ていた。



コンビニの前でうずくまっていると、若い新聞記者が声をかけてきた。


「すみません、大丈夫ですか?」


名札には「東営新聞・雨宮」とある。落ち着いた声の青年だった。


「いや……なんでも」


「“なんでもない”って言える顔じゃないですよ」


雨宮の手帳が目に入る。端には走り書きの文字。


《たんたんたんたん/ふたがみゆれた》


意味はわからない。でも、見た瞬間、胸の奥がざわついた。



帰宅後、スマホが震えた。差出人不明のメッセージ。


《同僚の男はまだ、あなたを信じていました。》


体が固まる。そのとき、玄関の外から音。


──たん たん たん たん。


機械のようなリズムで扉を叩く音。

小鳩隆二は開けられなかった。数分後、恐る恐る扉を開く。


誰もいない。遠くでサイレン。


「ぱとかぁ……」


再び聞こえた幻聴に、胸が締め付けられる。


スマホにもう一つ通知。


《どうすればいいのか、知っています。》


黒スーツから。返信できない。

小鳩隆二は床に座り込み、膝を抱えた。


謝りたい。謝れない。

その矛盾だけが、静かに小鳩隆二を追い詰めていた。


――第2話へ続く。

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