第3話 「屋上で二人きり」

 プールでの一件から一週間。

 美玲は完全に照れモードに入っていて、学校では「べ、別に気にしてないし!」と言いながら、俺の視線を避けるようになった。


 でも放課後になると「湊~宿題教えて~」と普通に寄ってくる。

 ……距離感おかしいだろ。


 そんなある日、文化祭前日。

 クラスは模擬店「高級カフェ」に決まり、俺と美玲は実行委員にされてしまった。

 看板メニューは「タワマンのアイスカフェラテ(300円)」という、完全に俺たちのマンションをネタにしたやつだ。

 準備が終わり、校舎が静かになった21時過ぎ。

「ちょっと屋上行かない?」

 美玲が急に言ってきた。

 屋上は文化祭前夜だけ特別に開放される。

 鍵を持っている実行委員の特権だ。

 校舎の屋上は、もちろん33階みたいな豪華さはない。

 フェンス越しに見えるのは有明の夜景と、遠くに小さく光るブリリアマーレ有明の最上階だけ。

「……あそこ、俺たちの家だよな」

 美玲がフェンスに寄りかかって呟いた。

「ああ。33階がチカチカしてる」

「なんか変な感じ。ここから見ると普通のマンションに見えるのに」

 風が強くて、美玲の髪がふわっと舞う。

「ねえ湊。文化祭、明日楽しみ?」

「お前がメイド服着るって言ってるから地獄だよ」

「えー! 似合うって言ったじゃん!」

「言ってねーよ」

 美玲はむくれて、俺の肩をぽんと叩いた。

「……でもさ」

 急に声を落とす。

「クラスみんなで作ったカフェ、ちょっとだけTHE 33みたいで嬉しかった」

「ああ……確かに。アイツらにバレたら絶対笑われるけどな」

「バレないよ。だってここにいるのは私たちだけだし」

 美玲がふっと笑って、俺の隣にじり寄ってきた。

「ねえ。明日、私のメイド姿、ちゃんと見ててよね?」

「……見るわけねーだろ」

「見てよ! ちゃんと!」

「うるせー」

 その瞬間、遠くでドーンと音がした。

「あ、花火!」

 夏の名残の小規模花火だ!」

 美玲が嬉しそうに空を指差す。

 小さいけど、確かに有明の夜空に花火が上がっていた。

「……練習台みたいだな。本番は来週の東京湾大華火祭だろ」

「うん。でも、これもいいよね」

 美玲が俺の隣にぴったりとくっついて、空を見上げた。

「湊と一緒に見る花火は、どんなサイズでも特別」

「……お前、最近セリフがキザすぎる」

「えへへ」

 風が吹いて、二人とも少し震えた。

 美玲が小声で呟いた。

「……来週の本番も、一緒に見ようね」

「ああ」

「約束だよ?」

「……約束だ」


 屋上から見えるブリリアマーレ有明の最上階が、

 まるで「早く帰ってこいよ」とでも言うように、静かに光っていた。

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