第2話 雨宿りの夜に〜雨上がりの図書館〜

 気づくと、結衣は図書館の席に座っていた。

 澪がそっと温かいタオルを差し出す。


「おかえりなさい、結衣さん」

「……ただいま、って言っていいのかな」

「言っていいんです。ここは、戻ってくる場所ですから」

 結衣は涙を拭き、穏やかに笑った。


 胸の奥が、少し軽くなっている。

「ねぇ……澪ちゃん」

「はい」

「私、明日……後輩に謝ろうと思う。あの時、ちゃんと相談しなくてごめんって。ひとりで抱え込んでごめんって」

 澪の目が優しく細まった。


「すごく、素敵だと思います」

「……うん。あと……私、自分のこと、もっと信じてみようかなって思う」


 その時。

 奥の棚からアステルが現れた。

 澪の前では、いつもの優しい祖父の姿。

「結衣さん、お疲れさまでした」

 結衣は驚いたように笑い、お辞儀する。


「ありがとうございました……本当に」

 アステルは手を軽く振り、いつの間にか現れた一冊の本を澪に渡す。


「澪。頼む」

「はい」

 澪は慎重に本を受け取る。

 表紙には、あの日と同じ――

 白い表紙に、今は金色の文字が刻まれていた。


『雨宿りの夜に — 早瀬結衣の心の物語 —』


 結衣が息を呑む。

「……これ、私の……?」

「心の旅は、物語となり、ここに収められます」

 アステルが答える。


 澪は微笑んで本を抱える。

「結衣さんの物語は、星月の栞図書館に……ずっと残り続けます」

 結衣は胸に手を当てた。


「なんだか……救われた気がする。ありがとう、澪ちゃん。アステルさん」

 アステルは穏やかに頷く。


「これからは、あなたの日常が物語の続きを書きます」

 結衣の目に、しっかりとした光が宿った。

 外に出ると、雨はすっかり止んでいた。


 夜空に星が浮かび、月が薄く笑っているように見えた。

 結衣は深呼吸し、前を向く。

(……明日は、ちゃんと話そう。私はもう、逃げない)

 歩き出す彼女の背中は、もう迷っていなかった。

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