第2話 雨宿りの夜に〜静かな案内人・澪〜

 扉を閉めると、紙の匂いと静かな空気が流れていた。

 中は外観よりもずっと広く、温かい灯りが棚の間を照らしていた。


「こんばんは。雨、大丈夫でした?」

 優しい声がして、振り向く。


 白いブラウスに濃紺のカーディガン、

 本を抱えた少女が立っていた。


「……あ、ごめんなさい……勝手に入ってしまって……」

「いいんです。ここは、来たい人が来る図書館なので」

 どこか安心させる笑顔だった。


 結衣は深く頭を下げた。

「……あの、少しだけ……雨宿りさせてもらっても?」

「もちろん。温かいお茶、お持ちしますね」

 座席に案内され、お茶を口にした瞬間、

 身体中がじんわりと温かくなる。


「お仕事、大変でしたか?」

 不意の言葉に、結衣は驚いた。

「え……どうして……」

「なんとなく、そう見えたので」

 澪は無理に踏み込んでこない。


 その優しさが、逆に心を溶かしていく。

 結衣は口を開いた。

「……誰にも言えないのに……なんでだろう。

 あなたになら、話してもいいのかなって……」

「よかったら、聞かせてください」

 その一言に、結衣はぽつり、ぽつりと語り出した。


 仕事の失敗。

 後輩を庇ったこと。

 自分が責められたこと。

 期待に応えられなくなっていく恐怖。

 澪は静かに頷きながら聞いていた。

 そして、そっと本を差し出した。


「その気持ち……中を見てみませんか?」

 表紙には文字がない白い本。

 ページを開いた瞬間、光があふれる。


「うそ……」

 結衣の言葉が光に溶けた。

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