第1話 夜更けの迷い子〜澪との出会い〜

 図書館の中は、外から見た時よりずっと広く見えた。


 暖かなオレンジ色の灯りが棚の間を照らし、ふわりと紙の匂いが漂う。


「こんばんは」


 声がして、砂良はびくっと肩を跳ねさせた。

 本棚の影から少女が出てくる。

 白いワンピースに紺のカーディガン、手には古いノート。


「……ひ、人がいた……」


「ごめんね、驚かせちゃった? 私は澪。この図書館で司書のお手伝いをしてるの」


「……は、はじめまして、室井砂良……です」

 砂良は言葉がうまく出ない。

(どうしよう……変な人だと思われる……)


 しかし澪は柔らかく微笑んで、砂良の足元に目をやった。


「ここを見つけたってことは、すごく心が疲れてるんだと思う。もしよかったら、ちょっと座っていかない?」


 決して踏み込みすぎない、でも放っておかない距離感。


 その声に、砂良の緊張は少しだけほどけた。


「……少し、だけなら」

 小さな丸テーブルに座る。


 澪は温かいハーブティーを差し出した。


「夜にひとりで歩いてるなんて、怖くなかった?」

「……怖くなかった、わけじゃないけど……家にいられなくて」

「うん。大丈夫。ここは安全だから」


 澪は、砂良が言葉を見つけるまで待った。


「……誰にも必要とされてない気がするの。

 学校でも、家でも……私がいなくても、誰も困らない」

 澪の表情がゆっくりと曇る。


「砂良ちゃんは、どうして必要とされてないって思うの?」

「……クラスの子たち、私が話しかけても、みんな返事が薄くて……私だけ輪に入れないし……浮いてるっていうか……」

 砂良の声は震えていた。


「……ほんとは、誰かと話したい。笑いたい。

 でも、拒絶されるのが怖くて……どうしていいのかわからない……」

 澪はそっと頷き、テーブルの上に一冊の白い本を置いた。


「それじゃあ……砂良ちゃんの“心の物語”を一緒に探しにいってみる?」

「……物語?」

「うん。この図書館ではね、人の悩みは本の形で現れるの。その本の中に入って、原因を見つけて直せたら……外の世界の“気持ちの重さ”が少し軽くなると思うよ」


 砂良はぽかんとする。

「……そんなの、信じられないよ」


「信じなくていいよ。でも、試してみない?」

 澪が本を開いた瞬間、ページから光が溢れた。

 砂良の視界は白く染まり、世界がぐらりと傾いた。

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